第8話:これで平等?
「えっと、その……僕と、手を繋いでみない?」
「え?」
声が上ずりそうになるのを抑え、できる限り真剣な顔でそう伝えると、千麻さんが少し驚いた顔をした。
突然こう言われたら、誰だって困惑だってすると思う。だからちゃんと理由を説明しないと。
「その、腕を組むのはさっき沙和さんや瑠音さんにしてるけど、手を繋ぐってしたことがなくて。だから、どうかなって」
「で、ですが。優汰君は、恥ずかしくないのですか?」
その質問はもっともだし、僕の答えも変わらない。
「その、恥ずかしいは恥ずかしいよ」
「であれば、無理なさらずとも──」
「でも」
ちょっと言葉が強くなりそうになり、僕はそこで一旦言葉を切る。
四人の視線を受けて、少し心臓がバクバク言い始めたけど、僕はそれでも言葉を紡ぐのをやめなかった。
「僕は、沙和さんや瑠音さんや喜世さん。そして、千麻さんとも、特別な友達でいたいって、思ってるから」
本音を口にしたせいで、喉が詰まり、唇が乾く。
本当に言ってもよかったのか。そんな思いだってある。
でも、頑張ってそう言い切った。
これが、僕の本心だから。
しばらく部屋を包む沈黙。四人は誰一人動きを見せない。
……も、もしかして、場を白けさせちゃった?
僕だけ一人、空回りしちゃってた?
急に襲ってきた不安に、これまでの話をなかったことにしたくなった瞬間。
「……もーっ! 優くんってば格好よすぎー!」
突然大声を出したのは、目をキラキラさせた沙和さんだった。
それを聞いて、喜世さんや瑠音さんも、彼女達らしい笑顔を見せる。
「ほんと。やっぱ優汰を友達に選んで良かったぜ」
「そうね。千麻。ここまで言われても断るようでは、優汰に失礼よ。わかるわね?」
「そーそー! もしちっちーが断るならー、あーしが代わりにしてもいいけどねー」
「そ、それは!」
沙和さんの一言に思わず声を上げそうになった千麻さんは、すぐに状況を飲み込み恥ずかしそうに俯いてしまう。
沙和さん達は、そんな彼女を見てしてやったりと言わんばかりの笑みを浮かべる。
「じゃーあー、ちゃーんとお願いしよ?」
「これで俺達みんな平等になるだろ?」
「そうね。これで恨みっこなしよ。優汰に感謝なさい」
三人をバツが悪そうに見ていた千麻さんが、小さなため息を漏らすと、上目遣いに僕を見つめてくる。
「あ、あの。優汰君」
「な、何?」
「本当に、よろしいのですか?」
「う、うん。大丈夫だよ。千麻さんが、初めてが僕でもいいよって、思ってるなら」
「……嬉しい……」
感極まったのか。千麻さんが目を潤ませそう囁く。
これはつまり、OKってことなんだよね……。
自分からこう言っておいてなんだけど、僕はこの瞬間、かなり緊張していた。
だって、手を繋ぐなら簡単かなって思ったけど。いざその立場になった時、どんな風に手を繋げばいいのか、さっぱりわからないって気づいたんだから。
ど、どうすればいいのかな? ま、まずはどっちにしても、彼女の側まで行かないと。
気持ちが少しフワついて、歩き方がぎこちない。それでも、僕はゆっくりと千麻さんの前に立つ。
こっちをじっと見つめていた彼女が、ゴクリとつばを飲み込むと、ゆっくりと両手を前に出す。
「あ、あの。お、お手柔らかに……」
「う、うん」
千麻さんの言った台詞、こういう時に言われるやつだったかな?
よくわかんないけど、気にするのは止めよう。
僕は一度胸に手を当て二、三度深呼吸をすると、震える両手をゆっくりと伸ばし、彼女の両手を握った。
最初に感じたこと。
それは、千麻さんの手の柔らかさ。
次に、握った手にゆっくりと広がっていく、彼女の手のぬくもり。
眼鏡の下、潤んだ瞳で見つめてくる千麻さん。
さっきの瑠音さんと同じく、顔は真っ赤。ただ、それでもじっと僕から目を離そうとしない。
と。彼女がぎゅっと握った手を引っ張った。
「え?」
釣られるように一歩前に出た僕と千麻さんの距離が縮まると、彼女は胸の前で腕を組むかのように、僕の手を握り直す。
より近づいた千麻さんから、ほのかに漂う甘い香り。
それがより彼女との距離の近さを感じさせる。
え、えっと……このままでいいのかな? っていうか、手汗とか大丈夫かな?
変な不安に苛まれていると。
「優汰君。その……本当に、ありがとうございます」
穏やかな声でそう口にした千麻さんが、小さく微笑んだ。
……うわぁ。やっぱり彼女も彼女ですごく可愛い。瑠音さんとはまた違う、お淑やかさが全面に出たその雰囲気は、人気が出る理由を改めて感じさせる。
「その……今日のあなたから受けた優しさ、絶対に忘れませんから」
「そ、そんな大それたものじゃないよ」
「いいえ。私にとってはとても大事な、初めての想い出ですから」
そ、そっか。初めてだもんね。って、それはさっき聞いたじゃないか。
これ以上話すと変なことを言って笑われそうだ。
結局いい言葉が思いつかなくって、僕は笑顔を向けるのが精一杯。
ただ、それで満足してくれたのか。小さくはにかんだ彼女が、僕の手をゆっくりと離してくれた。
……ほっ。
瑠音さん相手も緊張したけど、同じくらい千麻さん相手も緊張した。
でも、これで二人の希望は果たせたもんね。少しは友達らしくできたかな。
「おっけー! これで全員スタートラインに立ったしー、そろそろ遊びながら勝負しよっか?」
と。いつの間にか僕の隣に立っていた沙和さんが、笑顔でそんな提案をしてきた。
っていうか。
「え? 勝負?」
言葉の意味がわからず首を傾げた僕を見て、にししっと笑った彼女は、
「そ。るとっちと準備するから、みんなはここで待っててねー。るとっち。行こっ」
「ええ。優汰達は洗い物でも済ませておきなさい」
沙和さんがウィンクをしたのを合図に、二人は理由も話さずそのまま荷物を置いた部屋の方に、並んで歩き去っていく。
「……勝負とは、何なのでしょうか?」
「さぁ?」
あれ? 二人とも知らないんだ?
残された僕、千麻さん、喜世さんの三人は、首を傾げながら沙和さん達の後ろ姿を見送るしかできなかった。
◆ ◇ ◆
「設置おっけー!」
あれから少しして。
昼食の片付けを終えた僕達は、昼前と同じ並びでリビングのソファや床に座ると、テレビに映る画面を見つめていた。
そこに映っているのはゲームの画面。
軽快な音楽ののち、登場したタイトル画面に映ったタイトルは──。
「今日の勝負はー、金太郎電鉄でーす!」
タイトルコールのないゲームの代わりに、元気な声をあげソファに座ったのは沙和さんだった。
記憶が確かなら、このゲームはCMでやってたのを見た気がする。
「へー。わざわざこれを用意したのかよ」
「ええ。沙和からの提案でしたけれど」
「しかもニャンテンドーチューイッチ2版なんですね」
「五人プレイに対応してるのってー、唯一このバージョンだけだしねー。でもー、ちゃーんと人気ゲーム機を手に入れるあたり、やっぱ財閥のお嬢様って違うよねー」
「あら。これでも公平に抽選で頑張りましたのよ。あまり変なことを言わないでくださいまし」
へー。ローテーブルに置いてあるこれが、噂のゲーム機なんだ。
ニャンテンドーチューイッチ2は、最近出たばかりのゲーム機だ。
発売前から完全予約制の抽選販売だってクラスで話題になってたのは覚えてる。
実際、テレビなんかで見たことはあったけど、実物を売ってる所なんて見た事はなかったし、こうやって本体を見たのも初めて。
ただ、金太郎電鉄についてはほとんど何も知らない。
CMを見た限り、スゴロクっぽいゲームっぽかったけど……あ。それで勝負しようってことなのかな?
「僕このゲーム全然遊んだことないけど、大丈夫かな?」
「大丈夫って。時間制限があるゲームじゃねーし」
「そうですね。ルールも意外にシンプルですし、優汰君ならすぐ覚えられると思いますよ」
「そっか」
アクションゲームは基本苦手だし、時間制限がないなら安心して遊べそうだ。
僕が胸を撫で下ろしていると、沙和さんが声高らかにこう宣言した。
「もち、ゲームはこれだけどー、ただ遊んだんじゃ面白くないしー、ゲームを追加しまーす!」
「え? どういうことですの?」
顔を見合わせた喜世さんや千麻さんだけじゃなく、ゲーム機を提供したはずの瑠音さんまで戸惑ってる。
ということは、沙和さんが独自のルールでも考えたってこと?
何が追加されるのか。僕達四人が固唾を呑んで見守っていると。
「にししっ。追加するゲームは、これでーっす!」
そう言って、にんまりしながらポケットから何かを取り出したんだ。




