第2話:お人好し
ファンタジー・フォレスト初めて、一ヶ月もしない頃。
初心者の壁のひとつ。試練の塔すらまともに登れなかった僕に業を煮やし、ブレキオが色々と世話を焼いてくれたことがあった。
──『アユ。ゲームはお前が自由に遊ぶ場所。本当はとやかく言いたくはねーし、レベル上げよりやりたいことがあるならそれでいい。だけど、試練の塔を突破すれば自由に転職できるようになるし、サブ職業で生産系もできるようになる。だから、無理してでもそこまではやっとけ。遊びの幅が広がるからよ』
その時にもらったブレキオからのアドバイスは、今でもちゃんと覚えてる。
試練の塔はみんなで登る事はできるけど、ボス戦を含め戦闘は一人でやらないと駄目な場所。
でもあの頃の僕は、まだまだ戦闘のイロハもわからなかった。
アドバイスをもらったあの時にそんな不安を伝えたら、ブレキオはわざわざ僕のために時間を割いて、特訓をしてくれたんだ。
僕なんてまだ駆け出し。既にレベルをカンストしていたブレキオはきっと、他の友達と一緒に遊びたかったはず。
でも、あの頃はまだフレンドなんていなかった時期だったから、僕は試練の塔を抜けるまでの間、迷惑かなと思いながらもブレキオに頼っちゃってたと思う。
少しレベルを上げては、僕の戦闘の仕方とかを見てもらい、色々とアドバイスをもらっては、またレベル上げと戦闘の練習を繰り返す日々。
──『ほんと、お前って鈍臭いよなー』
最初はそう言われる事も多かった。
でも、そのうちに。
──『いいじゃねーか。その調子だぜ』
なんて褒められるようになったのが嬉しくて、僕は苦手だった戦闘やレベル上げを頑張れたのは間違いない。
そして、ブレキオのお陰で無事一人で試練の塔を登ってボスまで倒し、あの一番好きな景色を見ることができたんだ。
無事目的を成し遂げたその日にブレキオに感謝を伝えて以降、レベル上げは結局そんなにしなくなり、僕はマイペースな生活に戻った。
これ以上ブレキオの邪魔をしちゃいけないしと、こっちから声を掛けることはしなくなったのに、逆にブレキオから僕に声を掛けてくれるようになって、その後も交流は続くようになり。適正レベルなのにそのマップで足踏みしてる時なんかには、ブレキオに色々相談するようになったんだ。
◆ ◇ ◆
「僕は、あの頃からずっと感謝してる。きっと声を荒げさせちゃうのだって、僕が至らないせいだってわかってる。だから、怖く感じる事はあるけど嫌じゃないよ。ちゃんと理由があって怒ってくれる人は自分を大事にしてくれる人だって、お父さんやお母さんも言ってたし」
僕が必死に拙い言葉を口にすると、少し驚いていた喜世さんがふっと笑う。
そのまま彼女は頭の後ろに両腕を組み、席に浅く腰掛け足を組むと、横目に僕を見た。
「お前さ。今日徹夜してるだろ?」
「え? なんで知ってるの?」
驚いた僕を見て、無言のまま目を細める喜世さん。
してやったりと言わんばかりの顔……って、もしかして僕、鎌をかけられた!?
思わず両手で口を抑えたけど、今更そんなのは意味を為さない。
また、怒られるかな……。
一気に気まずさを感じて僕が俯いていると。
「……やっぱ、緊張したか?」
これまでに聞いたことのない、喜世さんの優しい声が聞こえた。
顔を上げると、彼女は凄く優しそうな微笑みを見せている。
今更本音を隠してもバレバレ。だったら、ちゃんと話そうかな。
その表情を見てちょっと安心した僕は、小さく頷く。
「うん。緊張して、寝られなかった」
「そっか。……悪い」
喜世さんは座ったまま背筋を正すと、両手を膝に乗せ深々と頭を下げてきた。
「俺達はお前に特別視されたくなかった。だから安易にTOP4だなんて思うなって言ったけど、お前からしたらそんな甘いもんじゃないよな。瑠音も言ってたけど、そんな中で押しかけられたらお前だって緊張だってするし、寝られなくもなるだろ」
「そ、そうかもしれないけど。喜世さんが謝る必要なんてないよ。だから、顔を上げて」
頭を下げさせてるのが申し訳なくって、僕が慌ててそんな言葉をかけると、彼女はゆっくりと頭を上げこっちを見た。
「これまでも……ううん。多分この先だって、僕はみんなといる中で、まだまだ緊張はしちゃうと思う。だけどそれは、友達慣れしてない僕のせいなんだ。もしみんながTOP4じゃなかったとしても、きっと同じくらい緊張してると思う。だから、喜世さん達が気にすることなんてないよ」
うまく伝わるか不安だったけど、僕は僕なりに必死に言葉を紡ぐ。
それを真剣な顔で聞いていた喜世さんが、また小さく微笑んだ。
「お前って、ほんとお人好しだよな」
「そ、そんなこと。僕なんかと友達でいてくれるみんなのほうが、よっぽどお人好しだと思うよ」
「僕なんか、なんて言うな。俺達はアユだった優汰だからこそ、友達でいたいって思ったんだ。すぐにとは言わねえけど、少しは自信を持てって。な?」
ぽんっと僕の肩を叩き、にかっと笑う喜世さんに、ファンタジー・フォレストの頃のブレキオが重なる。
あの頃はチャットだけだったけど、やっぱり喜世さんは色々と世話を焼いてくれた、あの頃の優しいブレキオから変わってない。
「うん。ありがとう。喜世さん」
「つっ……」
自然と笑顔になった僕を見た瞬間、喜世さんがばっと顔を背け口に手を当てた。
え? え? 何があったの!?
「やっぱ、やっべえ……」
やばい?
小声で口惜しげにそう口にした彼女の横顔は、間違いなく真っ赤。
そういえば初めて名前で呼んだ日も、今みたいな反応してた気がする。
でも、名前ならさっきも呼んだよね。そのせいで恥ずかしがったわけじゃない気もするけど。
じゃあ、何がヤバかったんだろう?
もしかして、僕に原因があるのかな?
「大丈夫?」
「だ、大丈夫だって。ちっと思い出しちまった事があっただけだ」
「思い出したって、僕の事で?」
「ま、まあ……」
心配になってそう問いかけると、喜世さんは未だ口元を隠したまま、煮え切らない返事をする。
はっきり言えないって事は、やっぱり何か僕に不満でも──。
「ゆ、優汰! いいか? マジで悪いことじゃねえから! 変な心配するんじゃねえからな!」
まるで僕の心の内を読んだかのように、喜世さんが慌ててそう釘を刺してくる。
でも、なんか彼女らしからぬ動揺を見せてるし、未だ顔が真っ赤。
「喜世さんって、やっぱり名前で呼ばれるの、恥ずかしかったりする?」
「なっ!?」
はっとしてこっちを見た彼女が、目を丸くしたまま言葉を失い固まる。
あれ? 気分悪くしちゃったかな? これは謝ったほうが──。
「そ、そりゃ、恥ずかしいっちゃ、恥ずかしいぜ。その……お前の寝顔も、見ちまったし……」
喜世さんは目を逸らし、ふっと恥じらいを見せると、彼女らしからぬ小声でそう口にする。
寝顔……あ、そ、そうだった。
僕はさっきまで膝枕されてたのを思い出し、思わず顔を真っ赤にした。
「で、でもよ。その……名前で呼んでもらいたいって気持ちは変わんねーよ。さっきは不意を突かれたけど、もう大丈夫だからよ」
両手を胸に当て、身を小さくした喜世さんが、ちらちらと様子を窺うように僕を見てくる。
な、なんか、普段と雰囲気が違うな……。
いつも以上に女の子っぽい仕草の彼女と、車の中で二人っきり。そんな状況が僕を少し緊張させた。
互いに沈黙したまま、意味もなく時間が過ぎる。
ど、どうしよう……と、とにかく何か話をした方がいいのかな?
でも、ちょっと気持ちがふわふわしてて、何も思い浮かばない。
「あ、あのよ」
と。そんな僕の思考の隙間に、喜世さんの声がぽつりと届いた。
ふと見ると、彼女は俯き上目遣いでこっちを真剣に見つめている。
「優汰は、その……もし、誰かに告白とかされたら、どうする気だ?」
「え? 告白されたら?」
「ああ」
あまりに突拍子もない話を振られ、僕は答えに困る。
多分、喜世さんの雰囲気から察するに、真剣に聞いてきたんだと思う。
僕にはそういう機会が訪れるイメージがまったくわかない。でも、質問されたんだから、ちゃんと答えないとだよね。
告白なんてされた事もないし、この先もなさそうだけど。もしそんな奇跡みたいな事を言われたら……。
「……多分、友達から始めようって言うかな?」
「理由は?」
「えっと、今のみんなとの関係と同じ。お互いより深く接する中で困らせちゃったり、一緒にいて嫌だって思わせる事もあるかもしれないでしょ? だから、僕はちゃんとお互いを知って、納得してから付き合う方がいいかなって」
「ふーん……。ま、お前らしいな」
喜世さんが僕の答えを聞くと、やっぱりと言わんばかりに普段通りの笑顔を見せると、またさっきみたいに両手を頭の後ろに回し背もたれに体を預けた。
「ほーんと。お前の恋人になる奴は、絶対幸せになるだろうなぁ。羨ましいぜ」
「え?」
僕の恋人になる人が、幸せ?
「そ、そんな事ないと思うよ。ウジウジしてる僕のせいで、イライラさせちゃいそうだし」
「ま、すぐペコペコはするのは玉に瑕。だけど、お前ならちゃーんと真剣に相手の事を考えてやれるだろ? 女ってのは、そういう所に居心地の良さを感じるんだよ」
そ、そういうものなのかな?
恋人どころか友達すらまともにいなかったのもあって、ただただ自分に不安しかないんだけど……。
褒められてるはずなのに素直にそれを受け入れられなくって、困り顔で頬を掻いていると。
「俺も、ちゃーんとお前に認められるような女にならねーとなー」
なんて言いながら、喜世さんがにこりと笑う。
え? 僕に認められる?
「それって──」
思わず問いかけそうになったその瞬間、後から窓をコンコンと叩く音がした。




