第12話:二人はいっしょ。
勇樹くんは、みんなに「優子ちゃん」と、呼ばれるようになった。
劇の練習がおわり、みんなはヘトヘトになっていた。でも、その顔はじゅう実した顔をしていた。
そのとき、小さいくしゃみの音がした。
「だれがしたの」
葵はまわりを見た。でもだれかはわからなかった。
「今はだいじなときなんだから、ちゃんと健康管理をして、風邪などをひかないように。もうおそいから後片付けの掃除をしたらもう帰りましょ」
掃除を終えて、勇樹も帰ろうとしたとき、葵に呼びとめられた。また怒られるのではないかと、勇樹は心の中でビクビクしていた。
「どうしたのですか。なにか失敗をしたのですか」
「そうじゃないわ。今日のが一番よく出来ていたからなので、この調子で本番もがんばってね」
「ありがとうございます」
「葵が人をほめるなんてめずらしいわね」
「詠美、それはないんじゃない」
「ゴメン、ゴメン」
「それじゃ私たちは帰るから。じゃあまたね」
勇樹にそういって、葵と詠美は帰っていった。
勇樹は、葵にはじめてほめられて、とてもうれしかった。
由紀と可奈が、勇樹のもとにやってきた。
「ねえ優子ちゃん、いったいなにいわれたの」
「あのね由紀お姉様、葵先輩が、わたしの事をほめてくれたの」
「それホントなの、よかったじゃない」
「それから、詠美先輩からも、女の子らしくなったねと、いわれたの」
「すごいじゃない、優子ちゃん」
「でも、優子ちゃんがここまで女の子になるとは、由紀は思わなかったでしょ」
「だって優子ちゃんは努力をしたのだから」
「どんな努力をしたの」
「だって、優子ちゃんは本当は男の子なのよ。だからふつうの女の子よりも女の子らしくしなくちゃいけないのよ。そういう努力をしたからこそ、優子ちゃんは女の子らしくなったのだから」
「そうよね。だって、わたし達よりも女の子みたいだもん」
「わ、わたし、着替えるから、ち、ちょっと、まっててね」
勇樹は、真っ赤になった顔を両手でかくして、着替えにいった。
そのはじらう姿は、とても女の子らしかった。
その日の夜。由紀の部屋のドアを、たたく音がした。由紀がドアをあけると、勇樹がたっていた。
「どうしたの」
「あのね、眠れないの」
勇樹は緊張していた。それは、本番が近付き、そのプレッシャーで眠れないのだった。
「由紀お姉様、わたし、どうしたらいいか、わからなくって」
勇樹のそうだんに、由紀は考えた。
しばらくして、由紀はある考えがうかんだ。
「そうだわ。いっしょに寝ましょ」
勇樹は由紀のいっている意味がわからなかった。
勇樹は、由紀にそれはどういうことなのかたずねた。
「いつもいっしょだったよね」
「それは、引越しする前のことじゃないの」
「そうよね。前の家のときは、いっしょだったよね」
そうだった。小学校の入学前に、いまの家に引越しをした。その家には子供部屋があって、自分たちの部屋があるので、大よろこびをしたのを勇樹はおもいだした。
「だからね。また前みたいに、いっしょに寝ましょね優子ちゃん」
「でも、それって、やっぱり」
勇樹が口ごもっていた。
そのとき、由香里が由紀のドアをたたき、中に入ってきた。
「二人とも、いったいどうしたの」
「ごめんなさい。由香里お母様」
「ねえ、ママ」
「なに、由紀」
「優子ちゃんと、いっしょに寝てもいいでしょ」
由香里は、ちょっとこまった顔をした。
「お願い、ママ」
「でもどうしてなの」
由紀はその理由を由香里にはなした。由香里は、それを聞いて、少しかんがえていった。
「でも、優子ちゃんは、ほんとは」
「優子ちゃんは、わたしと同じ女の子よ。だから、そんな心配しなくても大丈夫だから」
由香里は、由紀が真剣になっていうので、とうとう根負けした。
「わかったわ。由紀のいうとおり、優子ちゃんは女の子だから、同じベッドで寝てもいいわ」
「ヤッタァ、ママ大好き」
「サア、夜もおそいから、二人ともなかよくするようにね」
「ママ、おやすみ」
「由香里お母様おやすみなさい」
「おやすみね、由紀に優子ちゃん」
由香里はドアを閉めた。
由紀は時計を見た。時計の針は11時をさしていた。
「もうそろそろ、寝る時間だから、優子ちゃん寝ようか」
「はい。由紀お姉様」
勇樹と由紀は、ベッドに入った。勇樹の顔は、ニコニコした顔をしていた。
「ねえ由紀お姉様、わたしね、なんだかむかしをおもいだしましたわ」
「むかしって、引越しする前のこと」
「この家に来る前は、いつもいっしょだったから」
「そうだったわね」
「ここの家に来て、わたし達の部屋ができてよろこんだけど、寝るときになって由紀お姉様は、いっしょに寝ると駄々をこねて、泣いていたのを覚えているかしら」
「ええっ、わたし、そんなこといった覚えないわよ。優子ちゃん、それって、ウソでしょ」
「ほんとよ。朝おきたら、わたしの部屋で、となりで寝ていたから、おどろいたのを覚えているわ」
「わたしそのこと、ひとつも覚えてないわ」
「でもいまは、わたしが由紀お姉様の部屋のベッドで寝るなんて、なんだかおかしいわね」
「そうよね。なんだかおかしいわね」
二人は、おたがいの顔をみて、笑った。
勇樹と由紀は、劇がはじまる日まで、いっしょに寝るようになった。
そして、当日をむかえた。