幕間:瑠音の本心
……本当に、優汰様は優しすぎですわ。
犯罪者にまで情けを掛けようとするなんて。
まあ、この純粋さこそが私達を惹きつける魅力なのでしょうけれど。
窓の外を眺めながら、私は高鳴る鼓動を抑えるのに必死でしたの。
だって、私と優汰様、二人だけの秘密ができたのですもの。
勿論、あの男の一件を秘密にしたいのは、私も同じ。
沙和には悪いけれど、知らない方が良い真実というものは絶対にあるもの。
だけれど、それ以上に秘密にしておきたかったこと。
それは勿論……優汰様が、私のことを抱きしめてくださったこと。
あの方が私をぎゅっと抱きしめてくださった瞬間、心臓が飛び出るかと思いましたわ。
しかも、悔しそうな言葉は、間違いなく私を気にかけてくださっている。
……嗚呼。
あの夢のようなひと時こそ、私のこれまでの人生でもっと幸せだったと言っても過言ではありませんわ!
全身に感じる優汰様の熱。
耳元に届くあの方の素敵な声。
ほんのりと感じた素敵な汗の香りもまた、私にとっては優汰様を間近に感じさせる麻薬のようなもの。
あの時の私はもう、神が与えし世界から抜け出せなくなるところでしたわ。
面条の言葉がなかったら、私は自分を抑えられたかすら怪しかったですもの。
なかったことになどしてほしくなかったのも、あの男の過ちと共に私との想い出もなかったことにされたくなかったから。
優汰様が私を抱きしめてくださったことまで忘れてしまう。それは流石に耐えられなかったからこそ、咄嗟にあんな言葉を口にしていたわ。
ただ、面条の言う通り、優汰様がお困りになられていたのだとしたら……。
その先を想像した私は、その先の未来を想像しゾッとしましたの。
もし、私が優汰様に嫌われるなどあれば、もう私は生きていく糧を失ってしまう。
だからこそ咄嗟に離れましたけれど……私は、本当に優汰様に嫌われていないかしら。
もし嫌われていようものなら……。
「瑠音さん」
そんな不安な気持ちになっている最中。突然届いたあの方の呼び声に、私は内心ギクリとしてしまう。
「何かしら?」
緊張する気持ちを押し殺し、普段通りを心がけそう返す。
ちらりと横目で見た優汰様の表情は、どこか自然に見えますわね。
「えっと、そういえばこの後、僕達はどこに行くの?」
……ほっ。そちらの疑問だったのね。
あの方の言葉に、私は心底ホッとしましたわ。
確かにまだその話については何もお伝えしておりませんでしたもの。疑問に思っても当然。
ですが。
「それは着いてからの楽しみよ。今は大人しく待ちなさい」
私はそう言って、優汰様の質問への回答を濁しましたの。
勿論、真実を伝えるのは簡単。ですが、それでは驚きも薄れてしまいますものね。
「そ、そっか。わかったよ」
どこかすっきりとしない顔を見せるあの方に、私の心が強く痛みましたけれど、恋とはより大きな衝撃があってこそ、より強く印象に残るもの。
私は優汰様に自身のことをより強く印象付けたい。だからこそ、心を鬼にしなければ。
未だ拭えぬ不安。それでも、私はそれを覚悟で抑え込み、目的に着くのをじっと待ちましたわ。
◆ ◇ ◆
「うわぁ……」
窓際に立った優汰様が、眼下を見下ろし驚きの声を上げる。
きっと、そこに映った夜景に衝撃を覚えたに違いないわ。
あの方の背後からその姿を眺めながら、私はしてやったりの気持ちでおりましたの。
あれから十五分ほど夜道を走り続け、私達がやってきたのは、都心の一等地にある三十階建てのビルの最上階に位置する私の別宅。
優汰様はダイニングの奥。窓に隣接したテーブル側に立ちしばらく外を眺めておりましたの。
「瑠音さんって、普段からここに住んでいるの?」
優汰様はがこちらに振り返りそんな質問をする。
「いいえ。普段は本邸に住んでいるのだけれど。貴方の帰りのことも考えれば、こっちのほうが近いと思ったのよ」
「そうなんだ。それで、その……ここで、何があるの?」
流石に、そろそろこの質問にもきちんと答えないといけませんわね。
「いえ。お弁当箱を預かるついでに、一緒に夕食でもと思ったのよ」
「え? で、でも、それじゃより食費が──」
「優汰。貴方は対価の事を忘れたのかしら?」
予想通りの言葉を遮り、私切り札を口にする。
──「私達が望む対価は至って単純よ。これからも学校以外の場所で、私達と逢ってくれればいいわ」
今回の件で私は優汰様にそう伝えましたわ。
勿論、頭の良いあの方のこと。この言葉を忘れているはずございませんわね。
「そ、それは、わかってるけど。やっぱり、迷惑をかけてるような気がして……」
こちらの発言に、少し表情を曇らせる優汰様。
それが私の心をぎゅっと締め付けますわ。
だけれど、これも少しでも多くあの方との時間を過ごすためですもの。
「こんなもの、ファンタジー・フォレストの頃と同じよ。貴方が困っているからこそ、私は助けになりたいだけ。それに、何より私が貴方と過ごす時間を少しでも長くしたい。そう思っているからこその対価だもの。だから、言葉に甘えなさい。毎回は避けたいというのなら、今日だけでも構わないのだから」
本当は、毎週でもこうしたい気持ちは山々。
だけれど、あまりのしつこさに優汰様に嫌われては元も子もないわ。
だからこそのドア・イン・ザ・フェイス。あの方に通じれば良いのだけれど……。
神に祈る気持ちで様子を窺っていると、優汰様は小さくため息を漏らすと、仕方ないと言わんばかりの顔でこう口になさったの。
「……わかったよ。ただ、今回だけっていうことはないけど、毎週は避けてもらってもいいかな? そこまでされちゃうと、流石に僕も申し訳ないと思っちゃうし……」
……嗚呼、優汰様はやはりお優しいわ。
私の気持ちを汲み、このような妥協点を見出してくださるんですもの。
勿論。私にとって、その申し出に不満などあるわけございませんわ。
「ええ。それでいいわ。ありがとう。優汰」
私が感謝の気持ちを伝え微笑むと、あの方もまた小さく微笑みを向けてくださる。
……素敵、素敵ですわ。
あの髪の裏の顔まで私には想像できてしまうからこそ、気持ちの高ぶりは相当なもの。ですが、ここで取り乱すわけにはいきませんわね。
「では、ちょっと着替えてくるわ。貴方はそこに座って待っていなさい」
「うん。わかった」
私は気持ちが顔に出そうになるのを見られないよう、そう言って踵を返しその場を後にしましたの。
この先の彼との二人きりの時間に、胸を高鳴らせながら。




