思いだしてからは初対面ですね
「遅くなって申し訳ありませんでした、その後体調はいかがですか?」
その日、訪問者が現れた。
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季節は夏へと突入した。
私がバルコニーから落ちてちょうど二カ月が経った。
最近いきなり暑くなってきて、昼の日差しも直接浴びるのは辛くなってきたな、とどうでもいいことをそのバルコニーで考えていると、来客を告げる声がかかった。
「私にですか?」
連絡もなしに……誰だろう。
ふだんいきなりこの屋敷に訪れるのは、父へのお客様がほとんどなのに今日は私にだという。
不思議そうな顔をしていると、すぐに侍女が答えをくれた。
「カーン様と、そのご友人でございます」
「カーン様って……ですか、わかりました。少しだけ髪を整えてくれる?」
「かしこまりました」
あ、危なかった。
あまりにも何事もなく日々をすごしていたから、思わず「カーン様って誰?」なんて聞き返しそうになってしまった。
さすがにもうすぐ7年の付き合いになる婚約者様を忘れてしまっていては、まずい。
でも、それもしょうがないじゃない、とも思ってしまう。
親同士に決められた、所詮は政略結婚。 マメに会いに来てくれる方でもないので、多少の情は湧けども恋愛感情はない。
そこまで考えて、ふと思う。
(あれ、恋愛感情がないのなら何故学園での私はアマリアさんに嫉妬をしたのかしら?)
けれどすぐに、それはゲームでの話だから。 という結論に至った。
今の私には、たとえ半年以上先の話とはいえ嫉妬するほどにカーン様への恋愛感情は感じていないのだから。
「出来ましたよ、お嬢様。 さ、カーン様がお待ちですので応接間へ」
ちょうどいいタイミングで、身だしなみを整え婚約者の待つ応接間へと足を進めた。
そうして、冒頭のセリフへとつながる。
「ありがとうございます、カーン様。 こうして様子を見に来ていただけるだけで、私は光栄ですわ」
「いやいや、ここは見舞いの遅れた婚約者をなじってもいいと思うよ、ミーシャ殿」
「サルトス……」
「冗談だよカーン、そんな恐い顔をするな。 ミーシャ殿も、元気そうでよかった頭を打ったと聞いていたので心配だったんだ」
「まぁ、ご友人とは殿下だったのですね。 殿下、カーン様ありがとうございます。 お二人ともお忙しいのに来ていただき、私は幸せ者でございますね」
来客は、我が婚約者様だけではなかった。
その親友でもある、第一王子のサルトス・マクドゥラン様も一緒だった。
あまり顔の見えない帽子を被り、明らかにお忍びですよね、といった服装で。
使用人にもただ友人、とだけで名乗らずに。
護衛はどうなさったのだろう。 全く、一体何をお考えなのか。
「いや、私の方こそ君の婚約者と共に図々しくも伺ってしまって申し訳ない、カーンにどうしても一緒にと頼みこまれてしまってね。 やっと今日一緒に見舞いに行けたというわけなんだ」
「サルトス!」
先ほどよりも強めに殿下のお名前を呼ぶカーン様。 お互いを名前で呼び合えるほど彼らの中はいい。
それにしても
「……へたれ属性でしたのね」
「え? ミーシャ殿申し訳ないが聞き取れなかった、何と言ったんですか?」
つい、ぼそりと口から飛び出した言葉をいちいち拾おうとしてくれるカーン様。
慌てて、なんでもないとごまかす。
危ない危ない。 へたれなんて言葉この世界にはないし、聞かれても困りはしないのだけれども。
けれど、なるほど。 自分で言ってみて確かにカークはへたれという言葉がぴったりの少年だと思う。
優しい、とは思うけれどその言葉ではしっくりこなかったのでこれはいい。
茶色い柔らかい髪をポリポリ掻く、困ったようなへの字眉の少年。
私の中での彼のあだ名は、決まってしまった。
へたれ。
そのままと言われればそのままだけど、殿下と一緒でなければ、婚約者の見舞いに来れない方にはぴったりのあだ名ではないかしら。




