第17話:不安に対する答え
瑠音さんがこの部屋を離れた後。
窓際に置かれたテーブルの片方の席に腰を下ろした僕は、彼女のいなくなったダイニングで、ぼんやりとそんな事を思っていた。
少し距離の離れたキッチンには、専門のシェフが何かを作り、その側に立つタキシードを着た面条さんは、その脇に立ちこちらの様子を窺っている。
そのまま反対にある窓の外を見れば、遠くに東京スカイツリーを一望できる、凄い都会の夜景が眼下に広がっている。
この辺に土地勘がないから、周囲を見てもどこにいるかまではよくわからない。
だけど、すごく立地がいいんだろうなあってことはわかる。
……やっぱり、瑠音さんってお嬢様なんだなぁ。
ここが別宅だっていうのもそうだけど、だからそう思ったわけじゃない。
さっきの貴堂君のことに対する考え方なんかも、すごくしっかり考えてた。そういった所に育ちの良さを感じたのが、そう思わせた大きな理由だった。
まあ、たまに変な感じの事を言ったりする時もあるけど、きっとそれは僕等と同い年だから。
実際、沙和さんや喜世さん、千麻さんだって、そういう部分があるし。
そう考えると、前にみんなが言っていたTOP4だって普通の女子っていう言葉も納得できるかな。
それでも人気が凄すぎて、普通って言葉が霞んじゃうけど。
「待たせたわね」
外の景色に目を向けていた僕の耳に、瑠音さんの声が届く。
あ、着替え終わったんだ。
何気なくそっちを見た瞬間、僕は思わず固まった。
だって、そこに立っているのが同級生には思えなかったから。
きれいに整えられたピンクの髪や綺麗な顔は普段と変わらない。だけど、服装はまるで違った。
前髪を止めているきらきらとした髪飾りに、肩を出し胸元まで見える真っ赤なワンピースタイプのドレスは、すごく大人っぽさを感じる。
やっぱり、社交界とかだとこういう格好が普通なのかな?
きっと瑠音さんのファンじゃなくたって、こに姿を見たら目が釘付けになると思う。
「……その、どうかしら?」
僕がじっと見つめていたからか。
瑠音さんが少し恥ずかしそうに目を逸らす。
あ。今のは流石によくなかったかな。
でも、どうかって言われたら。
「うん。すごく綺麗だし、素敵だと思う」
僕は素直にそんな感想を返していた。
その言葉を聞いて、はっとこっちを見た瑠音さんは、すぐに顔を赤くするとまた目を逸らす。
「そ、そう。その……私に、似合っているかしら?」
「うん。自分にそういうセンスがないから自信はないけど、僕は似合ってるって思ってるよ」
こういう時、冗談に聞こえたらきっと嫌だと思う。
だからこそできる限り真剣に答えたんだけど。
「そう。なら良かったわ」
ほっとした瑠音さんは、嬉しそうにはにかんだ。
彼女が颯爽と僕の脇まで歩いてくると、いつの間にか側に来ていた面条さんが、彼女の座る椅子を引く。
「お嬢様。どうぞ」
「ありがとう。面条。飲み物を」
「承知しました」
瑠音さんがそのまま僕の向かいに座ると、面条さんは丁寧に会釈しそのままキッチンに戻って行った。
そういえば、シャインズ・ゲート以外で制服以外のTOP4に会ったのってこれが初めて。
でも、瑠音さんのこの格好は、ゲーム内と遜色がない華やかさと、お嬢様らしい気品を感じる。
……やっぱり、現実だと印象が変わるよね。
僕なんかがいるのが、どうにも不釣り合いなくらい。
改めて目の前にいる彼女を見ているうちに、気持ちが少し緊張しだす。
こっちがうまく話せなくなって、変に気まずくなるのはよくない。何か話すネタは……あ。忘れてた。
「えっと。お弁当、ありがとう」
僕が足元に置いていたリュックから、預かっていたお弁当箱をテーブルに乗せると、それを一瞥した瑠音さんが真面目な顔でこっちを見つめてくる。
「それで、味はいかがだったかしら?」
「うん。すごく美味しかったよ」
「そう。でも、新米シェフの作った料理は、流石に酷い物だったわよね?」
彼女が少し不安げに様子を窺ってくる。
そこを不安視してたのは、朝の反応を見ても間違いないと思う。
「ううん。あれも美味しかったよ」
僕がそう言ってあげると、瑠音さんに一瞬だけ笑顔が浮かんだけど、ブンブンと首を振るとまた真顔に戻る。
え? なんだろう? 今の反応。
「そ、そのようなお世辞は不要よ。やはり焦げた肉では固くて食べられた物ではなかったでしょう?」
「そんなことないよ。確かに表面は少し焦げてたけど、カリカリにしたベーコンみたいで食感も良かったし、中のお肉は十分柔らかさもあったから、独特な食感が楽しめて美味しかったよ」
「ほ、本当ですの?」
「え? う、うん」
「本当に? 信じてもよいの?」
なんだろう。普段の気品なんてまるで感じさせない、どこか必死さを感じる圧。
そんなに新米シェフが作ったっていう料理の出来が気になるのかな?
それとも、単に僕の真剣さが足りなくって、疑ってかかってるのかな?
うーん……。
「瑠音さん。その、僕の言うことって、そんなに信用できないかな?」
思わず本音を漏らすと、はっとした彼女が慌てて両手を振った。
「ちちちち、違いますのよ。その、そのような事を言っていただけるのが、夢のようだと思っただけですわ」
「え? 夢のよう?」
瑠音さんがそう感じるの?
作った本人でもないのに……あ。もしかして、あのステーキって……。
「いい、いえ。わ、私もあの子が心配しているのを見ていたからこそ、気になってしまっていただけ。優汰から素敵な言葉を掛けられれば、シェフも夢のような気持ちになると思っただけですのよ。おほほほほ……」
露骨に動揺してるる瑠音さん。
でも、その恥ずかしそうな態度が、僕の予想を確信に変えた。
……やっぱり。
きっとあのステーキを焼いたのは彼女だ。
僕がじっと見つめていると、瑠音さんが急にバツの悪そうな顔をする。
なんとなく感じたのかもしれない。僕が察したんだろうって。
でも、本人はきっと隠したかったんだよね。
本人からすれば出来がいいといえない料理を作ったなんて、お嬢様である彼女にとっては汚点なのかもしれないし。
だったら……。
「そっか。じゃあ、新米シェフの方に伝えてください。僕のお弁当でよければ、また何か作って欲しいって」
「え? か、構いませんの?」
「うん。朝話した言葉は嘘じゃないし、シェフの上達が見られたら僕も嬉しいし」
「……ええ。伝えておくわ。ありがとう。優汰」
僕が敢えて気づかぬ振りをしながらそんな言葉をかけると、瑠音さんがパァッと笑顔を咲かせる。
察しのいい彼女のことだから、僕が知らない振りをしていたって気づかれてると思うけど。
それでもきっと、今はこういう関係のほうがいいと思う。
でも、澄まし顔の瑠音さんも気品を感じていいと思うけど、こういう笑顔の方がやっぱり可愛いし、見てて安心する。
友達として、もっとこういう機会を増やせてあげられたらいいんだけど……。
僕はそんな事を考えながら、彼女に微笑み返したんだ。




