第7話:波乱の図書室
無事お弁当を完食した僕は、そのまま五、六時限目の授業も普段通りにこなし、特に波乱などもなく放課後を迎えた。
今週は掃除当番。クラスメイトと一緒に教室の掃除を終わらせた後、先に帰ったみんなを見送ると、誰も残っていないクラスで一人、机に乗せたリュックに荷物を詰める。
……これでよしっと。
あとは、千麻さんとの約束通りに行動すればいいかな。
でも、みんなとの関係を知られちゃいけない中で、こんな行動をして大丈夫なのかな?
未だにそんな不安を持ちながらも、僕は千麻さんとの約束を果たすべく、彼女のいる図書室へと足を運ぶことにした。
◆ ◇ ◆
放課後の図書室といえば、テスト時期なんかだとそこそこ賑わうものの、普段はそこまで人がいる感じはしない。
だけどそれは、あくまで普段だったらの話。
僕が教室を出て図書室に向かうと、中では既に多くの男子生徒が読書に勤しんでいた。
……ううん。勤しんでいる振りをしてる、が正しいのかも。
ほとんどの男子は読書や自習をしているはずなのに、ちらちらと受付に目を向けている。
そこにいるのは、勿論千麻さんだ。
図書室のドアを開け部屋に入った直後。側にある受付のカウンター越しに僕と千麻さん。そして、もう一人の女子生徒の目が合った。
朝と同じように僕が控えめに頭を下げると、彼女達も背筋を伸ばしたまま、無言のまま軽く会釈してくれる。
そのままカウンターの横を通り過ぎると、本棚を左右に見ながらその奥にある閲覧コーナーに足を運んでみたんだけど……うわぁ。思った以上に男子生徒でごったがいしてるなぁ。
空き席すらない図書室の閲覧コーナーなんて初めてだ。
どうしよう。どこかで時間を潰して出直そうかな……あ。丁度あそこが空いた。
たまたま出来た空き席を見て、僕は早足にそこに向かうと席を確保し、椅子に腰を下ろした。
ふう。よかった。そう思いながら、僕は図書館の入口の方を見る。
障害物になるような物もなく、丁度図書室のカウンターを視界に収められる絶妙な位置。
千麻さん目当ての人からしたら、ここは人気のスポットと言えなくもない。
ほんとは僕が座るべきじゃないかもしれないけど、空いたのはここだけだし。仕方ないよね。
千麻さんは今、僕と入れ替わり席を立った男子の本の貸出手続き中。
落ち着いた感じで対応する彼女に対し、男子生徒はどこか夢心地にその姿を見つめてる。
彼は多分、千麻さんのファンなんだと思う。隣にいる女子生徒にはまったく目を向けてないし。
千麻さんって、教室では女子生徒と一緒の時がほとんど。
それだけに、男子はどうしても距離を置く必要があったけど、ここだったらわずかとはいえ、ああやって千麻さんと話せるくらいの距離に近づける。
僕はほとんど図書室に来たこともなかったし、なんなら千麻さんが図書委員の日の混みようを聞いていたから、今まで用事があった時もその日は避けてきた。
だからこそ、今ならあの噂──千麻さんのいる日は受付に行列ができるっていう逸話も嘘じゃないんだって思える。
ちらりと壁に掛かった時計を見ると、時間は午後四時。
確か、図書室が終わるのは夜六時。そこから片付けなんかをして六時半過ぎにはあがれるって聞いてたけど……本当にそれだけで大丈夫かな?
まあいいや。どちらにしても時間はあるんだし、この機会に中間テストに向けて勉強しておこう。
僕は鞄から数学の教科書とノートを出すと、これまでのおさらいを始めようとしたんだけど、それは奇妙な小声によって遮られた。
「ほほう。お主、新入りにござるな」
え? 新入り?
何故か忍者口調の男子の声。釣られて顔を上げると、そこには手入れのあまりされていないややボサっとした黒髪に何故か鉢巻をした、分厚い丸眼鏡を掛けている男子生徒が、にこにことしながら隣の席に座りこっちを見ていた。
「え、えっと。どなたですか?」
今まで会ったこともない相手に突然話しかけられるなんて、どういうことだろう?
思わず小声でそう尋ねると、彼はクイッと眼鏡を上げ、ふんっと鼻息を荒くした。
「よくぞ聞いてくれたでござる。拙者こそ、長月千麻親衛隊隊長、三年C組、只野忍にござる」
「え? 親衛隊、隊長?」
「うむ。左様でござる」
名前や口調なんかより、親衛隊の隊長って肩書のほうが気になったけど、瑠音さんの執事の面条さんみたいな人って事かな?
でも、今まで千麻さんからこんな人の話なんて聞いたことないんだけど。
「え、えっと、その。只野先輩が、僕に何の用ですか?」
「無論、同志と語らうためでござるよ」
「ど、同志?」
どういうこと?
思わず僕は首を傾げちゃったけど、只野先輩は独特の笑顔を崩さない。
「そう。この席に座り、長月殿に見惚れている。それだけですぐに同志と理解したでござるよ」
「え? あ、いや。僕は別に、見惚れては──」
「待て待て。皆まで言わずとも、その心内、伝わっているでござるよ」
只野先輩は勝手にそう決めつけると、ぽんぽんと僕の肩を叩く。
この感じ、ちょっと面倒くさい相手な気がする。だけど、話しかけられてる以上、無視なんてしづらいし。どうしようかな……。
僕が内心困っていると、助け舟? を出すかのように、先輩が話を続ける。
「お主。名は?」
「え? あ、二年の有内優汰です」
「ん? 有内?」
僕が名前を名乗った瞬間、只野先輩の眉間にしわが寄る。
あれ? 何だろ?
「え、えっと、何かありましたか?」
「もしやお主か? 昨年の文化祭で、TOP4に票を入れなかった唯一の男というのは」
……あー。その話か。
何故先輩がそれを知ってるかはわからないけど、たしかに事実は事実。
これは千麻さんファンの先輩の機嫌が悪くなるかも?
まあ、それならそれで仕方ないけど。
「あ、はい。多分僕です」
「おおー。そうかそうか!」
そう言った瞬間、只野先輩は再び笑顔に戻る──って、なんで?
「ついに有内殿も長月殿の良さに気づき、憧れを持ったのでござるな?」
「え? あー。えっと、その……」
そういうわけじゃない。っていうか、今日は千麻さんと帰るためにここに来ただけ。
勿論、ナガツ時代からの事もあって、良い所は気づけてるつもりだけど、そんな話は流石に先輩に出来ない。
それに、別に千麻さんのファンってわけでもないんだよね。特別な友達ではあるけど。
ど、どうする?
こ、ここは穏便に話を進めたほうがいいのかな?
でも嘘を吐くのもなんだし、真実も話せない。だとしたら、ここは……。
「今日は、中間テストに向けて自習に来ただけで──」
「そこまで恥ずかしがらずともよいでござるよ。拙者にはわかるでござる。有内殿から溢れ出す千麻殿に向けられた愛の波動が」
あ、愛の波動?
なんか妙にスピリチュアルな話をされたような気がするけど、これはただ都合が良い方向に解釈されてるだけな気がする。
うーん……こんなんじゃ勉強にならないんだけど……。
「只野先輩!」
僕が困った顔をしていると、突然背後から女子の声がした。
ビクッとした先輩が恐る恐る振り返るのに合わせ、僕もそっちに顔を向けると、そこに立っていたのはさっき受付で千麻さんと一緒だった女子生徒だ。
両手を腰に当てた彼女は、セミロングの茶髪が逆立つんじゃってくらいのむくれっ面のまま、じーっと只野先輩を見つめている。
これ……間違いなく怒ってるよね。
「な、なんでござるか? 彩瀬」
無言の圧を掛けてくる彼女に耐えられなくなった只野先輩が問いかけると、ずずいっとより顔を近づけた彩瀬さん。
思わず両手を上げ、後ずさるかのように身じろぐ先輩を見て、彼女がすっと身を引くと両腕を組み呆れ顔をする。
「千麻先輩からの伝言です」
「で、伝言でござるか?」
伝言の二文字を聞いた瞬間、只野先輩が何故か期待に満ち溢れた目をしたけど、それが彩瀬さんの逆鱗に触れたのか。口を尖らせ強い口調でこう続けた。
「はい。『図書室内で無関係な方を巻き込み騒がしくするなら、早急にご退室願います』だそうです」
それを聞いた瞬間。ガーンッと言わんばかりに驚愕する只野先輩。
正直なところ、今の状況でこう言われないほうがおかしいと思うけど。
「む、無関係ではござらん。この者は拙者と同じ、長月殿の──」
「大声を出さない!」
うわっ!
突然彩瀬さんが大声を出したせいで、一気に図書室を沈黙が包んだ。
気づけば周囲の生徒達だけじゃなく、千麻さんまでもがこっちに釘付けになっている。
怒鳴られた只野先輩は、びっくりしたまま固まってる。
まあ、図書室でここまでの声で怒鳴られるなんて、きっと思ってなかったんだと思う。
「とにかく、只野先輩はみんなに迷惑をかけないこと! 本気で長月さんに怒られて、図書室を出禁になっても知らないんだから! 以上!」
吐き捨てるようにそう口にした彩瀬さんは、先輩の返事を待つこともなく、むくれたまま僕達の側を後にした。
「おっかねー」
「ほんとほんと。長月さんとは雲泥の差だぜ」
ひそひそと周囲からそんな話し声がするけど、千麻さんも怒る時は怒るんだけどなぁ。
とはいえ、僕も一昨日の件がなかったら、きっと同じ印象を持ったままだったと思うけど。
なにはともあれ、これで少し勉強に集中できるかな。
僕がちらりと只野先輩を見ると、彼は露骨に肩を落としながら。
「出禁は困るでござるが、長月殿に罵られるのもまた捨てがたいやもしれん……」
なんて、反省する気のない独り言を呟いていたんだ。




