迷車両で行こう8
うP主:皆さん。おはこんばんちは。うP主の永島光です。今日は鉄道が最も嫌いな峠越えについてのお話です。日本で一番きつい坂を上ったということで大きなお兄さんたちに有名になった碓氷峠。日本には当然ですが、碓氷峠のような峠がたくさん。つまり、日本の鉄道は難所だらけのところを走っているということです。しかし、今はもうそのほとんどの難所は解消されてしまいました。電車の性能が上がったからよ。でも、電車の性能が上がっても、碓氷峠と同じように電車を悩ませる場所があった。
「どもども。その電車の性能が上がっても電車を悩ませる場所で主に仕事をしている末期色の115系です。」
うP主:やぁ、115系さん。じゃあ、簡単に紹介しちゃって。
「分かりました。私たちは山陽本線という路線で今も活躍を続けているのだけど、広島の近くにその峠はあるのよ。その峠の名は大山峠。どこだよそれ。っていう人が多いと思うので、言い方を変えてみよう。セノハチ。これで通じた人が何人いるだろうか。ここは山陽本線開業当初から鉄道としては勾配のきついところでね。D51蒸気機関車がたくさんの蒸気を出さないと登れない場所なの。つまり、機関車が貨車に「ふつう」に負けるのよ。」
うP主:さっきここは電車の性能が上がっても電車を悩ませる峠と言いましたが、はっきり言って電車。つまり115系さんはこの話にあまり関係ない。関係するのは貨物列車などのヘビー級列車だ。
「貨物列車は当時から難所でね。特に1000tの荷物を引っ張っているEF66形電気機関車でも、この峠は上ることができないの。じゃあ、他の機関車なら上ることができるのか。そんなはずがない。桃太郎で有名なEF210でも、狭軌最大のパワーを持つEF200電気機関車でさえも1000tの荷物を従えて、瀬野八(大山峠)を登ることはできない。どうしたらいいのだろうか。だから国鉄は考えた。「山を登ることができないなら、後ろから押してもらえばいいんじゃね。」いや、はっきり考えなかったかもしれない。なぜなら、これからやろうとすることは当時の国鉄の中ではふつうにやっていたことだからだった。」
うP主:国鉄はEF66が1000tの荷物を従えたまま峠を上ることができるよう、補機。いわゆる補助機関車という名のエンジンを瀬野に到着した貨物列車の最後尾につけて、八本松まで走らせる。ということをした。そのために補機という名のエンジン。EF67電気機関車をEF66によってちょっとニートレインとなっていたEF60電気機関車を魔改造して、当時の瀬野機関区に配置した。これにより、魔改造されたEF60電気機関車の大阪(東京)を向いているほうにはデッキという人が乗れる場所が乗務員室の前に設置された。だが、EF60に施された魔改造はこれだけではなかった。
「実は国鉄はこのときトラックに荷物を横取りされないために、貨物列車のスピードアップをハッスル精神で推し進めていた。その一つとして国鉄がやったこと。それは・・・。後部エンジンの走行中の切り離しである。」
うP主:今。それってやっていいのって思った方。当然いるはずだ。もちろん。今はそんなことしていない。でも、2002年まではワイルドだったJR貨物も同じことをやっていた。走行中の解放がいかなるものだったかと言うと、峠の頂上まで来た貨物列車はそこから下り坂に入ることになる。つまり、後は後ろのお荷物の手伝いもあって、一気に峠を駆け下りることができる。だから、後ろにエンジンをつけたままでは、後ろのエンジンが邪魔である。それに、いずれはどこかで切り離さなければならない。だったら、ここで切り離してしまえ。それが結論だった。
「ワイルドだった国鉄はそのおかげで、切り離しのために貨物列車を八本松に停車させる必要がないと考え、EF67の0番台と区分される1・2・3号機にその魔改造を行った。結果的に貨物列車を八本松に停車させる必要がなくなったため、貨物列車のスピードアップには貢献できた。」
うP主:だが、その走行バイバイも2002年から規制が厳しくなったのか。本当にバイバイした。だから、今瀬野八を上ることができない重量を従える貨物列車は広島の貨物ターミナルでEF67を連結した後、必ず八本松に停車して、後部エンジンをおさらばしている。
「そう言えば、EF67ってもうすぐ重機のエサになるんですよね。」
うP主:そうだね。まさか、桃太郎がこんなところまではいって来るなんて思わなかったよ。もう車両自体は9月3日に出ているから、後は試験を重ねて終わりだね。
「そうですね。」
うP主:だから、EF67。特に1・2・3号機を見ておきたい方はすぐにセノハチに行くことをお勧めします。そして、撮影に行ったら、ちゃんとルールは守りましょう。
「そうだよ。ルールを守らない人がいると私たち運休するんだからね。」
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