Quest1:冒険のはじまりとキャラメイキングの洗礼
シリーズもの。力を抜いて読んでいただければ幸いです。
電気が消えた暗い室内の中でノートパソコンの電源ボタンを押す。真っ暗なモニターに光がともり表示されたログイン画面にパスコード1582をテンキーで素早く入力した。たちまちにアプリやショートカットアイコンもないがら空きのデスクトップが表示される。パソコンを購入してから日が浅かったこともあるが男には執着がなかった。故に、購入時に初期登録されていたアプリアイコンも日常的に使うと想定されるもの以外は潔く消去されていた。
男は、ブラウザを立ち上げお気に入り保存されていたオンラインゲームのスタート画面にジャンプした。画面の読み込みが終わるとハーベストONLINEとイタリック調のタイトルロゴが表われた。タイトルロゴの下には『物語をはじめる』というアイコンが併せて表示されている。男は深く考えずにアイコンをクリックして人生初のオンラインゲームなるものに足を踏み入れた。まさかこれが、後の男の人生を大きく変える波乱の幕開けになるとはこの時点では予想ができないことだった。クリック後にアイコンの脇に小さな緑色の双葉がにょきっと生える演出が入った。
暗い画面が漂白し、再度暗転すると画面上部から白いゴシック調の小さな文字の列が押し寄せてきた。内容は選ばれた伝説の勇者が500年前に終末の獣から世界を救っただとか、再び世界は滅亡の危機だ、とかいわゆるこのゲームの世界設定だろうと推測される文面だった。正直、このゲーム固有のカタカナ用語や壮大過ぎる設定が乱立していて読んでいて気持ちが冷めた。俺はオンラインゲームをプレイしたことはないが、昔いくつかプレイした据え置き型テレビゲームではこういった世界設定がゲームプレイに直接関係していた試しがなかったので、ためらいなく画面右上のイベントスキップボタンをクリックする。すると、本当にスキップしてもいいですか?という確認ウインドウが現れた。うるせえ、俺はしっかり考えて押しているんだと、数秒も待たず「スキップする」を選択した。画面が切り替わると次に小さな四足歩行のロボットのような土塊人形が現れた。脇にはテキストボックスが表示される。
『世界を救う勇者さま。異世界からこの世界にようこそ。そして、はじめまして。ボクの名前はエメスです。よろしくね。』『これからボクが勇者様の旅をサポートするよ。』
はあ、まあよろしく。解説やチュートリアルなんてほとんど飛ばすしおまえの出番はほとんどないと思いながらテキストボックスをクリックし続ける。
『最後に勇者さまのお名前をボクにおしえてもらってもいいかな?』
画面の土塊人形はつぶらでまん丸い瞳を瞬かせ、首を傾げるとプレイヤー名を入力する欄が表示された。
名前だと?
確かに名前を自由に決められるゲームをプレイしたことはあるが、そういう場合ゲーム側で用意されているデフォルトネーム(標準設定名)をいつも選択していた。このゲームはどうやらその逃げ道がないようなので困った。どうしたものかと少し逡巡する。ユーザー名って他のプレイヤーとの区別のためだし俺のアイデンティティ―を表した方がいいよな。うーん本名の姓の小田にするか?いや流石にゲーム上では実名とは関係ないものにしたほうがいいか。んーこのゲームはどうもサポートキャラやタイトルのデザインが西洋っぽいしカタカナ名にするか。ソールとか?理屈とか深く考えず俺は直感で出てきた言葉を入力した。この間現実で経過した時間は1分ほどだった。
『ソール。良い名前だね。よろしくね。』
画面の土塊人形が笑った。先ほどのソール自身の自己紹介の時は笑っていなかったのに俺の名前を聞いたら笑うんだとぼんやり思った。
画面が切り替わると次に『この世界のあなたの分身となるアバターの職業を選択してください。職業によって上昇するステータスのボーナス値や使用武器やスキルが変わります』というテキストが流れ職業の一覧も現れた。
なになに?と俺は画面の一覧に目を凝らす。
〔ソルジャー:攻撃力・防御力が高く成長。剣・盾が装備可能。一部魔法スキル習得可能:初心者推奨。〕
〔ガーディアン:防御力、体力、持久力が高く成長。槍・盾(職業専用武器あり)が装備可能〕
〔ハンター:俊敏力が高く成長。弓・銃・ナイフが装備可能。特殊回避習得可能〕
〔ワンダラー:ステータス上昇補正なし。全武器装備可能。全エリアダンジョン、全クエスト挑戦可能:上級者推奨〕
〔メディック:精神力が高く成長。杖・魔導器が装備可能。回復スキルやステータス補助スキルが習得可能。〕
〔ウィッチ:知力が高く成長。本・魔導器が装備可能。範囲攻撃などの魔法スキルや状態異常・ステータス減衰スキルが使用可能〕
このゲームは大分職業があるんだな。過去にプレイしたゲームと違い圧倒的にゲームプレイの自由度が高く感心する。別のセーブデータを使って複数アバター作る前提だったら、初心者推奨のソルジャー選んでまずはゲーム全体のプレイ感覚をつかんでから別のデータで改めてプレイに最適な職業を選ぶが、このゲームはセーブデータが自動で記録され、随時システムは更新し続けるようなのでなんだか面倒くさく感じる。こんなもんどれを選んでも結局テクニックでなんとかなるだろうと思いすぐに悩むのをやめた。俺はやりこみ度が高そうなワンダラーを選択した。ワンダラー日本語にすると放浪者だ。定住せずにさすらう者………格好よくいってはいるが所詮無職だろうと心の中で笑う。まあ、俺も無職なわけだが。
ジョブ選択後は見た目を編集してくださいというテキストウィンドウとともに3Dの人型モデルが現れた。3Dモデルは目や鼻などのパーツがなく服も着ていない状態で、まるでマネキン人形のような見た目をしていた。なんだこれ?性別の選択はともかくとして、顔の目や鼻の各パーツそれぞれに色の調整や形の選択まで編集画面があり正直面倒くさいとおもった。これもデフォルトの自動設定ないのかよ。デザインのテンプレートの組み合わせ設定がどこかにないか5分以上かけて探したが見つからなかった。スキップができないことにいらつきを覚えながら各パーツは選択欄の一番最初のものに、そして明暗と色彩のスライダー調整はスライダーの端にそれぞれ設定した。調整を放棄した結果モニターに表示された見た目設定はシュールなものになった。一言で言うなら黒い温泉たまごのような頭をした筋肉質な男が黄色い腰布を纏って立っている。髪はない、余分な脂肪もない、余分な布もない余分なく包み隠さず潔い。これでいいだろう。見た目にそもそも執着がなくそこに時間をかけるのが惜しかったので、このまま設定完了のボタンを押した。
こうして男の波瀾万丈を予感させる冒険は幕をあけるのだった。
モニターには色とりどりの紙吹雪が舞うアニメーション演出とともに『welcome to the world』の文字が煌びやかに表示された。
※次回チュートリアルで死にます




