第5話:TOP4の登校
バスの最後尾の窓際の席に座り、僕はぼんやりと車窓を眺めていた。
朝日に照らされている町並み。木々の葉が初夏を感じさせる青々とした色に変わろうとしている。
普段なら、そんな景色の中にあるちょっとした四季を見つけて嬉しくなったりするんだけど、今日の僕はそこまでの気持ちにならなかった。
理由は多分、ちょっと気を張っているから。
理由の一つは今朝の話。
お弁当箱の返却について聞いた結果、彼女はこうお願いしてきたんだ。
──「ほ、放課後、時間を合わせて一緒に帰りませんか? 」
聞いた瞬間、え? って思った。
人気者の千麻さんと一緒に帰るなんて難しいって思ってたから。
ただ、彼女にも一応策があるみたいだったから、一旦OKは出したんだけど……本当にうまくいくのかな? というのが僕の感想。
とはいえ、千麻さんは頭も良いし、こういう話にも慣れてるかもしれないもんね。結果うまくいかなければ、それはそれで考えればいいし。
まだまだ時間は先。それなのにもう緊張してる自分に苦笑いすると、バスが学校近くに着くのを静かに待つことにした。
◆ ◇ ◆
江戸川区立西葛橋高等学校。
そこは僕やTOP4のみんなが通う、全校生徒約千人はいるマンモス高だ。
勿論それは、通学時にもはっきりよ感じ取れる。
バスが終点の高校前に着く頃には、バスの中は生徒達でごったがい。そんな生徒の波が、終点で一気に捌けていく。
流れに合わせ歩いた僕は、最後にバスを降りるとリュックを背負い直し、バス停からもう少し先にある校門へと歩き始めた。
学校の校門は真っすぐ行った正面。そこまでの通学路もまた、既に生徒達が沢山いる。
楽しげに話しながら歩く生徒が多いけど、僕はここ一年以上こうやって一人で登校してきた。
今までだったらそれも気にならなかったんだけど、TOP4が友達と知って一緒に話をしたりしたせいか。誰にも話しかけられないっていうこの状況が少しだけ寂しくもある。
賑やかな生徒達の波に続き、僕は独り無言で歩いていく。
校門の先に見える高校の壁時計は、八時十五分を差している。ホームルームには全然間に合うし問題ないかな──。
「おい! TOP4が来たぞ!」
もうすぐ校門前のT字路というところで、誰かがそう叫ぶ声がした直後、一気に周囲からどよめきが起こり、みんなの足が止まって視線が一斉にそっちの方に向く。
釣られて僕も歩みを止めそっちを見ると、校庭脇から校門前に繋がる道の方から、TOP4のみんなが並んで歩いてくるのが見えた。
遠いから何を話してるかわからないけど、外側に立つ沙和さんと喜世さんが笑顔で話をして、それを千麻さんとは微笑みながら、瑠音さんは澄ましながら聞いている。
周囲には彼女達の取り巻きがいるけど、各々少し距離を開け見守ってる。
確かTOP4が四人でいる時には声を掛けないようにって彼女達がお願いしたからだって、クラスメイトの誰かが話してたのを耳にした。
「やっぱ武氏さんって可愛いよなー」
「確かに悪くねえけど、麗杜さんのほうがいいだろ?」
「君達はわかってないね。彼女にするなら長月さん。これがベストの選択だよ」
「男子はわかってないなー。あの面倒見の良さと格好良さ。男女問わず人気の荒井さんこそ最高だよ。ね?」
「ねー?」
男女問わず、TOP4についての会話で盛り上がる周囲の生徒達。
これだけの生徒の注目を集めるのも凄いけど、そんな中でも自然体でいられる四人ってやっぱり凄いよね。
もしかして、小さい頃からこれだけ人気があったのかな?
じゃないと、ここまで平然としてられなさそうだけど。
でも、こうやってずっと見てるのも悪いよね。そろそろ行こうかな……。
そう思ったのと、前を向いた沙和さんと目が合ったのは同時だった。
驚いた顔をした彼女が三人に声を掛けると、彼女達がみんな前を向き目が合うと。
沙和さんが笑顔でこっちに手を小さく振り。
荒井さんは「よっ」と言わんばかりに軽く手を上げ。
瑠音さんが肩に掛かった髪を払うと小さく微笑み。
千麻さんもにこりとしながら頭を下げた。
え? 僕が戸惑った瞬間。
「きゃぁぁぁぁっ!」
「おおおおおっ!」
周囲から凄い歓声があがった。
「な? な? 今俺に手を振ったよな?」
「馬鹿言うなって! 俺に決まってんだろ?」
僕の背後から聞こえる男子の声。
だけど、僕にはあれが誰に向けられたのか何となくわかる。
だって、未だにTOP4の視線が僕と重なっているんだから。
え、えっと、流石に挨拶しないのはまずいよね……。
僕は周囲に気取られないようおずおずと小さく頭を下げると、彼女達から目を逸らす。
そして、未だTOP4で盛り上がる生徒達をよそに、一人そそくさと校門に入り、前庭から昇降口に続く道を歩き出したんだ。
◆ ◇ ◆
先に二年C組の教室に入った僕は、二年になり運良く引き当てた窓際一番後ろの席に鞄から教科書やノートを机に入れる。
そのまま椅子に座って頬杖を突くと、ぼんやりと窓の外に見える空を眺めた。
実のところ、平静を装ってるつもりだけど、内心は少しドキドキしてる。
その理由は、僕がTOP4と知り合いだと気づかれなかったかっていう不安だった。
既にクラスに入っている生徒達はさっきの校門前の出来事をまだ知らない。
だけど、後から入ってきた生徒はきっと、TOP4が来たのを見てた可能性もある。
……なんで、みんなはわざわざこっちに挨拶したんだろう。
友達だからという義務感? それとも、僕が過剰に反応しちゃってるだけで、周囲へのファンサービスか何かだったのかな?
どちらにしても、さっきので変に勘ぐられないといいけど……。
そんな事を思っていると。
「ちっちー! じゃーねー!」
という、元気な沙和さんの声が耳に届いた。
思わずそっちに顔を向けると、笑顔で手を振り合う千麻さんと、離れていく沙和さん達が目に留まる。
そして、そのまま千麻さんが教室に入ってきた。
「長月さん。おはよう!」
「おはようございます」
「長月さんは、昨日のドラマを見ましたか?」
「いえ。何か面白いドラマがやっていたのですか?」
「そうなんですよー! もうほっんとに素敵な恋愛ドラマがあってー」
一気に女子生徒に囲まれた千麻さんは、これまで学校で見せてきたのと同じ穏やかな微笑みを見せながら、自席に着くとみんなと談笑を始める。
後からぞろぞろと入ってくるクラスメイトも、きっと校門前でTOP4を見ていたんだと思う。
ただ、みんな席に着いてそれぞれ友達と談笑したり、男子なんかは千麻さんを惚けながら見たりしてて、僕の所に足を運ぶような物好きな生徒はいない。
……ふぅ。良かった。
僕は一人安堵すると、ホームルームが始まるまでの間、また外の景色に目を向けぼんやりと過ごすことにしたんだ。




