幕間:千麻の疑問
「まったく。忍お兄ちゃんってば……」
受付に戻って来た一年生の岩良彩瀬さん。
彼女は未だ怒りが収まらない顔をしたまま、私の隣の椅子に勢いよく腰を下ろしました。
「わざわざありがとう」
「気にしないでください。幼馴染が変なことをすると、恥をかくのは私なだけなんで」
小声でそう感謝を伝えると、彼女は遠間に見える只野先輩に白い目を向けると、大きなため息を漏らします。
岩良さんも大変ですね。恋い焦がれる相手があんな風では……。
彼女と只野先輩は、同じ団地に住むお隣同士。
彼は小さい頃、よく岩良さんを守ってくれた二つ上の幼馴染。
そんな先輩を岩良さんは一途に想い続けているのですが、私が高校に入ってから、勝手に親衛隊を名乗るほどにはまり込んでいるんだとか。
私が恋敵になってしまっているのは、同じ図書委員として申し訳ない気持ちではあります。
一応、彼女にはちゃんと私が先輩に恋心を抱いていないのはお伝えしていますから、一応岩良さんも安心なされてはいるようですが。
勿論、優汰君との関係は秘密にしておりますが。
「あーあー。私も長月先輩みたいだったらなぁ」
「ご安心ください。岩良さんも十分魅力的ですよ」
「だったらいいんですけど」
素直な感想を口にすると、彼女は私を横目に見ると少し恥ずかしそうに笑う。
「そういえば、長月先輩ってお付き合いした人はいないんですか?」
「はい。特におりませんね」
「えーっ!? 流石に先輩くらい人気があれば、彼氏なんて選び放題じゃないですかー」
声を抑えながらも、目を丸くし口に手を当て驚きを隠さない岩良さん。
ですが、人気があることと恋は別物。
「私だって岩良さんと変わりませんよ。自ら恋をした相手とお付き合いしたい。そんな気持ちでおりますし」
「そうなんですねー。ちなみに、この中に好みの男子っていたりします?」
岩良さんが興味津々といった顔でそう尋ねてきましたが……。
「そうですね……」
私はお相手を探す振りをしながら、合間に優汰君の姿をちらりとだけ確認します。
さっきまでの件なんてなかったかのように、熱心に勉強している彼。
私がそちらを見たのもあって、周囲の男子は少しだけ騒がしくなりましたが、それに乱されることなく集中しています。
残念ながら、私の席は廊下側の中間くらい。授業中に優汰君を見ようとすれば意図して視線を向けなければなりませんから、安易に見つめることもできません。
ただ、きっと彼は今のように授業を受けていらっしゃるに違いませんよね。
真剣なお姿もやは良いですね。
早く二人きりになって、もっとしっかりと優汰君を見つめていたいのですが。
「良い人、誰かいました?」
「……いえ。残念ながら」
「そっかー。先輩が忍お兄ちゃん以外の人を好きになってくれたら、お兄ちゃんも諦めてくれそうなのになぁ」
露骨に残念そうな顔をする岩良さん。
ふふっ。彼女もやはり、恋する乙女ですね。
「でも、先輩って昔っからこうやって人気だったんですよね?」
「いえ。そんな事はありませんよ」
「え? またまたー。先輩だったら小さい頃からモテモテだと思いますよ」
TOP4と呼ばれる程の注目を集めている以上、彼女がこんな疑問を持つのももっともでしょうか。
ですが、現実はそこまで甘くはありませんでしたね。
「そんなことはございませんよ。幼稚園の頃は小太りでいつもおどおどしていたのもあって、よく男子に馬鹿にされていましたし」
「えっ!? 全然想像できないんですけどー」
「でしょうね。ですが、これも事実ですから」
意外だったんでしょう。
唖然とする彼女に、私は真実だと伝えるべく微笑みます。
「じゃあ、ここまで人気になるまで、色々努力したんですか?」
岩良さん真剣な顔でそう尋ねてきます。
彼女が言わんとしている事はなんとなくわかります。
私も変われるのか。そんな思いで問いかけているに違いありません。
ただ、私の言葉は答えになるのでしょうか。
「確かに努力はしましたが、あなたが思っている理由とは少し違いますね」
「え? どういうことですか?」
冗談に聞こえないよう表情を引き締めた私は、言葉を選びながら話を続けます。
「確かに、私は変わろうと思いました。ただ、それは別に人気者になりたいからではなかったですし、何せまだ園児だった頃。せめて酷いことを言われないようになりたい。そういった浅い考えから始まったんです」
「じゃあ、人気は勝手に付いてきたって感じですか?」
「そうですね。あの頃からみんなと一緒でしたが、あの頃から今に至るまで、私は彼女達の力を借りて変わることを意識してきただけ。結果、偶然にもTOP4などと呼ばれるようになりましたが、別にこの状況を望んではおりませんでしたし」
私の話を聞いていた岩良さんは、神妙な顔をすると、こんな事を口にしました。
「あー。なんとなく先輩が人気な理由、わかる気がします」
「どういうことでしょうか?」
「単純ですよ。先輩ってこれだけ人気なのに、それを鼻にかけないくらい無欲ですもん。だからこそ人気が出ちゃうんですね」
無欲、ですか。
確かに、人気という点では欲などありませんし、一理あると思います。
ただ、優汰君への欲を考えると、その言葉が当てはまるのかは甚だ疑問ではありますが……。
「……よしっ。私、ちょっと返却された本を戻してきます」
何かを吹っ切れたのか。
笑顔に戻った岩良さんはそう言い残すと、私の返事を待つことなく、返却された本をブックカートに載せ替えると、そのまま受付を後にしました。
私の拙い言葉が何かお役に立てば良いのですが……。
彼女の後ろ姿を見ながら、私はそんな事を思います。
でも、今考えても私は運が良かったと思います。
幼稚園の時には、既に幼馴染の沙和が一緒だったのもありますが。あの時に瑠音や喜世と出会わなければ、私は変わることなんてできなかったのですから。
……そういえば。優汰君は、昔からあのような感じだったのでしょうか。
ふと、私は遠くに見える彼に目を向けながら、そんな疑問を覚えました。
恋しているという色眼鏡はあるかもしれませんが。
どこか臆病な印象があるにしても、アユとして出会った頃から多くの気遣いや優しさを見せてくれた彼の性格であれば、接していた方々だって間違いなく好感を持ち、友達となりたいと思う方はいらっしゃるはず。
そして、友達ができれば自然となにかしかの話題は必要。
現代においてSNSは最たる情報源ですし、それを避けることなんて難しいのですが、優汰君はSNSなんてほとんどしていないと仰った。
そこまで情報に触れてこなかったのには、何か理由があるようにしか感じません。
思い返してみれば、他にも気になる点は色々とあります。
前髪で隠した顔。ですが、友達がいたら顔が気になる方はいらっしゃるでしょうし、実際にその顔を見ればきっと、誰もが格好良いと仰ってくれるはずです。
人の自己顕示欲は、周囲からの評価で決まる場合がほとんど。
謙遜していたとしても、褒められ続ければ、どこかで自分が格好良いと思うことがあったはずなのに、優汰君からはそういったものを感じません。
ただただ自分の卑下し、自信なく過ごしている。
そこまで臆病な彼がこれまでもずっと変わっていないのだとしたら……。
──「……ううん。やっぱりみんなはTOP4だよ」
ふと、以前優汰君がどこか切なげな笑顔でそう口にした言葉。
人気投票で私達に票を入れず、恋愛対象としても見られていなかった私達が、彼のTOP4である理由……。
顎に手を当て少し考え込んでいると。
「す、すいません。本を、借りたいんですが」
どこか緊張した男子の声が聞こえました。
顔を上げると、顔を赤くした男子生徒が、緊張した面持ちで本を持って立っています。
完全に図書委員としての仕事を忘れ、考え込みすぎるなんて。私もまだまだですね。
「すいません。では、利用者カードと本をお預かりしますね」
「は、はい」
私は普段通りに微笑みながら、図書委員の仕事に戻りましたが……先程の疑問が頭を離れることはありませんでした。




