第3話:それは友達にするものなのか
ん?
僕が後ろを振り返ると、窓の向こうからこっちを見ていたのは沙和さん達三人だった。
僕と目が合った彼女達が笑顔になると、沙和さんが車のドアを開けた。
「優くんおっはよー。よく眠れた?」
「あ、うん。ごめんね。買い出しの手伝いをできなくって」
「構いませんわ。食材は千麻が覚えていたし、荷物は面条が運ばせたもの。困ることはなかったわよ」
「はい。一応作る物以外の素材も幾らか買い込んでみましたので、そちらは家でご説明しますね」
「うん。みんな、わざわざありがとう」
僕がお礼を言うと、三人が笑顔を見せてくる。
「と、いうことでー。帰りはあーしとるとっちが優くんの隣だかんね!」
「喜世。さっさと場所を空けなさい」
「はいはい」
瑠音さんの言葉に、呆れ声を出した喜世さんがドアを開け外に出る。
そして、沙和さんの宣言した並びで車に乗り直した僕達は、再び車で移動を始めたんだ。
◆ ◇ ◆
「でー? きよっちと優くんは、起きてから何を話してたのかなー?」
車が走り始めてすぐ。
沙和さんがニヤニヤしながら喜世さんにそう問いかけると、僕の向かいに座る彼女が肩を竦めるとこう答えた。
「別に。優汰の寝顔が可愛いって話をしてただけだ。な?」
「あ、う、うん」
思わず相槌を打っちゃったけど、実際に寝顔を見たって話はあったものの、可愛いとまでは言われてない。
とはいえ、二人きりでした少し真面目な会話は、みんなにひけらかすようなものじゃないよね。
「わかるー。ほーんと、すやすや寝てたもんねー」
「確かに、とても凛々しい寝顔でしたわ」
そ、そういえば、喜世さんに見られてるってことは、みんなにも寝顔を見られてるってことなんだよね……。
相変わらずニヤニヤしてる沙和さんに、ちょっと顔を赤くしながら答える瑠音さん。
千麻さんは眼鏡を直しながら平静さを装っているけど。
「あれは、本当に素敵でした」
口にした言葉はこんな言葉。
寝顔が素敵って言うのは、半分冗談と受け取った方がいいとして。どちらかといえば寝顔が変じゃなかったかと、変な寝言を言ってなかったかのほうが気になる。
でも、それを聞くのは空気が読めてないって思われそうだし、ここは笑ってごまかしておこう。
「そういえばー、優くんってまだねむねむだったりする?」
「え? ねむねむ?」
「そ」
僕が愛想笑いしていると、沙和さんが急にこんな事を聞いてくる。
少し眠れたお陰で眠気は落ち着いたけど、どうしたんだろ?
「ううん。頭はすっきりしてるし、そこまでじゃないかな」
「そっかー。じゃーあー」
そう言った沙和さんは、笑顔のままぽっと顔を赤らめると──。
「あーしがお邪魔しまーっす!」
──えっ?
「お、おい!」
「何をしてるんですか!?」
喜世さんと千麻さんの驚きの声。でも、僕も同じくらい驚いていた。
だって、沙和さんが急に僕の左腕に右腕を絡ませて、体を押し付けるように寄り掛かってきたんだから。
ブレザー越しに感じる沙和さんの体が当たっている感覚。
向こうもシャツを着てるとはいえ、それは今までにない柔らかな感じを与えてくる
……こ、これ、胸が当たってない?
目を丸くしたまま沙和さんを見──ち、近っ!
僕の肩くらいにあった彼女の顔。目が合った瞬間、にっこりと笑みを浮かべる、赤面したままの沙和さん。
手が届くくらいの距離にある金髪のポニーテール。ギャルらしい褐色の肌と屈託のない笑顔。そして、ふわりと香るいい香り。
この間のキスほどじゃないけど、それでも十分に近い彼女に、僕は一気に顔を紅潮させる。
「さ、沙和! 貴女は今、何をしているかわかってますの!?」
瑠音さんがすごい剣幕で反対から身を乗り出さんと言わんばかりに前のめりになってくる──って、彼女の顔もかなり距離が近いんだけど!?
思わず僕は背筋を伸ばし、少しでも背もたれに自分の体を収めて瑠音さんに触れないよう努力する。
「もち。優くんに寄りかかってますけどー」
「そ、そんな事は見ればわかりますわ! なぜ急にそんなことをしたのかと聞いてますの!」
「そりゃー、優くんと仲良くなりたいしー」
え?
「な、仲良くなりたい?」
「うん!」
思わずそう問い返すと、沙和さんが笑顔のまま頷く。
あまりに迷いなく返事した彼女に、僕の頭が混乱し始めた。
「お、男友達と仲良くする時って、こんな風にするものなの?」
思わずそんな疑問が口を衝いて出たんだけど、それを聞いた沙和さんは、ちょっと恥ずかしそうな表情を見せる。
「そ、そりゃー、ただの男友達相手にここまでしないよ?」
「だ、だよね?」
「でも、優くんは特別な友達じゃん。あーしももっと仲良くなりたいしー、その……早くあーしにも慣れてもらいたいわけ。だからー、こういう機会にするスキンシップも大事なんだよねー。るとっちだってー、そう思うじゃん?」
「え? それは……」
そう言って、瑠音さんにウィンクして見せた沙和さん。
瑠音さんは少し言葉に詰まっていたけど、一旦席に座り直すと──え!?
するりと右腕に絡みつく何かの感触。
それは、彼女の腕だった。
「た、確かに。こういう機会だからこそ、優汰と触れ合っておくのも悪くないわね」
「はあっ!?」
瑠音さんが僕と目を合わせないようそっぽを向いてるけど、見える横顔はもう真っ赤っ赤。それこそ湯気が出そうなくらい。
思わず声を荒げた喜世さんは唖然としてるし、千麻さんも目を瞠りながら固まってる。
勿論、僕も思いっきり驚いてる。心臓が飛び出そうなくらい。
流石に瑠音さんはブレザーを羽織ってるけど、それでも右腕に感じる柔らかさはあるし、沙和さんと同じくらい顔が近くにあるのも恥ずかしさをより加速させた。鏡を見たわけじゃないけど、間違いなく今の僕の顔は瑠音さんと同じくらい真っ赤だ。
と、特別な友達ってここまでされるものなの!?
二人って、こういうことをしても嫌じゃないの!?
「優くんってー、こういうの、嫌?」
「わ、私がここまでしているのよ。嫌なはずありませんわよね?」
左には上目遣いに目を潤ませてくる沙和さん。
右には、横目にこっちの様子を窺ってくる瑠音さん。
二人が同時に至近距離で見せている恥じらい顔。それは間違いなく可愛い。
だけど、それは勿論今までに経験したことのない状況。
何でこうなってるのかすら考えられないくらい、頭がクラクラしてる。
これがみんなにとっての普通なら、友達として慣れないといけない。
だけど、本当にこのままでいいの!?
相手はあのTOP4だよ!?
僕が何も言えず、まるで置物のようにその場に固まっていると。
「止めてください!」
今までに聞いたことのないくらいの千麻さんの大声が車内に響いた。
はっとして彼女を見ると、不穏な空気を醸し出しながら俯いている。
どこの光が反射してるのかわからないけど、眼鏡が真っ白になってて、その下でどんな目をしているかはわからない。
ただ、無表情にも見える表情は、十分にこっちの緊張を煽ってくる。
普段とあまりに違うせいか。喜世さんも唖然としてるし、沙和さんと瑠音さんも何も言えず青ざめた顔をしている。腕は離れてないけど。
こ、この空気。どうすればいいんだろう?
一気に頭が冴えたものの、未だどう転ぶかわからないこの状況に戸惑っていると、千麻さんが指できゅっと眼鏡を直し口を開いた。
「沙和。瑠音。二人とも考えなさすぎです。喜世の膝枕は不可抗力ですから仕方ありませんでしたが。あなた達は自ら優汰君に手を出すなんて……」
この感じ、もしかして僕が困っているのを察してくれたのかな?
やっぱり千麻さんは、こういう時色々気を遣って──。
「私はここまで必死に我慢しているんですよ!?」
──あれ? 我慢?
完全に虚を突かれた僕の耳に、彼女の語る現実味のない言葉が次々と飛び込んでくる。
「折角車で隣に座る機会を得たというのに、私は優汰君に何もできなかった。それなのに、偶然触れ合う機会を得た喜世だけでなく、二人まで共謀して親密になろうとするなんて」
機会? 何もできなかった? 共謀? 親密?
「こんなに早くこのような機会がきたのは予想外でした。ですが私だけ、こんな形でお預けされるなんて……」
そこまで語り切った千麻さんが唇を噛み、心底悔しそうな顔をしてる。
え、えっと。つまり、それって……。
「千麻さんも、こんな風にしたかった、ってこと?」
僕がそう問いかけた瞬間。はっとした彼女の眼鏡の下の驚いた瞳が見え、ほぼ同時にその顔がぽんっと赤くなった。




