ウサギリス転生した俺、魔法少女を勧誘して悪いマスコットやってます。倒してもらったモンスターの魔石を食べるの美味しいですもんね、ぐふふ
■1.ペット転生
俺は今、ふわふわの白い毛に覆われた小さな体で、冷たい石畳の上にへたり込んでいた。
意識が戻った瞬間、頭の中に浮かんだのは「マジかよ……ウサギリス?」という、半分呆れたような自分の声だった。
前世では普通の男子高校生、マナカ。
部活帰りにコンビニで買ったカップラーメンを食べながらスマホをいじってたら、突然トラックに突っ込まれて……はい、異世界転生おめでとうございます。
よくあるパターンだ。
でもなんで俺が選ばれたのが、このウサギリスなんだよ。
ウサギみたいな耳とリスみたいな尻尾がついた、モフモフの小動物系モンスター。
ゲームやラノベでよく見る、あの「可愛いけど実は凶暴」「魔石を好んで食べる偏食モンスター」ってやつだ。
しかも転生ボーナスなのか、言葉が普通に喋れる。
ありがてぇ……のか? いや、状況次第だろこれ。
王都を目指して森を抜け、なんとか石畳の街に辿り着いたはいいものの、腹ペコと疲労で力尽きた。
裏路地のゴミ箱の影で丸まってたら、もう動けなくなってた。
「……ん?」
柔らかい声が聞こえた。
視界の端に、淡い水色のドレスを着た少女が立っているのが見えた。
金髪のポニーテールが揺れて、大きな青い瞳が俺をじっと見下ろしている。
「え、生きてる……?」
少女がしゃがみこんで、そっと俺の頭を撫でてきた。
指先が温かくて、思わず目を細めてしまう。
「可哀想に……怪我もないみたいだけど、すごく痩せてるね。迷子かな?」
俺は必死で首を振った。
いや、迷子じゃねぇよ。
転生者だよ。
喋りたい。
喋らせてくれ。
「……お腹すいてる?」
少女がカバンから小さなパンのかけらを取り出して、掌に載せて差し出してきた。
俺はもう我慢できなくて、思い切って口を開いた。
「あの……それ、貰っていい?」
「……え?」
少女の手がピタッと止まる。
パンのかけらが地面にポロリと落ちた。
「いま……喋った?」
「喋ったよ。俺、喋れるウサギリスなんだ。よろしく、ミーナ……だっけ?」
「なんで私の名前を……!?」
「あ、いや、首に下がってる紋章みたいなの見て、子爵家の令嬢ってわかるじゃん。名前も書いてあったし」
少女——ミーナは目を丸くして、しばらく俺と自分の胸元を交互に見比べていた。
「……本当に喋ってる……」
「悪い、マジで腹減ってんだ。パン、貰える?」
ミーナは慌てて落ちたパンを拾い直し、俺の鼻先にそっと差し出してきた。
俺はガツガツと齧りついた。
ちょっと固いけど、めちゃくちゃ美味い。
生き返る。
「ありがとう……マジで助かった」
「う、うそ……本当に喋る生き物なんて……」
ミーナは興奮と困惑が入り混じった顔で、俺を両手でそっと抱き上げた。
ふわっとした胸の感触と、ほのかに甘い石鹸の匂いがした。
「ねえ、あなた……名前は?」
「マナカ。よろしくな、ミーナ」
「マナカ……変な名前」
「異世界から来たからな。元は人間だったんだよ」
「……異世界?」
ミーナの瞳がキラキラと輝き始めた。
なんか、めっちゃ興味持たれてる。
そのまま俺は、ミーナの腕の中で子爵邸まで運ばれた。
屋敷に着くなり、ミーナは俺を自分の部屋に直行させた。
豪華な天蓋付きベッド、フリルのついたカーテン、壁一面の本棚。
貴族の令嬢って感じがプンプンする。
「ここなら、家族に見つからないようにできるよね……」
ミーナはドアに鍵をかけて、ベッドに俺を下ろした。
「ねえ、マナカ。本当に人間だったの? どうしてウサギリスに?」
「トラックに轢かれて死んだら、ここにいた。神様の気まぐれだろ、多分」
「トラック……?」
「大きな馬車みたいな乗り物。まあいいや。で、俺さ、この体で一つだけ能力があるっぽいんだ」
俺はちょっとドヤ顔で胸を張った(つもり)。
「魔法契約ってやつができる。俺と契約したら、お前、すげえ強い魔法が使えるようになるぜ」
「……魔法少女、みたいに?」
「まさにそれ!」
ミーナの目が一瞬で輝いた。
「本当!? 私、ずっと魔法に憧れてたの! でも貴族の娘だから、魔力検査は受けたけど才能ないって言われて……」
「才能はあるよ。俺が保証する。契約すれば、俺の魔力が流れて、お前は一気に魔法少女クラスになれる」
俺はベッドの上でちょこんと座り直して、ミーナを見上げた。
「ただし、一つ条件がある」
「なに?」
「俺がモンスター倒した後の魔石……それを俺にくれ。ウサギリスの習性で、魔石食わないと生きていけないんだ」
「……食べるの?」
「うん。めっちゃ美味いんだよ、ぐふふ」
ミーナは一瞬引いた顔をしたけど、すぐにクスクスと笑い出した。
「変なの、マナカ。でも……いいよ。契約しよう。私、強くなりたい。外の世界を見てみたい。王都の外、森とか草原とか……ずっと屋敷の中だけで退屈だったの」
俺は尻尾をパタパタ振って、嬉しさを隠せなかった。
「じゃあ、決まりだな。魔法契約、開始!」
俺はミーナの前に右前足を差し出した。
ミーナも人差し指をそっと合わせてきた。
淡い光が二人の間を包む。
温かい、何かが繋がる感覚。
「……契約、成立」
ミーナの体が一瞬光に包まれ、すぐに収まった。
「わっ……何か、力が溢れてくる!」
「だろ? これからお前は魔法少女ミーナだ。俺は……悪いマスコット兼ペット、ウサギリスのマナカ。よろしくな」
ミーナは頬を赤らめて、俺をぎゅっと抱きしめた。
「うん……よろしく、マナカ」
その日から、俺たちの日常が始まった。
表向きは、ミーナお気に入りの可愛いペット。
裏では、魔石目当てのモンスター狩りに出かける、秘密のコンビ。
最初の一歩は、屋敷の裏庭から。
ミーナが小さな火の魔法を試し撃ちしたら、庭の木がちょっと焦げた。
「やばい……!」
「大丈夫大丈夫、最初はそんなもんだ。少しずつ慣れていくぜ」
俺はミーナの頬にぴょんと飛び乗って、耳元で囁いた。
「さあ、明日から本気で狩りに行こうぜ。俺、腹ペコなんだ」
ミーナはクスッと笑って、俺の頭を撫でた。
「うん。行こう、マナカ。一緒に、強くなるよ」
俺は心の中で小さくガッツポーズをした。
異世界ウサギリス生活、意外と悪くねぇな。
これからどんな魔石が食えるのか、楽しみで仕方なかった。
■2.モンスター狩り
朝の陽光がカーテンの隙間から差し込んで、俺の白い毛をキラキラと照らす。
ミーナの部屋のベッドの上で、俺は丸くなって寝ていたんだけど、ふと鼻をくすぐるいい匂いに目が覚めた。
「ん……?」
見上げると、ミーナがトレイを持って立ってる。
焼きたてのパンに、チーズ、果物、それに温かいスープ。
貴族の朝食ってやつだ。
「おはよう、マナカ。今日は一緒に食べようと思って」
ミーナはベッドの端に腰掛けて、トレイを置いた。
小さな皿にパンをちぎって、俺の前に差し出してくる。
「ありがとな。腹減ってたところだ」
俺はパクパクと齧りつく。
ふわっとした食感とバターの香りがたまんねぇ。
異世界のパン、クソ美味い。
「昨日、契約したからか……なんか体が軽いんだ。魔力がずっと巡ってる感じ」
ミーナは自分の頰を両手で押さえて、目を輝かせてる。
興奮冷めやらぬって感じだ。
「そりゃそうだろ。俺の魔力が流れてるんだからな。で、今日はどうする? 外に出るか?」
「うん! 王都の外、森に行ってみよう。家族には『お友達の屋敷にお茶会』って言ってあるから、夕方まで時間あるよ」
「よし、決まりだ。まずは低級モンスターからだな。ゴブリンとかスライムとか……魔石が小さいけど、味見にはちょうどいい」
俺は尻尾を振って、ぴょんとベッドから飛び降りた。
ミーナはドレスじゃなくて動きやすいチュニックとズボンに着替えて、腰に短剣を差してる。
魔法メインだけど、念のためだそうだ。
「可愛い……マナカ、耳がピクピクしてる」
「やめろよ、恥ずかしい」
ミーナに抱き上げられて、屋敷の裏門からこっそり抜け出した。
使用人には「ミーナお嬢様のお気に入りのペット」として認識されてるから、変に疑われない。
王都の外へ続く道を少し歩くと、すぐに森の入り口だ。
木々が密集して陽が差し込みにくく、ちょっと薄暗い。
「ここから本格的にモンスターが出るんだよね……」
ミーナの声が少し震えてる。
緊張してるんだろう。
「大丈夫だ。俺がお前の魔力をブーストする。まずは火の魔法から試してみろ」
俺はミーナの肩に飛び乗って、耳元で囁いた。
「イメージしろ。掌に小さな炎を灯すんだ。俺の魔力が流れてるから、簡単にできるはず」
ミーナは深呼吸して、右手を前に出した。
「――ファイア・ボール!」
小さな火の玉が、ふわっと浮かぶ。
最初は弱々しかったけど、俺が魔力を少し注ぐと、パチンと勢いよく膨らんだ。
「わっ、すごい!」
「いいぞ、その調子!」
森の中を進むと、早速最初の獲物が現れた。
緑色の肌をした小柄なゴブリン。
三匹、棍棒を持ってウロウロしてる。
俺たちに気づいて、ギャアギャアと叫びながら突っ込んでくる。
「来るよ、マナカ!」
「落ち着け。まずは一匹に集中だ。ファイア・ボール!」
ミーナが唱えると、さっきより大きい火球が飛んで、ゴブリンの胸に直撃。
バチンと燃え上がって、一匹が黒焦げになって倒れた。
「やった……!」
残りの二匹が慌てて逃げようとするけど、ミーナはもう止まらない。
「次! ――ウィンド・カッター!」
風の刃がシュッと走って、もう一匹の首を刈り取った。
最後の一匹は棍棒を振り上げて突進してきたけど、ミーナが短剣で軽く受け止めて、膝蹴りを入れて倒した。
「はあ……はあ……」
ミーナは息を切らしながら、倒れたゴブリンたちの体を調べる。
胸のあたりから、小さな赤い結晶――魔石を取り出した。
「これ……?」
「そうだ。それ、俺にくれ」
俺は前足を差し出して、待ち構える。
ミーナは少し躊躇いながらも、魔石を俺の口元に持ってきた。
俺はパクッと一口で飲み込んだ。
「……!」
瞬間、甘酸っぱい果実みたいな味が口いっぱいに広がって、喉を通ると体中に熱いエネルギーが流れ込む。
クソ、美味い。
めちゃくちゃ美味い。
「ぐふふ……最高だ。これだよ、これがウサギリスの生きがい」
「本当に……食べてるんだ」
ミーナはちょっと引いた顔で俺を見てるけど、すぐに笑顔になった。
「でも、強くなった実感あるよ。マナカのおかげ」
その後も、森を進みながら次々と低級モンスターを狩った。
スライムは水属性の魔法で一撃。
オークの小さいやつは、ミーナの強化されたパンチでぶっ飛ばした。
魔石は小さいけど、種類によって味が違うのが面白い。
スライムのはプルプルしてて爽やか、オークのは少し苦味があってコクがある。
「王都周辺、最近治安が良くなったって噂、聞いてる?」
ミーナが魔石を袋に詰めながら言った。
「へえ、俺たちのせいか?」
「多分ね。ゴブリンとかオークが減ってるって、冒険者ギルドでも話題らしいよ。私たち、知らない間に王都を守ってるんだ」
「ちょっと自慢したくなってきたな。でも、他人に話せないのがもどかしいぜ」
俺はミーナの頭にちょこんと乗って、耳をぴくぴくさせた。
「まあいいさ。俺たちは裏方だ。ミーナが魔法少女で、俺が悪いマスコット。完璧なコンビじゃん」
ミーナはクスクス笑って、俺を抱き上げた。
「うん。もっと強くなって、もっと大きな魔石を食べさせてあげるね」
「ぐふふ、約束だぞ」
森の奥で少し休憩してると、遠くから馬車の音が聞こえてきた。
王都へ戻る商人らしい。
「そろそろ帰ろうか。夕方までには屋敷に戻らないと」
「そうだな。今日はいい収穫だった」
俺たちは森を抜けて、王都の門へ向かった。
門番の兵士がミーナを見て、軽く会釈する。
「お嬢様、お帰りなさいませ。……そのウサギリス、随分懐いてますね」
「えへへ、可愛いでしょ?」
ミーナは俺をぎゅっと抱きしめて、頰をすり寄せてきた。
俺は内心でニヤニヤしながら、思う。
この生活、悪くない。
いや、最高だ。
魔石の味が忘れられねぇ。
次はもっとデカいのが食いてぇな。
屋敷に戻って、ミーナの部屋で今日の戦果を振り返る。
魔石は十個以上。
俺は三個食べて、残りはミーナが大事に袋にしまった。
「これ、売ったらお金になるかな?」
「売るのもアリだけど……俺のエサ代として取っとけよ」
「もう、マナカったら」
ミーナは笑いながら、俺の頭を撫でる。
その夜、ベッドでミーナの隣に丸まって寝ながら、俺は小さく呟いた。
「明日も狩りに行こうぜ。もっと強くなろう」
ミーナはもう寝息を立ててたけど、俺の言葉に、夢の中で小さく頷いた気がした。
俺たちの戦いは、まだ始まったばかりだ。
■3.オーガ襲来
朝から空がどんよりと曇ってる。
王都の外れ、森の入り口近くの草原で、俺とミーナはいつものように狩りをしていた。
今日はスライムとゴブリンが相手。
魔石は小さいけど、数をこなせばそれなりに腹が満たされる。
ミーナの魔法も日に日に精度が上がってきて、ファイア・ボールはもうピンポイントで飛ばせるし、ウィンド・カッターは複数同時に出せるようになった。
「マナカ、今日もいい感じ! もう十個以上取れたよ」
ミーナが袋を振って、嬉しそうに笑う。
俺は彼女の肩に乗って、魔石を三つ連続でパクパク食べて満足げに尻尾を振った。
「ぐふふ……スライムのやつ、プルプルしてて爽やかだな。次はもうちょっとデカいのが食いてぇ」
「もう、マナカったら食いしん坊」
そんな他愛もない会話をしながら、草原の奥へ進んでいく。
すると、突然、地響きがした。
ドン、ドン、ドン……。
重い足音。
木々が揺れて、鳥が一斉に飛び立つ。
「え……何?」
ミーナが身構える。
俺も耳をピンと立てて、前方を凝視した。
森の木々がバキバキと折れながら、巨大な影が現れた。
灰色の肌、筋肉が盛り上がった巨体、片手に持った巨大な棍棒。
目が赤く光ってる。オーガだ。
「マジかよ……この辺にオーガが出るなんて聞いたことねぇぞ」
オーガは通常、もっと奥の山岳地帯に生息する中級~上級モンスター。
王都近郊じゃ滅多に見ないはずだ。
「ミーナ、逃げろ! あいつはヤバい!」
「でも……!」
ミーナは短剣を握りしめて、足を踏ん張った。
「ここで逃げたら、王都に向かうかもしれない。商人さんや旅人が危ないよ……!」
「……ったく、しょうがねぇな」
俺はミーナの頰にぴょんと飛び移って、軽くチュッとキスした。
瞬間、淡い緑色の光がミーナの体を包む。
俺の回復魔法だ。
体力が少し回復して、魔力も補充される。
「ありがと、マナカ……いくよ!」
オーガが吼えて、棍棒を振り上げた。
地面が割れるほどの勢いで振り下ろされる。
ミーナはウィンド・カッターで跳躍。
風を纏って横に飛び、棍棒をかわした。
「――ファイア・ストーム!」
俺が魔力をブーストしてやると、ミーナの周囲に炎の渦が巻き起こる。
オーガの足元に叩きつけると、毛皮が焦げて悲鳴を上げた。
でも、オーガは怯まない。
棍棒を振り回しながら突進してくる。
「近づかれたらヤバい! 距離を取れ!」
ミーナは後退しながら、連続で魔法を放つ。
アイス・ランスで足を狙い、ライトニング・ボルトで麻痺を誘う。
でも、オーガの再生力が異常だ。
傷がすぐに塞がっていく。
「くそっ……タフすぎる!」
戦闘は長引いた。
ミーナの息が上がってくる。
俺は何度も頰にキスして回復を繰り返すが、魔力の消耗が激しい。
「ミーナ、もう限界か……?」
「まだ……まだいける!」
ミーナの瞳に、燃えるような決意が宿ってる。
オーガがまた棍棒を振り上げる。
その瞬間、俺は叫んだ。
「今だ! 全力でいけ!」
ミーナは深く息を吸って、全魔力を集中させた。
「――マナカ、力を貸して!」
「任せろ!」
俺の体が光り、ミーナの体に大量の魔力が流れ込む。
契約の絆が最大限に発揮される瞬間だ。
ミーナの髪が逆立ち、青い瞳が金色に輝いた。
「――エクスプロージョン・バースト!!」
巨大な炎の爆発が、オーガの全身を飲み込んだ。
ドゴオオオオン!!
草原にクレーターができて、土煙が舞い上がる。
「……やった……?」
煙が晴れると、オーガは膝をついて、棍棒を落としていた。
体中が黒焦げで、息も絶え絶え。
ミーナが最後のファイア・ボールを放つと、オーガは完全に倒れ伏した。
「……勝った……」
ミーナはへたり込んで、息を荒げた。
俺は彼女の胸に飛び込んで、頰をすり寄せる。
「お前、すげぇよ……本当に強くなったな」
「マナカがいたからだよ……」
ミーナは俺を抱きしめて、涙目で笑った。
オーガの胸から、拳大の赤黒い魔石が転がり落ちた。
俺は思わずゴクリと唾を飲む。
「これ……すげぇ美味そう」
「うん、食べて。今日は特別だもん」
俺は魔石に飛びついて、ガブリとかぶりついた。
濃厚な旨味が爆発する。
苦味と甘味が混ざって、喉を通ると体中が熱くなる。
ウサギリスの本能が喜びで震えた。
「ぐふふふ……これだよ、これ! 最高の魔石だ……!」
満足して腹をさすっていると、ミーナが急に顔を強張らせた。
オーガの死体の近くに、黒い影が立っていた。
人間の形をした、角が生えた男。
黒いマントを翻して、冷たい目で俺たちを見下ろしている。
「……魔法少女か。気に食わんな」
低い声。魔族だ。
「てめぇ……オーガをけしかけたのか?」
俺が唸ると、魔族は薄く笑った。
「ただの偵察だ。だが……予想以上に厄介な小娘がいたようだな」
ミーナが立ち上がって、短剣を構える。
「王都に近づくな……!」
「フン。次は私が直々に相手をしてやる。その時まで、生き延びておけ」
魔族は黒い霧に包まれて、消えた。
草原に静寂が戻る。
風が吹いて、土煙を運んでいく。
「……魔族、か」
ミーナが震える声で呟いた。
「うん。初めて本格的な敵が出てきたな」
俺はミーナの肩に飛び乗って、耳元で囁く。
「でも、お前ならやれる。俺がついてる」
ミーナは小さく頷いて、俺の頭を撫でた。
「うん……一緒に、守ろう。王都を、みんなを」
俺たちはオーガの魔石を袋にしまい、ゆっくりと王都へ戻った。
夕陽が草原を赤く染めている。
遠くで馬車の音が聞こえる。
何事もなかったような、平和な景色。
でも、俺たちは知ってる。
この平和は、ミーナの――俺たちの戦いの上に成り立ってるってことを。
そして、魔族の影は、まだ消えていない。
次はもっと強い敵が来るかもしれない。
「マナカ……これからも、よろしくね」
「ああ。ずっと一緒に、悪いマスコットやってやるよ」
俺はミーナの頰にまたチュッとキスして、回復の光を灯した。
戦いは、まだ終わらない。
■4.魔族の手
王都の外れ、広大な草原。
昨日オーガを倒した場所から少し離れた丘の上に、俺とミーナは立っていた。
空はまだ薄曇りで、風が草を波のように揺らしている。
昨日の戦いの跡――クレーターと焦げた地面――が、まだ生々しく残っていた。
「マナカ……あいつ、絶対また来るよね」
ミーナの声は少し震えていた。
短剣を握る手にも力が入っている。
「ああ。『次は私が直々に』って言ってたしな。魔族が本気出してきたってことだ」
俺はミーナの肩にちょこんと乗って、遠くの地平線を睨んだ。
ウサギリスの鋭い視力で、何か黒い影を探す。
「……来た」
地平線の向こうから、黒い霧が這うように広がってきた。
霧の中から、ゆっくりと姿を現すのは昨日と同じ角の生えた男――魔族。
黒いマントの下に、赤黒い鎧のような皮膚。
瞳は燃えるように赤く、口元に嘲るような笑みを浮かべている。
「よくぞ待っていてくれたな、魔法少女」
声が草原全体に響く。
威圧感が半端ない。
ミーナは一歩前に出て、俺の魔力を感じながら深呼吸した。
「王都に近づかないで……! もうこれ以上、誰も傷つけないで!」
「フン。人間の分際で偉そうだな」
魔族が右手を軽く振ると、黒い炎が渦を巻いてミーナに向かって飛んできた。
「――バリア!」
ミーナが即座に防御魔法を展開。
俺が魔力をブーストしたおかげで、透明な壁が黒炎を弾き返した。
「ほう……昨日より魔力の流れが安定しているな。あのウサギリスのおかげか」
魔族の視線が俺に刺さる。
俺は毛を逆立てて唸った。
「てめぇの相手は俺じゃねぇ。ミーナだ。覚悟しとけよ」
「面白い。ならば、遊んでやろう」
魔族が両手を広げると、周囲の空気が歪んだ。
地面から黒い棘のようなものが無数に突き上がり、ミーナを狙う。
「――ウィンド・ストーム!」
ミーナが風の渦を巻き起こして棘を吹き飛ばす。
続けて、「ファイア・レイン!」空から炎の雨が降り注ぐ。
魔族は片手で黒い盾を展開して防いだが、わずかに後退した。
「やるじゃないか……だが、まだまだ」
魔族が指を鳴らすと、今度は水の奔流が地面から噴き上がった。
巨大な水の槍がミーナを貫こうとする。
「――アイス・ウォール!」
ミーナが氷の壁を立てて防ぐ。
水がぶつかって蒸気になり、視界が一瞬白く染まった。
その隙に魔族が接近。
黒い爪を振り上げて、ミーナの首を狙う。
「危ない!」
俺がミーナの頰に飛びついて、回復のキスを連発。
体力が回復したミーナは体を捻ってかわし、逆に短剣で魔族の腕を斬りつけた。
「ぐっ……!」
魔族が初めて小さく呻く。
傷口から黒い血が滴った。
「人間の小娘が……!」
魔族の瞳がさらに赤く燃え上がる。
両手から黒と赤の炎が同時に噴き出し、渦を巻いてミーナを包み込もうとした。
「水と火の同時攻撃……! ミーナ、集中しろ!」
「うん……!」
ミーナは目を閉じて、俺の魔力を全力で受け入れた。
契約の絆が熱く脈打つ。
「――マナカ、全力で!」
「ああ! いくぜ!」
俺の体が金色に輝き、ミーナの周囲に光の粒子が舞い上がった。
髪が逆立ち、瞳が青く光る。
「――アクア・インフェルノ!!」
水と火が融合した、青白い炎の奔流が魔族に向かって放たれた。
ドゴオオオオン!!
爆音が草原を揺らし、地面が抉れる。
魔族は両腕を交差させて防いだが、体が大きく後ろに吹き飛ばされた。
黒いマントがボロボロに裂け、鎧のような皮膚に深い傷が刻まれている。
「……小娘……貴様、ただの人間ではないな」
魔族が息を荒げながら、初めて本気の表情を見せた。
「だが……まだ終わらん」
魔族が空を見上げると、黒い雲が渦を巻いて集まり始めた。
雷鳴が轟き、巨大な暗黒の魔法陣が草原の上空に浮かぶ。
「これは……!」
「これが俺の本気だ。死ね、魔法少女」
黒い雷が無数に落ちてくる。
地面が爆ぜ、土煙が上がる。
ミーナは全力でバリアを張るが、連続する雷撃にバリアがひび割れ始めた。
「くっ……! 持たない……!」
「ミーナ! もう一押しだ! 俺の魔力を全部使え!」
俺はミーナの胸に飛び込んで、体全体で魔力を注ぎ込んだ。
ウサギリスの体が熱くなり、光が溢れる。
「――マナカ……ありがとう」
ミーナは最後の力を振り絞って、両手を天に掲げた。
「――ライトニング・ディバイン!!」
金色の雷が空から落ち、黒い魔法陣を貫いた。
ズドオオオオン!!
光と闇が激突し、草原全体が白く染まる。
爆風が俺たちを吹き飛ばし、ミーナは地面に倒れ込んだ。
「……終わった……?」
煙が晴れると、魔族は片膝をついて、肩で息をしていた。
体中から黒い血を流し、角の一つが折れている。
「……見事だ。だが……これは、始まりに過ぎん」
魔族は苦しげに笑って、黒い霧に包まれた。
「次は……もっと強い手下を連れてくる。その時まで、生き延びておけ」
霧が消えると、魔族の姿は跡形もなく消えていた。
草原に静寂が戻る。
風が草を揺らし、遠くで鳥の声が聞こえる。
ミーナは地面にへたり込んで、俺を抱き上げた。
「マナカ……勝った……私たち、勝ったよ」
「ああ……お前、すげぇよ。本当に」
俺はミーナの頰に何度もキスをして、回復の光を灯した。
ミーナの傷が少しずつ癒えていく。
「でも……あいつ、撤退しただけだ。次はもっとヤバいのが来るかも」
「うん……わかってる。でも、私たちなら大丈夫。だって、マナカがいるもん」
ミーナは俺をぎゅっと抱きしめて、頰をすり寄せた。
「これからも、一緒に戦おうね」
「ああ。悪いマスコットとして、ずっとお前のそばにいるよ」
俺たちはゆっくりと立ち上がり、王都へ戻る道を歩き始めた。
夕陽が草原をオレンジに染め、遠くで馬車の鈴の音が聞こえる。
何事もなかったような、穏やかな景色。
でも、俺たちは知ってる。
この平和は、いつまた壊されるかわからないってことを。
魔族の影は、まだ消えていない。
そして、俺たちの戦いは――これからだ。
■5.かりそめの平和
王都の朝は、いつもと変わらない喧騒で始まる。
石畳の通りを馬車がガタガタと通り過ぎ、市場の呼び込みの声が響き合う。
魚屋のおっさんが「新鮮な川魚だよー!」と大声を張り上げ、パン屋の少女が「焼きたてのクロワッサン、いかがですかー?」と笑顔で客を誘う。
冒険者ギルドの扉が開くたびに、酒臭い笑い声と剣の金属音が漏れ出てくる。
俺はミーナの肩に乗って、そのすべてを眺めていた。
昨日、魔族と死闘を繰り広げた草原の傷跡は、まだ体に残ってる。
ミーナの腕には薄い火傷の痕が、俺の毛は少し焦げてチリチリしてる。
でも、そんなことは誰も知らない。
知る必要もない。
「マナカ……なんか、変な感じだね」
ミーナが小さな声で呟く。
今日はいつもの貴族令嬢のドレスじゃなく、シンプルなワンピース。
頭にはリボンをつけて、俺をペットとして連れて歩く。
「変な感じって?」
「みんな、普通に笑ってる。昨日あんなに危なかったのに……誰も気づいてないみたい」
「それが平和ってやつだろ。俺たちが守ってるからこそ、こんな日常が続いてるんだ」
俺はミーナの耳元で囁いて、軽く頰にチュッとキスした。
回復の光が淡く灯って、ミーナの火傷がまた少し薄くなる。
「ありがと……マナカ」
ミーナは小さく微笑んで、俺の頭を撫でた。
市場の広場を抜けて、噴水広場へ。
子供たちが水辺で遊んでいて、母親が「危ないわよ!」と笑いながら追いかける。
噴水の水しぶきが虹を作って、陽光にキラキラ光ってる。
「きれい……」
ミーナが立ち止まって、噴水を見つめる。
俺も一緒に眺めた。
「なあ、ミーナ。お前が魔法少女じゃなかったら、こんな景色も今頃なくなってたかもしれないぜ」
「ううん。私一人じゃ何もできなかったよ。マナカがいてくれたから……」
「ぐふふ、照れるなよ」
俺は尻尾をパタパタ振って、ミーナの頰にまたキス。
通りすがりのおばさんが「まあ、可愛いウサギリスさん! お嬢様に懐いてるのねえ」と笑顔で声をかけてくる。
「えへへ、ありがとうございます」
ミーナは照れながら頭を下げた。
そのままギルド前を通りかかると、冒険者たちが大声で話してるのが聞こえた。
「最近、王都周辺のモンスター減ったよな。ゴブリンもオークもほとんど見かけねえ」
「オーガが出たって噂もあったけど、結局誰かが倒したらしいぜ。冒険者じゃねえって話だ」
「魔法少女でもいるんじゃねえの? ハハッ、夢みたいな話だな」
俺とミーナは顔を見合わせて、クスクス笑った。
「バレてない……よね?」
「バレてねえよ。完璧に隠れてる」
俺たちはギルドを横目に、城壁沿いの遊歩道を歩く。
城壁の上では衛兵が巡回していて、遠くの森や草原が見渡せる。
「あそこ……昨日戦ったところだ」
ミーナが指差す。
遠くに、かすかにクレーターの跡が見える。
でも、もう草が少し生え始めてる。
自然は意外と回復が早い。
「魔族のやつ……次はもっと強い手下を連れてくるって言ってたけど」
「うん。でも、私たちも強くなった。昨日だって、勝てたんだから」
ミーナの声に、迷いはなかった。
瞳がまっすぐ前を向いてる。
俺はミーナの肩で丸くなって、思う。
この平和は、かりそめだ。
いつかまた、魔族の手が伸びてくるかもしれない。
いや、きっと来る。
でも、それでいい。
俺たちがいる限り、こいつらは守れる。
「なあ、ミーナ」
「ん?」
「これからも、悪いマスコットやってていいか?」
ミーナはびっくりした顔で俺を見下ろして、すぐに柔らかく笑った。
「もちろん。ずっと、マナカのままでいてね」
「ぐふふ……約束だ」
俺はミーナの頰に何度もキスを繰り返した。
回復の光が、優しく二人を包む。
王都の鐘が鳴る。
昼の時間を知らせる、穏やかな音。
人々はそれぞれの日常に戻っていく。
商人、子供、衛兵、冒険者……みんなが笑って、怒って、泣いて、生きてる。
俺たちはその中に、ひっそりと溶け込んでいた。
表向きは、貴族の令嬢と可愛いペットのウサギリス。
裏では、王都を守る魔法少女と、魔石を食らう悪いマスコット。
この二重生活が、いつまで続くかわからない。
でも、今はこの瞬間を、しっかり味わっておこう。
夕陽が王都を赤く染め始める頃、俺たちは屋敷へ戻る道をゆっくり歩いた。
ミーナが小さく歌を口ずさむ。
子供の頃に覚えた、子守唄みたいなメロディ。
俺はその歌に合わせて、尻尾を軽く振った。
戦いは、これからだ。
魔族の影が、再び迫ってくるかもしれない。
でも、俺たちはもう、逃げない。
一緒に、戦い続ける。
「マナカ……大好きだよ」
ミーナが突然、ぽつりと呟いた。
俺は一瞬固まって、すぐにニヤリと笑った。
「ぐふふ……俺もだよ、ミーナ」
俺はミーナの胸に飛び込んで、ぎゅっと抱きついた。
この温かさが、俺の新しい生きがいだ。
魔石の味も最高だけど……こっちの方が、もっと大事かもしれない。
王都の夕暮れに、俺たちの物語は、まだ続く。
(完)




