第2話:新たな世界
ファンタジー・フォレストがサ終してから二日が過ぎた、五月二日の夜。
いつも通りに夕食や風呂を済ませて、普段同様パジャマ姿のままパソコンデスクの前に座った僕は、新しいゲームを立ち上げると、ヘッドホンを掛けコントローラーを手にした。
荘厳な音楽と共に、夜空の下、崖上に立つキャラの影。
そんな中、画面奥からゆっくりと昇る朝日が照らし出したのは、森や遠くに見える城下町。空には竜らしき物も飛んでいる。そして表示される『シャインズ・ゲート』のタイトルロゴ。
つい最近リリースされたばかりだけあって、タイトル画面だけでもでファンタジー・フォレスト以上に繊細で綺麗に見える世界は、ただただ圧巻の一言。
勿論これを初めて見た時にはわくわくしたけれど、今の僕を支配しているのは、それ以上の緊張だった。
ただゲームを起動しただけなのに。
人生でここまで緊張するのは何時以来だろう。
僕は大きく息を吐くと、ディスプレイの中にいる自分そっくりのキャラクターに目を向けた。
種族は人間。鼻に掛かるくらい伸びた黒い髪が被って、ほとんど見えない目や耳。
精霊術師の初期装備らしい、地味な布の服に弓を構えた細身の地味キャラは、今の僕、有内優汰をできる限り忠実に再現してある。
わざわざそこまでした理由。それは……
──『ビルフ:折角転生するんだしー、敢えて僕達自身をキャラクターにしてみない?』
……ビルフから、こんな提案をされたから。
彼が言うには、ファンタジー・フォレストではゲーム内チャットだけで会話してたんだけど、アクション性の高いシャインズ・ゲートになると、より素早い連携なんかが重要になる。
だから、今度のゲームは通話アプリ『イズコ』こと『ディスイズコール』を使って、通話しながらプレイするつもり予定だったんだって。
ただ、流石に男子の声で女子キャラとか使われるのはイメージが崩れるし、だったらゲーム内でできる限り、リアルな自分を再現して遊ぼうってことになったんだ。
ちなみに、キャラ名も自分の名前から付けてって言われたから、名前から取ってユウタにしてる。
自分の外見も人様に見せるようなものじゃないし、正直上手く話せる自信もない。
勿論その話は伝えたし、それでも大丈夫だって言ってくれたからこそ、今日のログインまでにキャラも準備したし、心の準備も整えた──つもりだったんだけど。
今までと違う環境でゲームをするのもあるけど、自分自身をお披露目するような状況なのもあって、僕はずっと緊張しっぱなし。
こんな地味で話し下手な僕が、みんなと一緒にゲームしてもいいのかな……。
迷惑をかけるイメージしか浮かばないけど、そこはみんなを信じないと。
さて。そろそろ夜の九時。約束の時間だ。
「すぅー……はぁー……すぅー……はぁー……。えっと……あーえーいーうーえーおーあーおー」
うまく喋れますように。緊張しませんように。
必死に深呼吸や発声練習をして、心を落ち着けようとしてみるけど、正直心臓はバクバク言ってる。
みんなはきっと、こんなに緊張してないんだろうなぁ。ビルフの提案に誰も反対してなかったし。
さて、そろそろ覚悟を決めなきゃ。
えっと、ログインして出会うまでは、イズコのチャットでやり取りするんだったよね。
イズコを起動すると、みんなで通話する用のグループチャットを覗いてみた。
『ビルフ:お、きたきた』
『アユ:こんばんは』
『ナガツ:こんばんは。随分ギリギリでしたね』
『アユ:ご、ごめん。ちょっと緊張を解したくって』
『ブレキオ:まあ、気持ちはわかるけどな』
『ラルト:そういう君は一番乗りだったな。そんなに楽しみだったかい?』
『ブレキオ:あ、あったりまえだろ!』
最初は混乱しないようにって、イズコ内の名称はみんな、ファンタジー・フォレストの時のキャラにしてる。
流石に画面は違うけど、そこで行われているやり取りはどこか普段通りで、僕はちょっと安心した。
『ビルフ:それじゃ、ボイスルームに入ったらゲームにログインしよっか。勿論、マイクはいいっていうまで全員ミュートだよ? わかった?』
『アユ:うん』
『ブレキオ:サーバはユニコーン。陣営は神聖都市ゼクセイドで良かったよな?』
『ナガツ:ええ。問題ありません』
『ラルト:では、行くとしようか』
『ビルフ:じゃ、みんな。向こうでね!』
ビルフの指示に従い、マイクをミュートしてボイスチャットのルームに入った僕は、そのままゲームをスタートした。
選ぶサーバはユニコーンで、陣営は神聖都市ゼクセイドっと。
言われたとおりに設定をして決定ボタンを押すと、まるで空から飛び降りるかのようなすごい速度でカメラが一気に神聖都市ゼクセイドへ近づいていく。
そして、画面が一度真っ白になった後。
そこから浮かび上がるように、白を基調とした大理石のような石でできた、綺麗な建物が並ぶ街並みが映し出されていった。
日の光が射す大きな樹の下で、ゆっくりと立ち上がる僕のキャラ。
「うわぁ……」
想像以上に神秘的に感じる街並みに感動した僕は、そのままカメラをぐるりと回し、周囲を見渡してみた。
晴れ空に照らされている街並み。
建物だけじゃなく、歩道から何から白が基調。建物の装飾の凝り方だけじゃなく、歩道に植えられた青々と茂る木々のバランスもよくって、確かに神聖感をひしひしと感じる。
僕の側に立っている木を見上げると、木漏れ日の射し方ひとつがまるで現実のよう。
少し離れた広場にある噴水らしき物も、遠くなのにまるで本物のように滑らかに水を出していて、ひとつひとつが本当に綺麗だ。
周囲にはNPCらしきキャラだけじゃなく、せわしなく駆け回っているプレイヤーキャラっぽい人もいるけど、誰も名前が表示されてないのはデフォルトで非表示なのかな?
FPSのゲームなのもあって、確かにこの方が没入感があっていいし、困らなければこのままのほうがいいかも。
まるで現実と錯覚するくらいの綺麗さが、僕を興奮の渦に巻き込む。
他の場所はどんな風になってるんだろう? 早速この街を色々見て回って──。
『ビルフ:みんな、入れた?』
『ブレキオ:ああ』
『ラルト:問題ない』
『ナガツ:こちらもです』
──あ。そうだった。今日はみんなと合流するんだった。
あまりに興奮しちゃってたから、ポコンというイズコの通知音がなかったらすっかり忘れるところだった。
そういや、スタート地点ってある程度ランダムなのかな? 前のゲームであった、初めて降り立った場所にキャラが沢山現れて、重なりまくるようなことも起きてないけど。
『ビルフ:アユは?』
『アユ:うん。入れたよ』
慌ててイズコで返事を返すと。
『ビルフ:おっけー。あ。ブレキオみーっけっ』
『ブレキオ:よお。お、めっちゃ本人じゃねえか』
『ビルフ:もち! 昨日夜更かしして頑張ったし』
『ラルト:ほう。本当に良く似ているな』
『ナガツ;確かに。別世界なのに普段と同じ感じがして、少し不思議な感じがしますね』
こんなみんなの会話が続く。
あれ? みんなはお互いの顔、知ってるんだ。
もしかして、前のゲームも自分をモチーフに作ってたのかな?
だったらお互いにわかるかもしれないけど……。
辺りをキョロキョロ見回してみたけど、見える範囲で男子四人が集まっている姿は見えない。ということは、別の場所にいるのかな。
『ビルフ:アユって今どの辺?』
『アユ:えっと、大きな木の近く』
『ビルフ:そこから噴水って見える?』
『アユ:うん』
『ビルフ:じゃー、噴水の所まで来てくれる?』
『アユ:わかった』
『ビルフ:ちなみにキャラ名は?』
『アユ:ユウタ』
『ビルフ:おっけー。見つけたら声を掛けるね』
『アユ:うん。お願い』
よし。じゃあ噴水まで移動してみよう。
本当はゆっくり景色を見たいけど、みんなを待たせてもいけないし。
僕はキャラを走らせると、噴水の側に急いだ。
歩道に沿って並ぶ両脇の建物が切れ、公園のように広い場所に出る。中央には目的の噴水。ここまでくるとパーティーっぽい集団もいるけど、流石に人が多すぎてみんながどれかかわからない。前のキャラっぽい男子もいないから、
そういえば、みんなのキャラ名を聞くの忘れてた。確認しようかな?
『ビルフ:ユウタ、みーっけ!』
考え事をしていると、僕の思考を遮るように、イズコのチャットにビルフメッセージが流れた。
『アユ:え? ほんと? どこ?』
『ビルフ:私、ビルフ。今、あなたの後ろにいるの。なーんちゃって』
『アユ:え? 後ろ?』
咄嗟にキャラを振り向かせた瞬間。
「……えっ?」
僕は、目の前にいた見覚えのあるキャラ達を見て、思わず変な声が漏れた。




