第7話:本当の千麻
「僕が、長月さんを嫌になる?」
『はい』
僕の疑問に頷いた彼女は、不安そうな顔をして俯いてしまう。
だけど、言葉を紡ぐのを止めなかった。
『有内君もまた学校の皆様同様、私達がTOP4だと知り、どこか気後れされています。ですが、私だって人の子です。仲の良い友達と一緒に過ごし、好きな人に思いを馳せる。それは他の女子と何ら変わりないのです』
すっと椅子から立ち上がった彼女が、数歩前に出る。
異世界感を感じる長月さんの後ろ姿。陽の光に照らされた彼女の長い髪がそよ風になびく姿は、この都市の雰囲気も相成ってより神秘的に見える。
『覚えていますか? あなたがファンタジー・フォレストで、初めて私を誘ってくれた日の事を』
「え? あ、うん。勿論」
ちゃんと覚えてる。
ファンタジー・フォレストで知り合って二ヶ月ほど。確か、高校に入学して一ヶ月くらい経った頃かな。
フレンドのログイン状況を見たら、ナガツが珍しくみんなと別の場所に独りでいたのが見えて、気になって声を掛けてみたんだ。
『人に囲まれるのに疲れた。そう漏らした私に、あなたは少し一緒に出かけないかと、ファルナ林道に誘ってくれましたね』
「うん」
彼女が一人でいた場所はシェネルの街だったんだけど、近くのファルナ林道には僕のお気に入りの場所があったんだ。
それで、人混みを避けたいなら丁度いいかなと思って誘ってみたんだよね。
『理由も語らず林道を逸れ、林の奥に入ったあなたが何の変哲もない場所に座った時、私は一体何がしたいのかと思いました』
「ご、ごめん。あの時も、言葉足らずだったよね」
『ええ。ですが、そこでのあなたが見せてくれた光景は、今でも鮮明に覚えていますよ』
半身だけこちらに向き、両手を後ろに回したまま、長月さんがこっちに顔を向け小さく笑う。
『木の上で元気に動き回るリスに、枝に止まり小さくさえずる小鳥達。私はあの時まで、ゲームの世界にこんな穏やかな光景があるなんて知りませんでした。しかも、あなたは私が最初に漏らした言葉の理由に触れることもなく、ただ一緒にいてくれましたよね』
「それは、長月さんにも触れられたくない話があるかな。そう思って」
『……ふふっ。きっとそうだと思いました』
そこまで言った長月さんから笑みが消え、どこか真剣な顔をする。
何となく空気が変わったのを感じ、僕も釣られて笑顔を隠した。
『ですが、そんなあなたの優しさや気遣いを感じたからこそ、私はアユという友達を強く意識するようになりました。そして、あなたと過ごしていくうちに、もっとあなたとの関係を大事にしたい。もっと側にいたい。そう思うようになったのです』
そんなに前から、僕を友達として意識してくれていたんだ。
正直、あの頃はまだ僕も友達だなんて言ったらおこがましいと思ってたし、そこまで考えてなかったな……。
『ファンタジー・フォレストでの最後の日。あなたが男子だと口にした後、私達も新たな世界でちゃんと自分達の姿を見せよう。みんなでそう決めました。ですが、その時から私はずっと不安でした。アユだったあなたが本当の私を知った時、あなたが私を嫌い、一緒にいられなくなるのではないかと』
「そんな。僕が長月さんを嫌いになるなんてありえないよ」
『え?』
僕の言葉に驚く長月さん。
勿論、この言葉は僕の本心だ。
「長月さんは、ナガツだった時からずっと優しくしてくれたでしょ。それって学校で見てきた、清楚で温和な長月さんの印象とまったく同じ。だから、二人が同一人物だって知った今だって、長月さんを嫌いになる要素なんて全然ないよ」
『そ、そうでしょうか……』
「うん。どちらかと言えば、僕のほうが不安だよ。アユの頃からそう。自分に自信がなくって、どこかウジウジしてて。現実と何ら変わらない僕と友達でいてくれる人なんて、本当はいないんじゃないかって……」
僕は画面を見ながら、自然と俯いていた。
そう。みんなに人気の長月さんが嫌われ者になるはずなんてない。それは僕から見たって例外じゃない。
でも、僕は別だ。
みんながどれだけ僕を特別な友達と言ってくれても、それを喜びつつもどこか不安でいる。それくらい、自分に自信がないんだから。
『……大丈夫ですよ』
こっちを気遣うような優しい声に、僕が顔を上げると、ディスプレイ越しに映った彼女がまた微笑んでくれている。
『私を嫌いになるなんてありえない。そう言ってくださる有内君を、私が嫌いになるはずありません』
「そうだといいけど、まだ長月さんは僕のすべてを知らないし……」
『それはお互い様ですよ。有内君もまた、本当の私を知りませんから』
「え? 本当の長月さん?」
彼女が僕の想像する長月さんと違うことなんて、何かあるのかな?
僕がディスプレイの前で首を傾げていると、彼女は両手を組み胸に当てた後、少し恥ずかしそうに俯く。
『は、はい。私はきっと、有内君が思うような女子ではございません』
「え? そうなの?」
『は、はい』
未だ信じられないでいると、彼女は消え去りそうな声で返事をすると、顔を真っ赤にしながら、胸の前で指をもじもじ合わせるエモートを見せている。
でも、その可愛さよりも、僕は彼女の言葉のほうが気になっていた。
「例えば?」
口を衝いて出た疑問を聞いて、長月さんは上目遣いにじっとこっちを見てくる。
『例えば、その……私は今、こうやって二人きりでいられるのを、とても幸せだと、感じておりますし……』
僕といるのが幸せ……そんな事ってあるのかな?
あ。もしかして、僕が長月さんといると落ち着くのと一緒で、彼女もそういう気持ちになってるとか?
それだったら……。
「僕も同じだよ」
『え?』
僕の言葉に、長月さんが真っ赤な顔のまま、眼鏡の下の目を丸くする。
あれ? そこまで驚かれる事かな? まあいいや。
「だって、僕もこうやって長月さんと一緒にいるのは凄く落ち着くし。色々気を遣ってもらって、友達で良かったなって幸せな気持ちにもなるし──」
『あ、あの……そ、そうではないのです』
「……あれ? 違うの?」
『あ、えっと、その……』
急におろおろとする長月さん。
僕が感じる幸せとは違うんだ。なんか早とちりしちゃったかな?
「ご、ごめん。勝手に勘違いしちゃって」
『あ、いえ。勘違いではなくてですね。そういった気持ちも勿論ございますし、同じといえば同じなのですが。そ、その……違うと言えば、違うというか……』
同じだけど違う? どういう事なんだろう?
要領を得ない彼女の言葉になんて返せばいいかわからないでいると、大きな深呼吸をした長月さんが、潤んだ瞳でじっと僕を見つめてきた。
……なんだろう。これまでと少し雰囲気が違う気がする。
真剣な話かもしれないし、ここはちゃんと話を聞かないと。
釣られて身構えた僕に、彼女はごくりとつばを飲み込むと、ゆっくりと口を開く。
『その……わ、私が、有内君といて幸せを感じる本当の理由。それは、わ、私が……あなたを、す、す──』
何かを言いかけた長月さんの言葉が、突然ぴたりと止まった。
あれ? どうしたんだろう?
小鳥のさえずりとそよぐ風の音が、耳に心地良さを届けてくれる中、こっちを見ていた彼女の瞳が何か別のものを見るかのように、すっと斜め下に動く。
そして。
『はぁ……』
長月さんはさっきまでの表情から一変。心底がっかりした顔をした。
「どうかしたの?」
『……どうやら、タイムリミットのようです』
「え? タイムリミットって、どういうこと?」
『沙和達が気が気でないのか。どうなったのかと執拗にDMを送ってきていまして』
「武氏さん達が……」
『はい。みんなもあなたと友達でいたいのですから、その反応ももっともなのですが……』
長月さんが片手を顔に当てたエモートと共に、呆れ顔でまたため息を漏らす。
彼女の言葉が信じられなかったわけじゃない。
だけど、長月さんがわざわざこうやって声を掛けてくれたのと同じくらい、みんなが僕のことを気にしてくれてる。勝手な解釈かもしれないけど、何となくそんな気がした。
……僕なんてTOP4の友達として相応しくない。
僕の事を色々知っていく中で、彼女達が僕を嫌いになるかもしれない。
……それでも。
本当の僕を知った上で、もしみんなが友達でいてくれるとしたら。
友達でいたいと言ってくれるとしたら……。
迷いや不安、期待を頭で整理していると、眼鏡を直した長月さんが、普段の凛とした表情を見せる。
『後日で構いませんので、よろしければもう一度みんなと話をする機会をいただけないでしょうか。有内君はこちらの事など気にせず、本音を話してくだされば結構ですので』
僕はコントローラーを操作し、ゆっくりとキャラを立ち上がらせる。
そして、ぎこちない手つきで頷くエモートをしてみせた。
「わかったよ」
『本当ですか?』
「うん。それで、もしみんなの時間が合うなら、ここにみんなを呼んでくれないかな?」
『え? 心の準備はよろしいのですか?』
「うん。長月さんのお陰で、随分気持ちも落ち着いたから」
頑張って笑顔のエモートを出すと、驚いていた長月さんが普段の穏やかな表情になり小さく頷く。
『わかりました。では、ここに全員揃いましたら、有内君のタイミングでイズコのルームに入ってください』
「うん。わかった」
『では、私は一旦これで。あちらのルームでお待ちしていますね』
「あ。ちょっと待って」
『何か?』
「あの……気を遣わせてごめんね。それと、いつもありがとう」
僕が再び笑顔のエモートをすると、それを見た長月さんも小さく微笑んでくれる。
『お気になさらず。アユとナガツの仲ですから。これからも是非、頼ってくださいね』
「うん。ありがとう」
『では、また後ほど』
彼女との通話が切れたのを確認し、僕は一度大きく息を吐いた。
この一年の、みんなと過ごした楽しかった時間。
これから先、みんなと過ごすのに覚えている不安。
僕の数少ない、それでも凄く大事な友達がTOP4だった。
そんなみんなと一緒にいていいのか。未だにそんな迷いはあるけれど。
縁が切れるにしても、続くにしても、ちゃんと思いは伝えよう。
僕はこっちに背を向けた長月さんの後ろ姿と、その先に広がる世界を見ながら、静かにそう決意したんだ。




