第18話:特別な……
「失礼いたします。お飲み物をお持ちしました」
丁度話が一段落したところで、面条さんがタイミングよくテーブルの脇に立ち会釈をした。
片手に持ったトレイの上には、陶器の白いポットと同じ色のカップ。
この状態でここまで綺麗な会釈ができるって、本当に凄いよね。
「ありがとう。飲み物を注いだら、シェフに料理を出すように伝えなさい」
「かしこまりました」
面条さんは僕達の前にカップに入った紅茶と、白いポットをテーブルに置くと、代わりにお弁当箱を代わりにトレイに載せ、再び会釈しその場を去っていく。
澱みなく流れるような動き。これが本物の執事さんか……。
「面条さんって凄いよね。執事さんって、みんなあんな感じなの?」
「そうね。麗杜家の執事は皆優秀だけれど、面条は頭一つ抜きん出ているわ」
「そうなんだ。だから瑠音さんを任されてるんだね」
「ええ。ただ、彼もまだ二十歳過ぎ。年が近いのも理由だとお父様は仰っていたけれど」
高校二年の自分が言うのもなんだけど、そんなに若いんだ。
それであれだけの動きができるのって、本当に凄いなぁ。
流石に全部を真似なんてできないけど、TOP4のみんなと接していくなら、ああいう人も参考にしたほうがいいのかも。
「話を蒸し返すようで悪いのだけど」
僕が面条さんとシェフのやり取りを眺めていると、瑠音さんがそう話を切り出してくる。
あ、そうだった。彼女がそこにいるんだもん。放置は流石に悪いよね。
「えっと、貴堂君の話?」
「関連はあるけど、どちらかといえば沙和の話ね」
沙和さんの話?
ああ。お昼の話かな?
「今日の昼休み、あの子から貴方に話しかけたって噂に聞いたのだけど」
「うん。僕がお弁当の写真を撮っていたら、急に話しかけてきたんだ」
「お弁当の写真を?」
「あ、うん。折角だし記念にって。そうしたら、何してるのかって話しかけてきたんだ」
「それで?」
「その時に貴堂君が一緒だったんだけど、彼が僕のことを地味男って言ったのが癪に障ったみたいで。それで貴堂君に、もう話しかけてこないで欲しいって言ってたんだ」
「……それは、許せませんわね……」
僕の話を聞いて、瑠音さんが明らかにムッとする。
こう言ったら悪いけど、命の危険に晒された怖さは別として、僕自身は地味と言われても仕方ないって思うし、実はそこまで腹立たしくはないんだよね。
「えっと、僕は別に気にしてないから。瑠音さんも気にしなくって大丈夫だよ」
「え? あ、失礼。そうね。優汰がそう言うのなら、気にしないでおくわ」
そう言って彼女は苦笑いしたけど、慌てて取り繕ったようにも見える。
さっきの公園での事もあったし、実は本気で怒っていたのかも。
「コホン。それで。その後はどうしたの?」
「うん。それで沙和さんから、今後は気軽に話しかけてもいいよーって言われたんだ」
「それで他の男子生徒が色めき立ったわけね」
「そうみたい」
確かに落ち着いて考えてみれば、突然TOP4の一人が僕なんかに話しかけてきて仲良くしてもいいって雰囲気を出せば、みんなだってあれだけ騒がしくもなるかも。
「まったく。沙和ったら、相当気が逸ったのね……」
瑠音さんは一通り話を聞くと、片手を顔に添え呆れ顔を見せる。
……え?
「気が逸るって?」
言葉の真意がわからなくって、僕は思わず首を傾げた。
「貴堂が私達の後輩なのは知っているわよね?」
「あ、うん。一応」
「実は四月以降、沙和はあの男に随分と絡まれ迷惑していたの。だから、優汰に絡めばあの男がミスを犯すと読んで、お昼のような行動した可能性があるわ。ほんと、こんな行き当たりばったりな事をするから、私達に迷惑がかかるのよ」
ため息を漏らした彼女は、不満を飲み込むかのようにカップを運び紅茶を口にする。
僕も飲んでも怒られないかな?
おずおずと紅茶を口にしたあと、その温かさを感じほっと一息吐く。
「でも、よかったんじゃないかな。これで」
「え?」
僕がさらりとそう口にすると、瑠音さんが少し呆れ顔になる。
「貴方。そのせいで命の危険に晒された事を忘れたの?」
「忘れてないよ。でも、それで沙和さんが付きまとわれなくなったんだとしたら、結果としてよかったと思うよ。僕も少しは役に立てたって事だし」
勿論これは僕の本音だ。
貴堂君に付きまとわれてたら、やっぱり沙和さんだって気が気じゃないだろうし。
「……まったく。どこまでお人好しなの?」
「それはこっちの台詞だよ。瑠音さんだって、わざわざ僕のために、危険も顧みず貴堂君を呼び止めてくれたでしょ?」
「そ、それは……」
褒め言葉が恥ずかしかったのか。瑠音さんが顔を真っ赤にし俯くと、胸の前で指を合わせモジモジとしだす。
「わ、私は、大切な方を失うのが、怖かっただけですわ……」
大切な方……そっか。ちゃんとそう思ってくれてるんだ。
僕はそれを改めて知れて、ちょっと嬉しくなった。
「そっか。僕もだよ」
「え? 優汰様もですの!?」
彼女が急に目を潤ませ、様付けをしながら何かを期待するかのような表情でこっちを見る。
ちょっと大げさにも見えるけど、勿論僕も同じ気持ちだ。
「うん。やっぱり大切な友達を失いたくなかったし。まあ、何も出来なかったけど」
ほんと。ただ叫ぶしかできなかったもんね。
自分の情けなさに、思わず頭を掻きながら自嘲していると、瑠音さんは急にジト目になる。
あれ? 僕、何か間違った事を言ったかな?
「え、えっと、瑠音さん。どうしたの?」
「別に。何でもございませんわ」
「でも、なんか機嫌が悪くない?」
「そんなことございませんわよ。私達は、確かに大切な友達ですものね」
言葉とは裏腹に、彼女があからさまに頬を膨らませそっぽを向く。
実際、声色もどこか不機嫌に聞こえる。
やっぱり僕が何か間違ったとしか思えないけど……あ。もしかして……。
「あ、ご、ごめん。本当は僕に特別な友達なんて言われるの、嫌だった?」
これまでの話から僕はそう思ってたけど、実はそれが建前だったのかも。
TOP4と友達になれたからって浮かれすぎだったのかな……。
僕が一人で落ち込んでいると。
「……もう。冗談ですわよ」
片目を開きこっちの様子を窺っていた瑠音さんが、少し困った顔をする。
「私にとって、貴方は大切な友達。それは変わりませんわ。だから安心なさい」
「……本当に?」
「あら? 私の言葉、そんなに信じられませんの?」
弱気な僕に対し、意味深な笑みを浮かべる瑠音さん。
あ。この台詞って、さっき僕が言った台詞……。
自分でさっきそう言ってたくせに、僕はそれを棚に上げてたのか。
彼女がわかった? と言わんばかりに目を細めたのを見て、僕は気恥ずかしくなり思わず俯き頬を掻く。
そうだよね。
僕達は友達。だからこそ、その言葉を信じたい。
……ううん。
「ごめん。僕も瑠音さんの言葉、信じてるから」
そう。ちゃんと信じないと。
「……ふふっ。それでよいのよ」
僕の言葉に、瑠音さんは満足そうに微笑むと。
「それじゃあ、夕食にしましょう。面条。お願い」
そう言って、普段通りのお嬢様らしい澄まし顔に戻っていったんだ。




