第6話:二人きりの会話
噴水のある広場を離れ、長月さんに続いて歩いていくと、一気に人気が少なくなっていく。
正しくいうと、彼女が意図して人気が少ない方に歩いていっただけなんだけど、お陰であまり周囲を気にせず、落ち着いて街並みを見る余裕ができた。
昼間の明るい光に照らされて、純白と言っていいくらいに白く感じる建物達と、合間にある緑の木々や花々。歩道の側にある水路の水の輝きなんかを見ても、本当に神聖都市って言葉が相応しい神々しさというか、幻想的な感じがする。
何も話さない僕達。やろうと思えばキャラを走らせ移動することもできるんだけど、長月さんはゆっくりと歩いてくれている。
アユだった時の僕を知っているからこそ、こうやって景色を見る時間を作ってくれてるのかもしれない。
そのまま彼女が建物の合間にある階段を上がっていくのに続く。
そういえば、他の場所は人も結構いたのに、こっちの方はNPCすら全然いない。実際、今歩いているのは僕と長月さんの二人だけ。
僕達の足音と、遠くでさえずる小鳥の鳴き声だけを耳にしながら階段を登っていくと、途中で建物が途切れ、見晴らしのいい広場に出た。
「うわぁ……」
瞬間。自然にそんな声が漏れる。
丘の上、見晴台のような場所から見る神聖都市ゼクセイド。それは圧巻の一言だった。
青空の下、眼下に広がる街並み。
遠くに見える大きな城や時計台に、街を囲うように立つ白い外壁。その先には高く聳える山々も見える。
『いかがですか?』
世界の広さとファンタジーらしい空気感に圧倒されていると、気づけば隣に立っていた長月さんにそう声を掛けられた。
「街が一望できて、凄くいい景色だと思う」
『喜んでいただけましたか?』
「うん!」
こっちの返事を聞き、彼女がまた柔らかい笑みを浮かべてくれる。
ゲーム内の長月さんも凄く綺麗だな……って。現実の彼女をモチーフに作ったんだし、当たり前だよね。
『あちらのベンチに座りましょうか』
「あ、うん」
言われるがまま、柵の側にあったベンチに並んで腰を下ろす。
肩が触れそうなほどに近い僕達のキャラ。横を見ると、眼鏡を掛けた長月さんの微笑みをこんな近くで見るなんて初めて。
そよ風に靡く藍色の髪。服装のファンタジーっぽさがなかったら、本気で隣に彼女がいるって錯覚しそうだ。
……こ、これはゲーム。ゲームだから。
緊張で心臓がバクバク言い始めたのを、胸に手を当て静かに深呼吸しながら必死に抑える。
『どうですか? シャインズ・ゲートの世界に来た感想は?』
「う、うん。その、すごく綺麗だし、神秘的だよね。どんな世界が広がってるんだろうって、すごくワクワクしてる」
『そうですか。私もです』
小さく微笑んだ長月さんは、僕から目を逸らすと、遠くまで見える景色に目を向けた。
風で耳に掛かった髪を指で掻き上げる。でも、何も言わない。
まだ本題に触れないって事は、気を遣ってくれてるのかな。
でも、このままじゃないけないし、僕から話した方がいいよね。
「あの──」
『ふふっ。やっぱり、少し緊張しますね』
声を掛けようとした瞬間。先に口を開いたのは彼女だった。
でも、緊張? 長月さんが?
「えっと、どうして?」
『勿論。有内君が、隣にいるからですよ』
「え? 僕がいるから?」
『はい」
僕といるから緊張する?
「そ、それは流石に嘘だよね?」
思わずそう口にした僕を見て、長月さんが首を傾げる。
『何故、そう思うのですか?』
「だ、だって。長月さんって、普段から沢山の友達に囲まれてるし」
『確かにそうかもしれませんが。男子と二人きりでいる機会なんて、ほとんどありませんでしたよ』
だ、男子と二人きり……。
どこか貴重な感じのする言葉に内心動揺しながらも、僕は必死に言い訳を続けた。
「そ、そうだとしても。今までだってゲームでこうやって、一緒に景色を見てた事もあるよね?」
『はい。ですが、あの頃はお互いの素性も知らず、アユとナガツとしてお会いしておりましたから。お互いを知った今とは違います』
こっちの顔が赤くなるくらい、可愛い恥じらい顔を見せた長月さんが、指で眼鏡を直す。
『一年以上共にゲームをしていた相手が、まさか有内君だったなんて。夢にも思いませんでした』
「そ、それはこっちの台詞だよ。まさか、みんながTOP4だったなんて、思ってもみなかったし……」
『そうですよね。驚かせてしまい申し訳ございません』
「そ、そんな! 長月さんが謝る必要なんてないから!」
頭を下げてくる長月さんを見て、僕はリアルで両手を振りながら、慌ててそれを静止する。
「僕もリアルの事なんてほとんど話してこなかったし」
『それはお互い様です。それに、これまで有内君がリアルに触れずにいてくれたからこそ、私達はずっと肩肘張らず、一緒にゲームを楽しめたのです。むしろ感謝していますよ』
リアルに触れずいてくれたからこそ。
その言葉を聞いて、僕は胸が少し痛んだ。
みんなはリアルを知った上で、それでも一緒に遊んでくれると言ってくれた。
だけど、本当は無理してるんじゃないか? という気持ちが芽生えたから。
「でも、今は僕が有内優汰だって知ってるでしょ」
『はい』
「その……無理してない?」
『何をですか?』
きょとんとする長月さんの顔にちょっと戸惑いながら、僕は言葉を続けた。
「あ、えっと、その。リアルを知られちゃったから、この先も無理に遊ぼうとしてくれてるんじゃないかなって……」
相変わらずネガティブな僕の気持ちを聞いても、彼女は学校で友達に見せるような優しい笑顔を向けてくれる。
『そんなことはありませんよ。私も沙和も、喜世や瑠音も。先ほど伝えた一緒に遊びたいという気持ちに、嘘偽りはございません』
「本当に?」
『はい。ただ、沙和や瑠音の提案は流石に急過ぎでしたが……』
まったく……と言わんばかりにため息を漏らす長月さん。
彼女にとってもあれは予想外だったのか。実際、荒井さんも戸惑ってたし。
『突然ログアウトされたのは、やはりあの提案が嫌だったからですよね?』
長月さんがそう言いながら、こっちの様子を窺ってくる。
やっぱり、正直に話すべきかな……うん。そのほうがいいかも。
長月さんだったら、ちゃんと聞いてくれそうだし。
「えっと……嫌っていうか、驚いたっていうか。その……ちょっと混乱した、かな」
『それは、私達がTOP4だと知ってでしょうか?』
「それもあるけど。その……みんながリアルの僕をもっと知りたいって言ってきたのが、どうにも信じられなくって。そこから色々考えちゃって、それで……ごめん……」
自分でもわかるくらい、歯切れの悪い言葉。
こんなんじゃ長月さんに何も伝わらないよね……。
画面越しに彼女の様子を伺っていると、真剣な表情になる。
『謝る必要はありませんよ』
「ううん。あるよ」
『どうしてですか?』
「だって、自分のせいで、みんなを不快な気持ちにさせちゃったし……」
『それはお互い様です』
眼鏡を直し、凛とした長月さん。
だけど、声は相変わらず穏やかで、僕を責めるような言葉も口にしない。
……ああ。こういう時、やっぱりナガツといるんだなって気持ちになる。
「……長月さんって、やっぱり優しいね」
自然とそう零した僕に、彼女がちょっと驚きを見せる。
『そ、そうでしょうか?』
「うん。僕が有内優汰だって知っても、アユの時と変わらず接してくれるし。だからきっと、安心して話ができるのかも」
『安心して、ですか……』
……あれ?
素直にそう口にしただけなんだけど。その瞬間、彼女は僕から顔を逸らし、少し恥ずかしそうな顔をした。
何でだろう? そう思う気持ちと。
ちょっと可愛いかも。そう思う気持ち。
普段クラスで見たことのない長月さんのそんな態度は、戸惑いや驚きなんかより、どこか不思議と落ち着きを与えてくれる。
『……コホン』
僕が何も言わなかったからか。
彼女が小さく咳払いをすると、再び眼鏡を直す。
『そう言っていただけるのは嬉しいのですが。私はあなたが思うほど、優しくはないと思いますよ』
「え? どういうこと?」
『正直、沙和達の申し出は行き過ぎだったと思いますが。本音を言えば、私もまた、あなたのことをもっと知りたい。そう思っていますから』
「……え? 長月さんも?」
『はい』
予想外すぎる言葉に驚くと、彼女が少し俯き加減のままこっちを見る。
『ただ、同時にお互いがクラスメイトだと知った今、そこまでの関係を築いてしまっていいものなのか。私も不安なのです』
「不安って……やっぱり、僕が想像していた相手と違うから?」
「……いいえ」
思わずそう問いかけると、長月さんは首を横に振ると、一度目を閉じふーっと大きく息を吐く。
そして、ゆっくりと目を開き僕を見つめると、こう言ったんだ。
『あなたが私のことを、嫌になるのではないか。そんな不安です』




