第13話:本番当日、朝〜昼前。
その日は、よく晴れた、すばらしい天気だった。
由紀は、ドアのノックの音で目が覚めた。
「由紀に優子ちゃん、朝ごはんができたから、はやく起きなさい」
「ハァイ、ママ」
由紀は、ベッドからおりようとしたが、パジャマが何かに引っ張られていた。パジャマを見ると、まだ寝ていた勇樹が、パジャマのはしをにぎっていたのであった。
「コラッ、優子ちゃん、もう朝よ。パジャマをはなしなさい」
「由紀お姉様、おはようございます」
勇樹は、由紀に朝のあいさつをした。だがその声はいつもより、なんだか元気がなかった。そして、ベッドからおりようとしたとき、勇樹は、ちょっとふらついていた。
「ねえ、どうしたの、優子ちゃん。なんか変よ」
由紀は、心配そうな声で勇樹にいった。
「大丈夫ですわ。ちょっと、寝ぼけただけですから」
「それならいいけど。はやくごはんを食べに行こう」
二人はいそいで、食卓についた。
「ふたりとも、ゆっくりしてていいの」
「大丈夫だって、ママ。だって、劇がはじまるのは3時からだから」
「由紀じゃなくて。優子ちゃんはどうなの」
「由香里お母様、心配してくれてありがとうございます。わたしは、お昼前に会場に着けば、大丈夫ですから」
「あら、そうなの。だったら、もっと遅くてもよかったかしら、」
「でも、パパは残念だったわね」
「そうよね。部長から、急な出張をいわれて、その落ちこんだ顔といったら」
雄一郎は、今日のために、新しいデジカメを買ったのであった。だからおとついまで、由香里にデジカメを夜遅くまで説明をして、昨日の朝、出張にいった。
朝ごはんを食べ終わった勇樹と由紀は、自分達の部屋にもどった。
部屋にもどると、勇樹はパジャマをぬいで、服を着替えた。
タンスの中から、どの服を着るか、勇樹は迷った。勇樹は悩んだあげく、選んだ服はピンク系のポロシャツと、デニムスカートを選んだ。
勇樹は選んだ服を着て、鏡の前に来た。
勇樹は、ドライヤーを手にとって、髪をブラシできれいに整えた。髪の次は化粧水と乳液で、それらを顔につけていった。
知らない人が勇樹を見たらだれもが女の子だと見るだろう。でも、この前まで男の子だったとは、誰が思うだろうか。今の勇樹には、男の子の面影はなく、本当の女の子であった。
勇樹は、鏡にうつった姿をもう一度見た。
今日で女の子として最後の日で、明日から男の子にもどるのだった。
勇樹は劇が終わったら、このことをみんなの前で言おうと、鏡の前で、ある決心をして、出かける準備をしたあと、部屋を出た。
「あら、優子ちゃん、もう行くの」
「はい由香里お母様。はやくいかないと、準備をしないといけないので」
「そうなの。ママもあとで見に行くから、優子ちゃんも劇をがんばるのよ」
「いってきます」
由香里は勇樹を見送った。その様子を見た由紀は、由香里にいった。
「ママ、やっぱりおかしいでしょ」
「そうかしら。由紀の思い過ごしじゃないの」
「そうかなあ。でも、優子ちゃんの顔が不安げだったから」
「緊張しているのよ」
由香里はそういったが、由紀は、やっぱりおかしいと感じた。
勇樹が劇の会場につくと、準備はもうすぐ出来上がりそうだった。
会場に目を向けると、会長の葵と詠美がいたので、勇樹はアイサツをした。
「あら、優子ちゃんもう来たの」
「まだ時間はあるけど、まちきれなくって」
「優子ちゃん、いつもより興奮してない」
「そうですか。でも、会長たちもはやいですね」
「私はマイクのテストをしていたの。だって本番になって失敗したらタイヘンでしょ」
「優子ちゃんは、私の叔母のことを覚えているかな」
詠美は、叔母の彩について勇樹にたずねた。
「はい、保健室でわたしにお化粧をしてくれたのを覚えています。たしか、名前が彩さんだったかしら」
「そう、彩おばさんがきてるの。もうすぐつくはずだけど」
その時、詠美の携帯電話が鳴った。電話をとった。
「もしもし彩おばさん、どうしたの。エッ、道がわからないから向かえにきてって。わかったからとりあえずそこを動かないでね。すぐに行くから」
詠美が電話をきると、勇樹にむかっていった。
「ちょっとゴメンね、私おばさんをむかえにいかなくなったので、優子ちゃんは先に楽屋にはいってね」
そういって詠美は、彩をむかえにいった。勇樹は、楽屋がどこにあるのか葵にきいた。
「こっちだから、ついてきて優子ちゃん」
葵は、勇樹の楽屋を案内した。
案内された楽屋のドアをあけると、楽屋の一面の壁は鏡だった。
イスに座った勇樹は、その鏡だらけの壁を見て、顔を真っ赤にしてうつむいたままだった。それを見た葵はクスッと、笑った。
「どうしたの優子ちゃん。そんな顔をして」
「だって、わたし、なんだかはずかしくて」
「そんなこといったら、観客は優子ちゃんを見るのにくらべたら、たいしたことないじゃない」
「で、でも、そんな」
「大丈夫よ。優子ちゃんなら出来るから。だって、ここまで来るまで、男の子とバレなかったんだから」
そういって葵は勇樹をはげました。
それを聞いて勇樹は、劇の舞台を見に来ている人はたくさんいるのだから、これくらいではずかしがってはいけないと思った。
「とりあえず私は、まだ準備しなくてはいけないことがあるから、優子ちゃんはここでまっててね」
葵は楽屋から出ていった。勇樹はひとりになり、もう一度鏡を見た。鏡を見て勇樹は、無意識のうちに足を閉じていたのに驚いた。
勇樹はココロの中から女の子になっているのがわかった。勇樹はもう後戻りできないと覚悟した。