第15話:凶刃の結末
ハッとした僕が声のした公園の入口の方を見ると、見慣れた制服を着た同じ高校の男子が立っていた。
着崩した制服。派手さを感じる金色の短い髪。片手に学生鞄を手にしていた彼の顔は俯いているせいでわからない。
だけど、瞬間僕はわかった。彼が誰なのか。
「貴堂君……」
そう。お昼に沙和さんに縁を切られていた、貴堂君だ。
こっちの声に釣られ、顔を上げた彼を見た瞬間、僕は背中にぞくりと寒気を覚えた。
……僕は、こんな目をする人を見たことがあるわけじゃない。
だけど、無言のまま向けられた多くの目に耐えていたあの時と同じくらい、僕は向けられる憎しみを強く感じるその瞳が怖いと思った。
ゴロゴロゴロ……
雷の音に釣られるように、思わずその場に立ちあがった僕を見て、貴堂君がゆっくりと歩きだすと、鞄を開け右手を突っ込む。
そのまま何かを取り出した彼が、無造作に鞄を横に投げ捨てた。
「なんで……なんでお前なんだ……」
貴堂君の恐ろしく低い声。手元に持っているのは……ナ、ナイフ!?
ギラリと輝いたように見える果物ナイフのような刃物。こ、これって、ま、まさか……。
一気に体に震えが走る。
逃げなきゃって思ってるのに足が竦んで、僕はまるで蛇に睨まれた蛙のようにその場から動けない。
「お前がいなきゃ、俺は武氏さんと一緒にいられたんだ。それなのに……それなのに!」
激昂し、その場で天に叫ぶ貴堂君。
その怒りが届いたかのように、曇り空がピカッと光る。
それはまるで人外のようにも感じて、僕の心はより恐怖に怯えた。
こ、このままじゃ駄目。は、早くなんとかしないと……。
で、でも、この公園の出口は貴堂君の後ろだけ。
そんなに広くない公園だからこそ、簡単に彼の脇を抜けて逃げたりできそうにない。
彼を突き飛ばして無理矢理抜ける?
そんなの無理だ。僕は運動神経はよくないし、彼に突き飛ばされて倒されるのが関の山だ。
ゆっくり、ゆっくりと近づいてくる、ナイフを持った貴堂君。
ど、どうすればいい? 逃げないといけないのに。このままじゃ……このままじゃ……。
混乱する頭に浮かぶ、彼に滅多刺しにされ倒れる自身の姿。
神様! お願い! 僕を助けて!
思わずその場でぎゅっと目を閉じた、その瞬間。
「お待ちなさい!」
聞き覚えのある凛とした女子の声が聞こえた。
この声は!?
はっと目を見開いた僕は、声に反応し振り返った貴堂君の後ろ姿と、その向こう、公園の入口の前の道に立つ制服姿の瑠音さんが目に留まった。
「貴堂一吾。貴方、何をしてらっしゃるの?」
瑠音さんはナイフを持っている彼を見ながらも、両腕を組み気丈さを崩さない。
「ちっ。うるせえなぁ。俺と武氏さんの邪魔をするなら、お前から殺るぞ?」
貴堂君が、こっちが怖くなるくらい怒気を孕む声で瑠音さんを威嚇するけど、それでも彼女は顔色を変えなかった。
「貴方。沙和が犯罪者になった貴方とよりを戻すなんて思う?」
「うるせえ! あいつみたいな根暗な奴さえいなければ、俺と武氏さんは恋仲になれたんだよ!」
「まったく……。自身の問題を棚に上げ、別の相手に罪を擦り付け勘違いする。これでは沙和も愛想を尽かしますわね」
「なんだと!?」
片手で髪を払い呆れ顔をする瑠音さんを見て、思わず貴堂君が前のめりになる。
こ、これって貴堂君を刺激してない?
だ、大丈夫なの!?
そこまでの危機感を覚えているにも関わらず、未だ恐怖で震えが止まらず動けない僕は、ただこの状況を見守るしかない。
「お前も死にたいか!?」
「あら。これは殺人予告ということでよろしいかしら? 殺人未遂は未成年であろうと罪に問われますけれど」
「うっせえ! 黙れ!」
あっ!!
瞬間。貴堂君が勢いよく瑠音さんに向かって駆け出す。
「瑠音さん! 逃げて!」
思わず僕がそう叫んだけど、彼女はその場から動こうとしない。
こ、このままじゃ瑠音さんが!
彼女が僕のせいで死んじゃう。
そう思った瞬間、僕は咄嗟に駆け出していた。だけど、離れた距離がそうそう縮まりなんてしない。
くそっ! 瑠音さん!
「瑠音さん!」
逃げて!
そんな強い意志を込め、僕は必死に貴堂君を追いながら叫ぶ。
けど、その思いが届くことなく、瑠音さんは未だその場に立ったまま動かない。
そして、彼がそのまま公園を出た瞬間。
「ぐはっ!!」
えっ!?
突然公園入口側の茂みから飛び出した面条さんが、貴堂君をいともあっさりと地面に押し倒し、腕を後ろでねじ上げ取り押さえた。
「は、離せ! い、いででで!」
「お嬢様。お怪我は?」
「見ての通りよ。貴方達、後は任せたわよ」
「承知しました」
気づけば更に二人ほど執事っぽい人が姿を見せると、どこかに電話を掛け始めたり、風祭さんが取り押さえている貴堂君の手足をロープで縛り始めたりしはじめる。
そんな彼らを横目に、瑠音さんがゆっくりと公園に入ってきて、呆然とする僕の前に立った。
「優汰。無事かしら?」
大丈夫、なのかな。
ふっと自分の足元を見ると、まだ少し震えてて大丈夫そうな気はしない。
でも……良かったぁ……。
貴堂君に襲われる恐怖から解放された僕は、その場に崩れ落ちるように膝を突いた。
「ゆ、優汰!?」
彼女が慌てて僕の前にしゃがみ、両肩を掴んで支えてくれる。
さっきまでとは違う、はっきり不安を感じる表情。そして、彼女の腕がわずかに震えているのを感じた時、僕は胸が痛んだ。
きっと、瑠音さんだって怖かったんだ。
面条さん達が一緒だからといって、襲われるのが怖くないはずなんてない。
僕だって、あれだけ怖かったんだから。
……悔しいな。
自分の問題に巻き込んで、彼女に怖い思いをさせちゃったくせに、僕は結局彼女を助けようとすることができなかった。
結局、自分は友達として、迷惑しかかけてない。自分が怖い思いをしたことより、それがすごく悔しかった。
僕は、少し震えている瑠音さんを引き寄せると、そのままぎゅっと抱きしめた。
「ゆ、優汰!?」
「瑠音さん。ごめんね」
驚く彼女に、僕は絞り出すような声を出す。
「僕のせいで、怖い思いをさせちゃって、ごめん」
未だ少し震えている彼女の体。きっとまだ怖いんだよね……。
僕なんかが瑠音さんを安堵させられるかなんてわからない。
それでも、少しでも安心してもらえるように抱きしめ続けていると。
「……優汰様。私、幸せです……」
そんな、うっとりしたような声を──え? なんで?




