第9話:みんなはやっぱり
あの後、キッチンの収納からクッキーの詰め合わせの缶を取り出した僕は、喜世さんと一緒にリビングに向かった。
テレビの前にあるローテーブルの側に並んで置いてあるL字型のソファ。
そこに座っていた三人は、僕達が来たのを見て立ち上がる。
「まさか、お茶菓子まで用意されていたのですか?」
「ち、違うよ。たまたま両親が送ってきてくれたのがあっただけ。だから、安心して」
「そう。それならいいのだけど」
理由を聞いて、みんながちょっとホッとした顔をする。
僕も事実を伝えただけなのに、内心かなり緊張してたから少し安心した。
さっきの喜世さんみたいに怒られないか、やっぱり不安だったし。
「みんなはソファに座っててくれる?」
「えーっ!?」
僕がソファのないローテーブルの脇にしゃがみクッキーの箱を開けていると、三人の真ん中に立っていた沙和さんが驚きの声を上げた。
「ここ優くん家じゃん! 優くんがソファに座ってよー」
「そうですよ。私が床に座りますから」
沙和さんの左隣。三人掛けの先端側にいた千麻さんが席を譲ろうと動こうとしたけど、僕はそれを手を伸ばして制する。
「大丈夫だよ。僕の家だからこそ、お客さんであるみんなにくつろいでほしいし」
なんて言ってみたけど、生意気だなんて思われないかな?
そう思いながら見守っていると、立ったまま顔を見合わせた四人は、それぞれに違う表情を見せた。
「ま、俺は構わねーぜ。優汰の好きにさせてーし」
「ほんと。相変わらずなんだから。ま、私も構いませんけれど」
どこかあっけらかんと言う喜世さんがL字の短い部分に立つと、その隣にいた瑠音さんも渋々受け入れる。
「すいません。押しかけたのは私達なのに、お気遣いいただいてしまい……」
千麻さんは申し訳なさそうに頭を下げ、そして沙和さんは……。
「ざんねーん。じゃーあー、優くんのお言葉に甘えちゃいまーす」
本気で残念そうな顔をしながら、そのままぽすんとソファに腰を下ろし、両腕を頭の後ろに回す……って、あれ?
「え、えっと。残念って──」
「な、なんでもなーい。ほらー。みんなも座ろ?」
「そ、そうね」
「あ、ああ」
「そ、そうしましょう」
沙和さんに続いてみんなもソファに座りだしたけど、表情はどこか気まずそう。
沙和さんの残念って言葉が原因っぽいのは明らかだけど、何が残念だったんだろう?
ちょっと気になるけど、しつこく聞くのは悪いかな。
僕はその件にはそれ以上触れず、クッキーの缶をテーブルに置くと蓋を開けた。
クッキーの中身を見て、興味を示した沙和さんが一気に前のめりにそれを見る。
「お! なんかお高そー。食べていい?」
「うん。どうぞ」
「やった! いっただっきまーす!」
迷いなく中にあったチョコクッキーを手に取りぱくっと口に入れた沙和さん。
と、直後。彼女の瞳がキラキラと輝いたかと思うと、一気に表情が至福と言わんばかりに蕩けた。
「なにこれー!? ちょー美味しー! これー、るとっちの家で出てきてもおかしくないってー!」
「どれどれ。……あー。確かにこれは美味いな」
「本当ですね」
沙和さんに釣られ、喜世さんや千麻さんもそれぞれクッキーを食べると、満足そうな顔を見せる。
「あら。テリエ・パティスリーのクッキーじゃない。私もよく食すわよ」
「そうなんだ。でも、みんなの口に合ってよかった」
納得しながらクッキーを食した瑠音さんが、そのまま気品を感じる動きでカップを手にし、紅茶を口にする。
そんな凄いクッキーだったんだ。送ってくれた両親に感謝しないと。
ただ……。
「瑠音さん。ごめんね」
「え? どうしたのよ。急に」
「その、ちゃんとした紅茶じゃなくって、パックの紅茶なんて出しちゃって……」
僕は、自分が気にしていた事を正直に口にした。
クッキーはたまたま良い物だったけど、不釣り合いなくらいに安い紅茶は、絶対彼女の口に合わないと思うし。
申し訳ない気持ちになってうつむき加減になった僕の耳に、瑠音さんの大きなため息が聞こえた。
「優汰。顔をお上げなさい」
凛とした声に釣られ顔を上げると、ソファに座り腕を組んでいた彼女は、肩に掛かった綺麗なピンクの髪をさっと後ろに払い呆れ笑いを見せた。
「確かに私も家では高級な紅茶を飲んでいますわ。だけれど、みんなといる時にはペットボトルの飲み物や、こういったパックで煮出した紅茶も口にしていますのよ」
「そーそー! るとっちは普段から『おっす! お茶』とかがぶ飲みしてるもんねー」
「が、がぶ飲みはしませんわ! 変なことを吹聴しないでちょうだい!」
にししっと笑いながら話す沙和さんに、顔を真っ赤にして反論する瑠音さん。
「優汰。沙和の言ったことなど忘れなさい。よろしくて?」
「うん。わかったよ」
慌てふためく瑠音さんを見るなんて、学校じゃほぼなかった。
珍しいものを見たせいで、ちょっと笑っちゃいそうになるのをごまかすため、僕は床に座ったまま紅茶を口にした。
……ふぅ。
ほっと一息吐いた僕は、改めて四人を見る。
不貞腐れながら紅茶を飲む瑠音さんを、他の三人も笑顔で見守りながら、各々にクッキーや紅茶を楽しんでいる。
そんな彼女達を見ているうちに、僕はまた緊張感を覚え始めた。
バタバタすると忘れちゃうんだけど、こうやって落ち着いちゃうと、やっぱり彼女達のオーラが他の女子とは違うってはっきり感じる。
TOP4の中に自分がいるその場違い感は、やっぱりプレッシャー。
だからって、あまりネガティブになってたら迷惑をかけちゃうし、少しは友達としてピシッとしておかないと……。
正座をしたまま背筋を伸ばし、緊張した面持ちでみんな見ていると、同時に四人がこっちを見た。
「優汰君。改まってどうしたのですか?」
不思議そうに首を傾げた千麻さん。
他の三人もじっと様子を窺ってくる。
べ、別に、何かを話そうと思ったわけじゃないんだけど。
ど、どうしよう!? 何か気が利いた話は……。
「あ、え、えっと。その……こういう時って、やっぱり初めまして、かな?」
咄嗟に口から出た僕の言葉を聞いて、四人は顔を見合わせたんだけど。
「ふふっ」
最初に小さく笑ったのは瑠音さんだった。
「それは流石に可笑しいわ。私達はもう、一年以上一緒に遊んでいるのよ?」
「だけどよー。千麻は別にしても、俺達はこうやって面と向かって話をするのは初めてだろ? 優汰の言うことも、あながち間違ってねー気がするけど」
「そーだねー。でもさー、ちっちーはいいよねー。優くんと同じクラスだしー、話もするっしょ?」
「す、するにはしますよ? で、ですが、こうやってお会いして、改まって話をするのはその……今日が初めてですし……。ですよね? 優汰君」
肩に掛かった黒髪を落ち着かなさそうにいじりながら、千麻さんが恥じらいを見せる。
「う、うん。今までだって、日直や掃除当番で軽く話した程度だし。僕がTOP4の千麻さんと雑談する日がくるなんて、考えもしなかったよ」
もじもじしている彼女、ちょっと可愛いな……なんて思っちゃいけないよね。
友達なんだから……。
「なあ優汰」
気恥ずかしさをごまかすように俯いていると、喜世さんが声を掛けてきた。
「あ、えっと。何?」
「そのよ。お前が俺達をTOP4って言うの、なんかおかしくねーか?」
「え? どうして?」
思わずきょとんとした僕に、彼女が言葉を続ける。
「いや。お前って去年の文化祭で、俺達に票を入れなかったわけだろ?」
「う、うん」
「それってつまり、お前にとって俺達は他の女子と変わらねーってことだろ?」
あ、そうか。言われてみたら、そうなのかもしれない。
「貴方も同じ高校の一生徒。だからこそ、そう呼びたくなるのもわかるけれど。もう貴方は私達と友達なのだし、そんな呼び方をしなくてもいいわよ?」
「そうそう! あーし達も優くんはもうマブみたいなもんだしー」
「マ、マブ……って、何?」
「親しい友達のようなものですね」
「そういうこと! だからー、みんなみたいにあーし達を人気者だー、なんて特別扱いしなくてもいいかんね!」
にひひっと屈託のない笑みで笑う沙和さん。
釣られてみんなも微笑んでくれるけど……。
「……ううん。やっぱりみんなはTOP4だよ」
「え? なんで?」
僕は静かにそう口にすると、沙和さんが首を傾げる。
……本当は言いたかった。
みんなは僕の唯一の友達。
だから、僕にとってみんなはTOP4なんだって。
でも、そんな事言えなかった。
こんなの僕だけの問題だし、友達だってだけでこんな話をされたら、みんなも気分が良くないんじゃないかって思ったから。
「で、でも、友達なのにそういうのはなんか余所余所しいもんね。これから気をつけるよ」
僕は答えを濁すように、そう言いながら笑顔でごまかしたんだ。




