第6話:緊張の朝
……ね、眠い……けど、頑張らないと。
翌日。
日も随分昇ってきた頃。僕は生あくびを噛み殺しながら、制服の上にエプロンを掛け、ひとりダイニングキッチンに立っていた。
普段より大きめの鍋に入れてあるお玉でかき回したのは、ことこと煮込まれているミネストローネ。気を紛らわせるために一時間以上前から作ってたんだけど、味付けには結構満足してる。
コンロの後ろにある白いカウンターテーブルには、今朝買ってきた食パン。冷蔵庫には一緒に買ってきたスライスチーズやハムの他、ゆで卵を崩してマヨネーズや塩、胡椒で和えたタマゴサラダなんかも用意した。
これらをパンに挟んで、サンドイッチにしたらいいかなって思ってる。
でも、これだけ用意しておいてなんだけど、みんなの好みに合ってるかは凄く不安だ。
TOP4を追ってる生徒なら好みなんかも知ってそうだけど、僕は全然だし……。
ま、まあ、みんなの口に合わなかったら、僕が一人で食べればいいもんね。今日明日の食事にはなるし。
……とりあえず、こんな感じでいいかな。
僕は鍋の火を止めるとお玉を取り出し蓋をした後、そのまま流しに残ったザルやまな板を洗い始めた。
ちなみに、僕がいつ起きたのかというと……実は、昨日の夜から眠れてなかったりする。
何故って言われたら、その……とにかく、緊張してるからとしか言えない。
◆ ◇ ◆
みんなと今日会う約束を交わした後、みんなもまだやってなかったチュートリアルを一緒にプレイして、僕達は無事冒険者ギルドに所属できることになった。
噂に聞いていた通り、動きが思った以上に軽くてゲームスピードも早かったから、僕だけチュートリアルの最終試験に何度も失敗して時間を取っちゃったけど、みんなは必死に応援してくれたからなんとか頑張れた。あの時は本当に助かったと思う。
その後、今日会う準備もあるからってことで、ゲームを終わらせた僕達は通話で今日の予定を決めた。集合時間は十一時。場所は勿論、僕の家。
流石に僕の家だけ教えるのはフェアじゃないってことで、一応みんなの住所や連絡先を交換。
そこでわかったのは、みんなが思ったより学校から距離のある所に住んでいて、なんなら僕の家のほうが近いってこと。
『マ!? もしかしてあーし達、優くん家行き放題!?』
『おい。いくら優汰が一人暮らしだって言っても、流石にそれは迷惑だろって』
『まあ食事に困りそうというのであれば、私が足繁く通ってあげてもよろしくてよ』
『料理のできない瑠音が通っても、あまりお役に立てないのでは?』
『ち、千麻は一言多いですわ!』
なんてみんなは盛り上がってたけど、それまであまり緊張してなかった僕は、こんな会話を聞いた辺りから、少しずつ現実に気づき始めたんだ。
『じゃー、優くん。また明日ね!』
『俺の手料理、楽しみにしとけよ』
『優汰。貴方は何も準備は不要よ。気兼ねなく待ってなさい』
『はい。明日は私達にお任せくださいね』
「う、うん。わかったよ。お休み」
夜の十二時を回った頃。僕はみんなとの通話を終え、パソコンを落として部屋の明かりを暗くしベッドに横になったんだけど。話し声もしない静かな部屋のせいもあって、余計に色々考える時間ができちゃったのが問題だった。
シャインズ・ゲートで友達だったみんなが、TOP4だって知ってまだ二日。
フェイストラッキングで表情豊かなみんなそっくりのキャラを見ながら、通話で声も聞いている。
それだって十分僕を緊張させたけど、同時にやっぱりゲームっていう境界線があったし、まだ少し余裕があったのは事実だと思う。
だけど、現実でも会いたいと言われて実際にその機会を与えた今。僕は気づいちゃったんだ。
とんでもないお願いを聞いたんだって。
だ、だって。TOP4と接点なんてなかったのもあるけど、学校内で横に並ぶどころか、盛り上がるみんなの輪の中にすら入ったことがないんだよ?
それでなくたって、僕は人見知りだし会話だって苦手。
今まではゲームだからまだ大丈夫だったけど、面と向かって話すなんて、緊張しちゃってできるかも不安。
それに、昨日は流れでOKしちゃったけど、みんなが来るんなら部屋だって綺麗にしておかないとだし、粗相もできない。
うまく話せなかったりもてなしてあげられなかったら、本当に嫌われちゃうかんじゃ……。
不安ばかりが膨れ上がって、結局眠気が来ず目が冴えちゃって。
それをごまかすために深夜でもできそうな部屋の片付けとかをして。そうこうしているうちに、気づけばもう朝になっていたんだ。
◆ ◇ ◆
今日の天気はずっと晴れの予報だったから、朝早くに洗濯は済ませてベランダに干した。
あ。そういえば家にはパックの紅茶しかないけど、流石にそれだと悪いかな?
特に瑠音さんは普段から高級な物を飲んでいそうだし、安い紅茶なんて出したら不機嫌になるかもしれない。
確か、駅前に紅茶の専門店があったっけ。
今から買い出しに行っても間に合うかな? くるりと居間の壁に掛かっている時計を見ると、時間は丁度十時を過ぎたあたり。
待ち合わせまで一時間弱。自転車で行けば葛橋駅前までだいたい十分くらい。落ち着いて選ぶ時間はないけど、今から行けばまだ全然間に合うはず。
迷ってる時間も勿体ない。急いで出かけよう。
僕は一旦寝室に移動し、家や自転車の鍵と財布を手に取ると、そのまま玄関に急いだ。
玄関にある姿見で一応格好をチェック。寝癖とかもないし、これなら大丈夫。
ささっと靴を履いて。よし。行くぞ。
気合を入れ玄関のノブに手を掛けた瞬間、僕はふと動きを止めた。
あれ? 誰かいる?
そう思ったのは、玄関のドア越しに小声で話す声が聞こえたから。
この部屋は結構防音効果が高いのもあって、どんな会話をしているかまではわからないけど、一体誰だろう?
たまに廊下で近くの部屋の主婦の人達が話してたりするけど、家の中まで声が聴こえてくる事なんてなかった。
ってことは、わざわざ角部屋の僕の家の前まで来て話し込んでる?
流石にそれはないと思うんだけど……。
まあいいや。気を付けて玄関を開けてっと……。
ゆっくりとドアを開け、外に人がいるのを確認すると──えっ!?
バタンッ
思わず僕は玄関のドアを閉め、そのまま背を向けた。
な、なんで、もうみんながいるの!?
そう。僕が見たのはそれぞれ手に鞄を持った、学校指定の制服姿のTOP4だったんだ。
しゅ、集合時間は間違ってないはず……うん。スマホの時間もまだ十時過ぎ。やっぱり合ってる。
なんで!? みんなが時間を間違えてるってこと!?
予想外の展開に、僕の心臓がまるでマラソンを走った後くらいバクバクいってる。
どどどど、どうしよう!?
「お、おい! 何で閉めるんだよ!?」
玄関越しに聞こえたのは、むっとしたような喜世さんの声。
やばっ。怒らせちゃった!?
彼女達の声にギクリとし、血の気が引いていく。
ま、まだ心の準備が全くできてない。だけど、このままってわけにもいかないもんね……。
意を決し再びドアノブに手を掛けると、ゆっくりと玄関のドアを開け恐る恐る顔を出すと、やっぱりみんながそこにいた。
その表情は──あれ? 怒ってるっていうより、バツの悪そうな顔をしてる気がする。
「お。おはよ。は、早かったね」
気持ちに余裕がなくって、笑顔すら作れないまま、僕は何とか言葉を絞り出す。
すると、ちらちらとこっちの様子を窺っていた沙和さんが、突然ぎゅっと目を閉じ心底申し訳無さそうな顔で手を合わせた。
「ごっめーん! 楽しみ過ぎて、あーし達は早く着いちゃったんだよねー」
「まだゆっくりできるお時間にも関わらず、突然押しかけてしまい申し訳ございません」
千麻さんも謝罪の言葉と共に、申し訳無さそうに深々と頭を下げてくる。
「ほ、ほんと悪い。俺はもう少し待てって言ったんだけどよ。瑠音が待ちきれねえって──」
「き、喜世! 私はちゃんと待ちましたわよ!」
「待ったってお前、ここで三十分も待つのは迷惑だろ!」
……え? 三十分も?
確かに晴れてるし風もあまりないけど、それでも洗濯物を干した時、少し肌寒かった。しかも玄関側は日陰で日差しも入らない。
「ず、ずっと待ってたの? ここで?」
喜世さんと瑠音さんと会話に割って入ると、代わりに口を開いたのは沙和さんだった。
「まー、あーし達も流石にこんな早くに来たら悪いかなーって思ったしー。だからここで待ってたの。石田の上にも三百年って言うじゃん?」
「おい。それを言うなら石の上にも三百年だろ」
「何を言ってますの。石の上にも三年ですわ。まったく……」
「それ以前に、人を待つ時に使う言葉ではありませんが」
沙和さんの誤用に、流れるようにツッコミを入れていくみんなの小気味よい会話。
千麻さんが眼鏡を直しながら正しい指摘をすると、途端に他の三人が沈黙し、目を泳がせごまかそうとする。
ひゅーっと隙間風でも吹きそうなこのやり取り。
そういえば、この間もこんなやり取りがあったよね。
TOP4のみんなって、やっぱり仲がいいんだなぁ。
「……優くーん。そこで笑うの、流石にないかんね」
……え? あ!
はっとして沙和さんを見ると、顔を赤くしながら口を尖らせてる。
し、しまった!
「ごごご、ごめん! そ、それより、外は寒いでしょ? は、早く中に入って」
「は!? い、いいのか!?」
慌てて僕がそう促すと、喜世さんだけじゃなく、みんなが目を丸くし顔を見合わせた──って、なんで!?




