◆エピローグ◆
カラカラカラ。
車椅子の車輪が鳴っている。
カラカラカラカラ……
それは今や、私が彼を乗せて道を行く音では無い。
逆さまにひっくり返ったまま放置され、風に押された車輪が機械的に動くだけの、虚しい無意味な空回り。
カラカラ…………
私はうっすらと目を開き、少しだけ首を動かして上を見た。
真っ白な光が夢のように瞬き、そこを自由に飛び回る妖精達の姿が見える。
とても、綺麗だ。
太陽に透けて煌めく大きな羽根と、踊るように跳ねる真っ白な体と……
私はぼんやりと霞みのかかった目を何度も瞬かせて、自分を抱く暖かい者の顔を見つめた。
すると彼もその優しい瞳をスッと向けて、じっと私を見返してくる。
深く、黒い瞳。
切れ長の凜とした、白い部分の無いひたすらに純黒の瞳。
生まれたばかりの赤ん坊、それこそまだ朧な光程度しか見えていないような赤ん坊が、こんな深い目の色をしている。
ふと、そんなことを思った。
彼は微笑むような形に目を細め、横抱きにした私にゆっくりと顔を近付けた。
屈み込んで迫った唇は、私のそれを素通りし。
サクリ、と。
鋭い牙が首を裂いて突き立てられる、不思議に痛みの無い侵入の感覚。
その部分からじんわりと熱が溢れ、私は小さく喘ぎを漏らした。
(ああ……)
自身が溶かされ、汲み上げられていく。
そっと優しく吸収され、少しずつ同化していく。
混じり合っていく。
照り付ける太陽が眩しくて、吹き抜ける柔らかな風が心地良かった。
白い蔓達は一斉に大輪の花を咲かせていて、風が凪ぐ度にサラサラと甘い香りのする花粉を飛ばしている。
もうすぐ、求愛の時期を迎える。
それが分かるのは、もう私が彼と半分以上、同化している証なのに違いない。
太陽が眩しい。
眩しくて目を開けていられない。
もう手足の感覚は無く、きっとあの青年医師のように、吸い尽くされて皮だけを垂らした不様な姿なのだろうとは思うけれど。
どうでもいい。
ただ、早く完全に彼と溶け合いたいと望んでいる。
愛する者に食され、混じり、絡み合って溶けて。
もうすぐ、私もこの地球の一員となれる。