◆衝撃◆
――――っ!!
置物を振り下ろそうとしていた腕が、ピタリと止まる。
殺意に燃えていた私の目が凍り、見た物を理解し切れず、戸惑う。
「……あ…………」
白い大きなベッドの上に、青年医師は座っていた。
いや、座っていたというのは少し違うかもしれない。
置かれていた。
そう、置かれていたというのが一番正しい表現だろう。
「瀬川さん」
ひどく緩慢に口を開いた彼の下半身には。
あるべき両の足が無く、代わりに萎びた皮のような物が垂れ下がっていた。
げっそりと痩せこけた頬に、骨の浮き出た上半身。
痛々しく肋骨の浮き出た彼の脇腹に。
深々と。
歯を立てている、アレは何か。
乱暴な行為を行っているにも関わらず……。
……乳を飲む赤ん坊のように、穏やかな顔をしたアレは……
「……医院……長?」
そう、それは確かに青年医師の母親である、元医院長の顔をしていた。
けれど、違う。
以前とは、全く違う。
細長く切れ上がり、黒目だけしか無い濡れた瞳。
異様に白く細い、半分透けたような華奢な体。
背中に伸びるガラスのような、鋭い幾本もの羽根のような物……。
「ヒッ……ィい!?」
思わず後ずさる私に、青年医師が霞んだ瞳を向けた。
「怖がらないで」
その顔に苦痛の色は無かったが、ただ絶望的なまでの脱力が浮かんでいた。
「……前に」
ぼんやりと虚ろな、けれど恍惚としているようにも見える、不思議な表情。
「前に、テレビに出てたさあ」
彼がひどくゆっくりとした口調で語ったのは、人類淘汰説を唱えた件の学者の話だった。
「……あの学者は、……半分だけ、正解だったんだよ」
人類は行き過ぎた自己満足を求めすぎて。
確かにこの惑星から追い払われるべき、害虫となり下がった。
あの蔓植物は間違い無く、地球自身が放った治療用のワクチンそのもの。
人類という、悪しき存在を自らの体から消し去る為に。
「……ああ、でも、でも」
人類だって、伊達に億を数える年月を地球の上で過ごしたわけではない。
化学や医学の発達にいくら野性を鈍らせていても、本能まで廃れてしまったわけでは、決してない。
背部の痛みに苦しみ、倒れた人々のそれは病ではない。
……彼は確信を込めて、断言する。
「進化だったんだよ」
本来は永い永い時をかけて行うべき事を、ほんの刹那の時間で成さねばならなかった。
故に、ひどい苦痛を伴った。
故に、大変な犠牲を払わねばならなかった。
輝かしき進化の資格があった肉体の持ち主でも、最終段階まで行き着けずに死んだ者がほとんど。
元の自分の肉体そのものを養分とし、新たな肉体へと変容する痛み。
……その労力たるや、生半可なものでは無かったのだから。
「……でも、全てを乗り越えて残っ、残った者は」
ふいに背後でガタンとドアの鳴る音がし、私はハッと振り向いた。