第5話:それとこれとは別
あの会話が終わった直後。
無事マンションに着いた僕達は、面条さんにも協力してもらって買った荷物を整理した後、五人でダイニングにあるテーブルを囲み昼食を取っていた。
メニューは勿論、僕が用意したサンドイッチとミネストローネ。
「このミネストローネ、本当に美味しいですね」
「ほんとだぜ。塩気と野菜の旨味のバランスが絶妙だし、味も濃すぎねえしよ」
「こちらのサンドイッチも中々の出来ね」
「ほーんと。こんなのが家で出てきたら、毎日喜んで食べちゃうっしょ」
笑顔で手作りの料理を堪能している彼女達。
お世辞でも褒められたらちょっと嬉しいし、作った甲斐もあったとは思ってるけど。正直今はかなり緊張してて、自分の作った料理の味もわからないまま食べている。
こうなっている理由は、さっき話題に上がった瑠音さんと千麻さんに僕の初めてを経験させるって話のせい。
一体どんなお願いをされるのか、正直気が気でないんだよね。
流石にキスみたいな、恋人じゃないとしなさそうな事はお願いされないと思うけど。腕を組んだり膝枕したりってだけでも、あれだけ緊張したんだ。こんな風になったって仕方ないよね……。
「ごっちそーさまーっ! はーっ。めっちゃ美味しかったー!」
「マジ美味かったな。優汰。わざわざありがとな」
「う、ううん。今度来てもらった時は、また何か作るね」
「ええ。楽しみにしているわ」
「ですが、無理はなさらないでくださいね」
「大丈夫だよ。料理するの好きだし」
味のしない食事を終えた僕は、同じく食べ終わったみんなにそう返事をする。
ちなみに、料理が好きなのは本当。一人暮らしだから実用性もあるし、元々親の手伝いもよくしてたのもあって、料理をすること自体結構好きだったんだよね。
「さって。お腹も心も満たされたことだしー。|るとっちもちっちーも、そろそろ何してもらうか決めた?」
……きた。
あっけらかんとそう口にした沙和さんの言葉を聞いて、僕は釣られて表情を固くする。
「瑠音も千麻も、あんまり優汰を困らせるようなお願いはするなよ」
「は、はい」
「そんなもの。喜世に言われずともわかっておりますわ」
喜世さんにそう言われた瑠音さんと千麻さんは、ごくりとつばを飲みこみ緊張した顔をする。
この感じ……きっと二人は何をしてほしいか決めたってことだよね。
正直、車の中みたいにみんなとの距離がすごく近いとか、触れ合っている感触があるものってかなり恥ずかしいんだけど。
とはいえ、特別な友達である以上、ちゃんと期待には応えないと、だよね……。
でも、初めてとはいえ、やっぱりこういうのって緊張──。
「……あ」
そうか。
「ん? どうしたんだ?」
「あ。えっと、ふと思っちゃったことがあって」
「思ったこと、ですか?」
「う、うん。ほんとつまらない話なんだけど」
喜世さんや千麻さんにそう答えると、急に沙和さんが目をキラキラさせる。
「うわーっ。めっちゃ気になるー!」
「あ、でも。今は瑠音さん達のお願いの話を──」
「そんなもの、後でもできますわ。優汰。話してごらんなさい」
思いついただけの話で割り込むのはって思ったけど、瑠音さん本人に譲られちゃったら流石に断れないよね。
「えっと、笑わないで聞いてもらいたいんだけど……」
「いいぜ」
「はい」
「構いませんわよ」
「でー? 何を思ったの?」
興味津々な四人にちょっと気後れしつつも、僕はゆっくりと理由を口にする。
「えっと、その……考えてみたら、みんなと一緒にいるってだけで、僕にとっては初めてだらけなんだなって」
「初めてだらけ?」
「う、うん」
綺麗に被ったみんなの声にちょっと驚きつつも、僕は小さく頷く。
「みんなは友達も多いし、色々経験してるから普通だと思うんだけど、僕にとってはほとんどのことが初めてなんだよね。女子の友達なんていなかったし、一人暮らしの家に友達を呼んだこともない。ゲーム内じゃそうじゃないけど、現実でこうやって友達と一緒にご飯を食べたことだってなければ、落ち着いて話したこともないなぁって……」
みんなが神妙な顔で話を聞いてくれてるけど、それに対して何も言わない。
もしかすると続きが気になってるのかもしれないけど。
「えっと、ほんと。それだけなんだ。ごめん」
突然はっとした理由は本当にそれだけ。
さっぱり空気の読めない、くだらない話をしちゃったかな?
そんな気持ちが強くなりすぎて、僕が苦笑いをしてごまかしていると。
「……ふーん」
沙和さんが納得したのか。目を細めにんまりした。
「つまりー。あーし達はもう優くんの初めてを、たーくさん奪っちゃったってことだよねー」
「そ、そうなるのかな?」
「おいおい。そうなるのかなって。お前が言ったことってそういう事だろ?」
「あ、そ、そっか。ごめん」
初めてを奪ったなんて言い方をされて混乱しちゃったけど、みんなからすれば確かにそういう事になるのかも。
「謝る必要はございませんわ。私達の特別な友達という関係に、より箔がついたようなもの」
「箔って。そんな凄い話じゃないと思うけど」
「いいえ。私達にとっても、優汰君の初めてを共に過ごしているということは、それだけ貴重なことですから」
瑠音さんや千麻さんは流石に大袈裟だと思うけど……。
なんとなくくすぐったい気持ちになっていると。
「ですが。それとこれとは話は別ですわ!」
突然、瑠音さんがバンッとテーブルに両手を突き、勢いよく立ち上がった。
び、びっくりしたぁ……。
目を丸くした僕をじっと見る瑠音さんの表情には、妙な必死さを感じる。
「優汰。私は、絶対に貴方と触れ合う機会を頂きますわよ」
も、もしかして、初めてを理由にスキンシップを断られると思ったのかな?
「ご、誤解させたならごめん。それは、大丈夫だから」
本音を言えば大丈夫じゃない。
だけど、誤解は誤解。彼女に期待だけさせておいて、やっぱり止めてほしいなんて言う気もない。
だったら、僕ももう少し堂々としないと。
「じゃーあー、るとっちからいこっか? そこまで言い切ったんだしさー」
「え? え、ええ。わ、私は構いませんわよ」
「ちっちー。おっけー?」
「はい」
相変わらずにこにこと場を仕切る沙和さんに、瑠音さんは急に緊張した顔に戻った。
千麻さんはというと、さっきまでと違ってどこか落ち着いたように見えるけど、順番が後でほっとしたのかな?
「で? 瑠音は何をしてもらう気だよ?」
喜世さんが瑠音さんの顔をじっと見ながらそう促すと、瑠音さんは少し目を泳がせると、ちらりと僕を見てこう口にした。
「優汰。私に壁ドンを経験させなさい」
か、壁ドン?
僕がそれを聞いてきょとんとする中。
「うっわー! るとっちマニアックー!」
興奮気味に反応したのは沙和さんだった。
「ほ、本気かよ!?」
「ええ。女友達が私達だけだというなら、流石にこんな経験はしていないでしょう? 違うかしら?」
瑠音さんが立ったまま腕を組み、顔を赤く染めながらこっちを見下ろすと、釣られるように沙和さん達の視線も僕に集まる。
経験してるかしてないかでいったら多分してないと思うけど、正直なところ確証は持てない。
だからこそ、僕は確認のためこう返すしかなかったんだ。
「えっと、壁ドンって、何?」
って。




