第11話:射し込む光
一晩寝たにも関わらず、まるで今日の曇り空のように、あまり頭はすっきりしていない。
こういう時、自分の心の弱さを痛感するんだよね……。
制服に着替えた僕は、家の窓から外を眺めながら少し憂鬱な気持ちになっていた。
理由は単純。まだ昨日思い出したことを引きずっているから。
だけど、こんな顔をしてたら、みんなを心配させちゃうだけ。もう少しシャキッとしないと。
顔をぴしゃりと叩いた僕は、ソファーに座ると今日の弁当当番である瑠音さんが来るのを待っていた。
ちなみに昨日はイズコにメッセージも残さずささっと寝ちゃったんだけど、チャットルームにはみんなが不安がるようなメッセージは残っていなかった。
ファンタジー・フォレストで遊んでた時も、基本はお互いがログインした時にいたら挨拶をするって感じで、毎日時間を合わせて会っていたわけじゃない。
今は環境も変わったけど、それでも友達という距離感は変わってないんだし、なんなら昨日はログインする約束もしていなかった。
だから、こういう距離感も別に正しいと思ってる。
……うん。そう思う。
みんながTOP4だって知ってから、彼女達とに距離感が一気に縮まったけど。
そのせいで色々僕がやらかしたら、きっとこれまでの友達関係は一気にゼロになる。
ありがとうって言われても、それがゼロになるなら最初からゼロの方がいい。
でも、僕とみんなの関係はもうゼロじゃない。
だったらせめて、もう少し適度な距離感でいたほうがいいんじゃないかな……。
ピンポーン
ネガティヴな思考になりかけた頭を、チャイムの音が止めてくれる。
……そうだった。瑠音さんが来るんだったよね。
僕は慌てて立ち上がると、インターホンに駆け寄った。
「はい」
『ごきげんよう』
カメラに映っているのは、普段通りの澄まし顔を見せる瑠音さん。
その手にはお弁当箱らしき物を持っている。
『開けてくださる?』
「うん。ちょっとまってて」
僕は急いで玄関に向かい玄関のドアを開けると、相変わらず気品を感じる彼女が立っていた。
長くてカールの掛かったピンクの髪は艶もあって綺麗だし、整った顔立ちから着崩さずにしっかりと着こなされた制服姿、背筋を伸ばし立っているその姿勢一つまで、たまに学校で見る可憐な瑠音さんそのまま。
それはすごく様になっているし綺麗だけど、同時に庶民な僕との立場の違いを改めて感じる。
「おはよう。朝早くにごめんね」
「気になさらないで。それより、これを受け取りなさい」
斜に構えた瑠音さんが僕に片手で手渡そうとしたのはお弁当としては少し大きめの銀色の箱。
……なんだろう? お弁当箱っていうより、スタイリッシュな感じのシルバーの保温ボックスっぽいけど。
「ほら。さっさとなさい」
「あ。ご、ごめん……」
折角お弁当を用意してくれたのに、こんなことで気分を悪くさせたら悪いじゃないか。
慌ててお弁当箱を受け取ると、瑠音さんは相変わらず斜に構えたまま腕を組み、真顔でじっとこっちを見てる。
やっぱり。待たせたせいで気分を悪くさせちゃったかな……。
えっと、どうしよう。とりあえずちゃんと謝って──。
「優汰。今晩時間はあるかしら?」
「え?」
時間? あ。そうか。お弁当箱を返さないとだもんね。
「あ、うん。大丈夫。放課後も予定ないし」
「そう。じゃ、ちゃんと開けておきなさい。場所は指示するから」
「うん。……え? 場所?」
気持ちが落ち込んでいたところでの不意打ちに、僕は思わずそんな疑問の言葉を返す。
だって、お弁当箱はここで返すものだと思ってたし。
瑠音さんは僕の言葉に眉一つ動かさずじっとこっちを見た後、彼女らしい仕草で肩に掛かったピンクの長髪を片手で払う。
「ええ。用事がないのなら、夜は私に付き合ってもらうわ」
「付き合ってもらうって、何処に?」
「あら? そういうものはその時になって知るほうが楽しいでしょう? 今確認するなんて無粋なことは止めなさい」
「あ、う、うん」
ここまでずっと笑顔すらないのは、逆に僕を不安にさせる。
そんな中、彼女はふっと顔を背け視線を逸らす。
「あ、あと、今日の料理の一部は見習いのシェフに作らせているわ。出来栄えや味が悪かったとしても、そこは寛大な気持ちで許しなさい」
見習いシェフに?
……ああ。確かにお弁当って料理の勉強になるだろうし、丁度いい機会だったのかな。
「わかったよ。もしそのシェフの人がお弁当を作るのが嫌じゃないなら、この先も作らせてあげてくれる?」
「え?」
僕の笑顔を見て、瑠音さんが今日初めて表情を変える。
多分、戸惑いが勝ったんだと思う。
「味の保証すらできないのよ? 素直に断ってもよろしくてよ」
「構わないよ。誰にだって初めてってあるし、お弁当の話は僕が助けられてる側だから。僕が練習台になってその人の腕があがっていくんだったら、麗杜さん家にとっても願ったり叶ったりじゃないかな?」
「た。確かに、それはそうかもしれないけれど……」
どこか信じられないといった顔をする彼女に、僕は本心だって伝えたくて笑顔を
向ける。
「じゃあ、お願いできる? 僕のささやかな感謝とお返しとして」
「……そ、そう。優汰がよいというなら、別に構わないわ」
まだ戸惑いはあるみたいだけど、瑠音さんは少し顔を赤らめながら、そう言って受け入れてくれた。
あれ? でも、顔を赤くするような話ってあったのかな?
うーん……あ。もしかして、お嬢様だからこそ今回見習いシェフに任せるっていうのは避けたかったとか?
確かに家に傷がつくみたいな話もあるかもしれないもんね。
とはいえ、そんなの別に気にしなくていいのに。友達なんだから。
「こほん。じゃあ、夜の待ち合わせ場所は後でイズコに残しておくわね」
「わかった」
「では、ごきげんよう」
「うん。またね」
彼女は挨拶もそこそこに、そのまま一人玄関を後にした。
最後は表情を少し出してくれたけど、ちょっとは機嫌を直してもらえたかな?
僕はドアを閉めながら、最後の反応を見てちょっとだけほっとする。
でも、夜の話は一体何なんだろう?
付き合うってことは、どこかに出かけるのかな?
……まあ、考えてもどうせわからないんだし、そこはその時になってから考えよう。
廊下を戻りながらそんな事を考えていた時、僕はふとさっきまで感じていた重い気持ちが和らいでいることに気づく。
こういう時、本当に一人じゃなくってよかったと思う。
そういう意味じゃ、今回のお弁当の話も含め、こういうひとりじゃない時間をくれたみんなには感謝かな。
僕が改めて窓から外を天気を確認すると、曇り空から差し込む神秘的な光芒が幾つか見える。
……そうだよね。
感謝することも勿論大事。だけど、それ以上に心配をかけないようにしないと。
射し込む光にTOP4の優しさと輝きを重ねた僕は、改めてそんな決意を固めると、鞄を手にし家を後にしたんだ。




