第7話:断りの理由
話が一段落した後。僕と瑠音さんは、さっき喜世さん達が見本を見せてくれた場所まで移動した。
既に壁に背をもたれている瑠音さん。他の三人も席を立つと僕達の横、リビング側に場所を移動し、こっちの様子を窺っている。
いざ実演するってなると、僕も一気に緊張してくる。
さっきまで普段通りだった瑠音さんも、緊張した面持ちでこっちを見てるし、同じ気持ちなのかな?
でも、流石にこのまま何もしないで待たせるのも悪いよね。
えっと、喜世さんは片手でドンッってしてたよね。
でも、あれだとこっちがふらついて、瑠音さんに倒れ掛かっちゃったりしそうな気もする。それでなくたって、力加減とかバランスも全然わからないし……そうだ。
「えっと。壁ドンって、両手でしてもいいの?」
僕は沙和さん達にそう聞いてみた。
両手で自分を支えれば、瑠音さんに覆いかぶさっちゃうこともないと思うし。
「問題はないと思いますよ」
「うんうん。男子が焦ってヒロインにしちゃう壁ドンってー、そういうのもあるしねー」
「ま、別にどっちでも大丈夫だろ。な? 瑠音」
「え、ええ。そ、そこは優汰にお任せしますわ」
喜世さんの問いかけに答える瑠音さんの言葉は、普段の圧を感じないか弱さがある。
でも、TOP4の一人ですら初めてのことなのに……本当に僕でいいのかな?
なんて。そんなことを考えても仕方ないよね。してほしいって言ったのは、瑠音さんの方なんだから。
「わかった。じゃ、じゃあ、いくね」
「え、ええ」
急にしおらしくなった瑠音さんが、壁に持たれたまま上目遣いに僕を見つめてくる。
こうやって改まられると、一気に緊張が襲ってくる。
と、とりあえず深呼吸して。ちゃんと真剣さを出して……い、いくぞ。せーのっ。
ドンッ
僕は腕を痛めないよう気をつけながら、瑠音さんの顔を間に収めるように両腕を壁に突くと、じっと彼女を見つめた。
腕を伸ばしてはいるけど、互いの顔の距離は自然に近くなる。
目を丸くし、胸の前で腕を組んで固まっている瑠音さん……やっぱり、彼女は綺麗だよね。
整った顔立ちに潤んだ瞳。唇もぷるんとしてるし、カールの掛かった長いピンクの髪は艶もあるし、彼女の気品を引き立ててる。
さっきの車の中もそうだったけど、そんな相手がこんな側にいる。改めてそれを再認識しちゃって、手汗を掻いちゃいそうだ。
そ、そういえば、どれくらいこの体勢でいればいいんだろう?
確認もせず始めちゃったけど、どこかでOKが出るのかな?
どうすればいいか確認しようと、沙和さん達を見ようとした瞬間。
「優汰、様……」
──え?
ぽそりと呟かれた僕の名前……って、また様付けになってない?
改めて瑠音さんを見ると、顔を真っ赤にしたまま目を潤ませ、うっとりとした表情をしてる。
な、なんでこんな顔をしてるの?
困惑していた僕は、次の瞬間思わず固まった。
その理由は、彼女がゆっくりと目を閉じると少し顎を上げ、少しだけ唇を突き出したから。
あ、あれ? これって、あの時と同じじゃ……。
頭に思い浮かんだのは、シャインズ・ゲート初日のキスのこと。
え? え? これ、現実だよね?
特別な友達ではあるけど、恋人というわけじゃない。
それなのに、キスをするの!?
いくら友達関係に疎い僕だって、キスの大事さくらいは知ってる。
この間のはゲームだしって割り切れた。だからって、今現実にキスを求められるものなの!?
こ、これって友達として、応えるべきなの!?
瑠音さんは嫌じゃないの!?
一気に頭に血が昇り、胸がバクバクとなって、目の前がクラクラしてくる。
ぼ、僕は一体どうすれば──。
「はいはーい! そこまでーっ!」
と。突然僕の困惑する思考に割り込んだのは、僕達の間に割って入った不機嫌そうな沙和さんだった。
「るとっちー。冗談にしたってー、それはやりすぎっしょ」
「ほんとだぜ。本気で優汰が困ってただろうが」
「瑠音。少しは考えて行動してください」
よ、よかったぁ……。
壁ドンから解放され、瑠音さんとの距離が離れた僕は、ほっと胸をなでおろすと四人を見る。
どこか怒っているようにも見える沙和さん達三人。対する瑠音さんは現実に帰ってきたのか。はっとするといつものように両腕を組みと、みんなから顔を背けた。
「べ、別に。優汰が本当にこういうことに不慣れなのか、確認したかっただけですわ」
そ、そっか。それであんな演技をしたんだ……。
でも、やっぱりTOP4くらい交友関係があったら、あんな演技もできるんだね。
初めての名前呼びの時、みんなの恥ずかしがる姿って演技なのかな? って思ったけど、あれもきっとそうだったんだと思う。
危うく本気にしかけたけど、いつも思ってたじゃないか。僕相手にこんな風になるわけないって。信じ込まないように気をつけないと。
「優汰。からかったわけじゃないのだけど。ごめんなさいね」
「ううん。ちょっと驚いたけど、大丈夫だよ」
少し申し訳無さそうな顔をした瑠音さんに笑顔を返すと、彼女はほっとした顔をしてくれた。
「さーて。次はちっちーの番だよっ。優くんに何してもらうのかなー?」
沙和さんが意味深な笑顔を後ろにいた千麻さんに向ける。
……って、あれ? 千麻さん、なんであんな顔をしてるんだろう?
彼女が何故か、どこか憂いのある顔をしたまま俯いてる。
「どうしたんだよ?」
その表情が気になったんだろう。喜世さんが怪訝そうな顔で問いかけると、千麻さんはゆっくりと顔を上げ、僕を見ながらこう言った。
「あ、あの。……私は、結構です」
「……えーっ!?」
千麻さんの一言に、沙和さんが驚きの声を上げる。
「お、おい。どうしたんだよ? あそこまで言っておいて、お前はしないのかよ!?」
「そうですわ。元を正せば貴女が発端だというのに」
喜世さんと瑠音さんも戸惑いを見せる中、千麻さんゆっくりと話し出す。
「た、確かに私が発端ではあるのですが。その……先程の優汰君の困りようを見ているうちに、申し訳なくなりまして……」
「申し訳なくって……本気か? こんなチャンス、早々ねーぞ?」
「そうそう。この後、どんどん優くんの初めてってなくなっちゃうんだよ?」
喜世さんと沙和さんが思いとどまらせるように、そんな事を口にしてる。
た、確かに何かあるごとに、僕にとっての初めてがなくなるのは確か。とはいえ、千麻さんを始め、みんなにとってそこまで貴重な物なのかな?
正直、僕からすれば、さっきみたいな恥ずかしいことをしなくていいなら、この話は渡りに船。ただ……二人の言葉に小さく頷いた千麻さんは、どこか寂しそうに見えた。
こんな表情をするってことは、やっぱり彼女が車の中で言っていた、僕と親密になりたいから触れ合いたいっていう話は本音なのかも。
TOP4で唯一、特別な友達とスキンシップの経験がないと言ってた千麻さん。
……もしかして。
それでも僕と触れ合いたいってことは、もしかしたら特別な友達としてより親しくなってくれようとする思いの裏返しじゃないのかな?
だから、今になってこんな僕の姿を見て気遣ってくれたんじゃ。
でも……それはなんか悪い気がする。
僕なんかが言うのもおこがましいけど。相手がTOP4だとしても、僕は少しでも友達として対等でいたい。
だから、みんなが少しでも親しくなりたいのであれば、僕も頑張るべきだ。
きっとそれが、友達を大事にすることだと思うから。
……よし。
「あ、あの。千麻さん」
「は、はい」
名前を呼ばれた彼女が、おずおずとこちらを見つめてくる。
こういう話を振る緊張感に、思わずゴクリとつばを飲み込んだけれど、それでも僕は少しでも行動で示すべく、口を開いたんだ。




