第5話:突然のチャンス
瑠音さんに並んで歩き出した僕。
彼女の横顔を窺うと、ちらりと目が合ったった瞬間、さく微笑んでくれる。
良かった。僕のせいで嫌な気分になってないか心配だったけど、多分大丈夫そうかな。
『にしてもよー。食費を削るって大変じゃねーか?』
『ですね。朝晩を家で沢山食べたとしても、昼抜きにすれば午後の授業が辛くなりそうですし』
喜世さんと千麻さんがそう心配そうな声を上げた。
確かに食費を削るって聞くとあまりいい印象がないけど、一応僕なりに考えてるんだよね。
「大丈夫だよ。朝夜は数日分まとめて作れる物を用意して食費を抑えるつもりだし、お昼も量は減らすけど、ちゃんと食べるから」
元々自炊はするほうだけど、やっぱり一品物って材料余らせがち。だから、そこから見直して──。
『え? どういうこと?』
──あれ? 僕、変なこと言ったかな?
沙和さんが隣で首を傾げたのを見て、僕はそんな疑問を覚える。
「あ、うん。頑張ってやりくりすれば、三食食べても多少食費を浮かせられるから、また貯金できるかなって」
そう説明した瞬間。沙和さんも、その奥にいた千麻さんも目を丸くした。
あれ? やっぱり何かおかしいのかな?
『失礼なことをお聞きますが。もしかして優汰君は、一人暮らしをなされているのですか?』
「え?」
あ、そっか。
この話、高校に入ってから先生以外にしてなかったっけ。
「うん。僕、元々都外に住んでたんだけど。高校入学に合わせてこっちに来て一人暮らしをしてるんだ」
僕がそう答えると、
『うっそー!?』
『マ、マジかよ!?』
『ほ、本当に、そうなのですね……』
みんなはそれぞれ彼女達らしさのある驚き方をした。
『その言葉、嘘偽りはないのね?』
「う、嘘偽り? う、うん。事実だけど……」
瑠音さんの言葉に素直に頷くと、彼女や奥にいる喜世さんの目の色が変わった気がする。
ど、どうしたんだろう……。
困惑しながらみんなを見ていると、沙和さんがこっちの様子を伺いながらこう問いかけてきた。
『ねえねえ? 優くんってー、残りのゴールデンウィーク、予定あったりする?』
え? 予定?
「あ、ううん。何もないから、五日も六日もシャインズ・ゲートをするつもり」
『ほんと!?』
「う、うん」
僕の返事を聞いた瞬間、沙和さんが真剣な顔をしてみんなの顔を見る。
『だってさー。どうする?』
『どうするもこうするも。この好機、逃す気などございませんわ』
え? 好機? 何が?
『きよっちは?』
『俺も動けるぜ。連休中は親も家にいるから、弟達の面倒を任せられるし』
『ちっちーはー?』
『予定はありますが、今週急ぎで済ませる必要のものではございませんし。優汰君の為なら喜んで変更致しますよ』
『おっけー。じゃ、決ーまりっ!』
動ける? 僕のため? 決まり?
さっぱり状況が飲み込めずにいると、沙和さんが瑠音さんの脇に回り込み、意味深な笑みを向けてくる。
『ね? 優くーん』
「な、何?」
『突然で悪いんだけどー。明日、優くんの家に行ってもいーい?』
「僕の家に……って、えええっ!?」
ぼぼぼ、僕の家って、それってリアルでってことだよね!?
「な、なんで!?」
思わず口を衝いた問いかけにも、彼女は笑顔を変えない。
『だってー優くんってー、あーし達のために顔トラしよって思ったんでしょ?』
顔トラ……あ。多分フェイストラッキングのことかな?
「う、うん。勿論、僕も気になったっていうのはあるけど」
『だろ? だからよー。俺達がお前の家に行って、飯を作ってやるよ』
「え? 何で?」
『そんなもの、貴方を飢え死にさせないために決まっていますわ』
呆れ顔で沙和さんがそう言ってきたけど。
飢え死にって、それはちょっと大げさだと思う。
「だ、大丈夫だよ。確かに食費は削るけど、全く食べられないってほどお金に困ってるわけじゃないし──」
『だーめっ。あーし達は、優くんの心配をしてるんだよ? あーし達の為にしてくれたことで、優くんが空腹で倒れちゃったら嫌じゃん!』
『そうですよ。そ、その、お口に合うかはわかりませんが……』
また真剣な顔に戻った沙和さんが強い口調で僕にそう言うと、隣にいる千麻さんがもじもじしながら恥ずかしそうにそんなことを言う。
「で、でも。ご飯を作るっていっても、うちにそんなに食材もないし──」
『そこは俺達で用意するから気にすんなって』
「だ、だめだよ。ゲーム内でも迷惑をかけちゃってるのに、リアルでも迷惑をかけるのは──」
『迷惑ではありませんわ。私達は、貴方への感謝を形にしたいだけですもの』
僕の言い訳に対し、喜世さんや瑠音さんがそう反論してくる。
必死な表情を見る限り、譲る気がないのがはっきりわかる。
「でも、僕の家に来ても退屈だと思うよ? 漫画とかゲームとか、時間潰す物なんてないし、料理作った後は時間を持て余しちゃうと思うけど」
『そんなの別に気にしなくっていいよー。優くんがいるだけで楽しそうだし!』
『ええ。私達はまだお互いをちゃんと知らないのだもの。互いを知る為に話をするのも悪くないでしょう?』
「そ、それは、そうだけど……」
申し訳なくってなんとか断る理由を並べてみるけど、みんなのほうが一枚上手。
こ、こういう時、どうすればいいんだろう……。
『じゃ、決まりだな。千麻。食材は俺達で用意して持っていくか?』
『そうしましょう。優汰君。家の冷蔵庫の大きさはどの程度でしょうか?』
「え? あ、え、えっと、家族用の大きめなやつだけど」
『それならケーキとかも色々持ち寄れそうじゃーん! 部屋の大きさは?』
「えっと、居間は十畳くらい?」
『あら。意外に広いじゃない。それなら私達が集まっても問題なさそうね』
『うんうん! テンションアガってきたーっ!』
な、なんか勝手にみんなで盛り上がって、話が家に集合する話になってる……。
僕は彼女達についていけず、一人唖然としてしまう。
でも、本当にいいのかな?
僕だって自炊するから、食材だって決して馬鹿にならないことはわかってる。
それに、余った時間のために色々用意するのだって、絶対大変なのに。
勿論、みんなが友達である僕のためにそうしてくれる気持ちは嬉しいし、リアルで会いたいと言ってたから、きっかけとしても良いかもしれないけど。
一応、掃除は毎週掃除してるし、みんなに見られたら嫌な物も特にはない。
部屋の広さ的にも、多分みんなが来ても大丈夫ではあるけど……。
迷惑を掛けてるようで気が引けるけど、みんなはもう乗り気。
ここで断ったら、空気読めないって思われるかな……。
『優汰。これは貴方の厚意へのお返しよ。素直に受けなさい』
『そういう圧のある言い方はやめろって。ただ、瑠音も俺達も、友達としてお前に力を貸したい気持ちは本当だからな』
『うんうん! それにー、みんな仲良くカメラで撮影したらー、買った意味もできるじゃん!』
『確かにそうですね。突然の申し出に困惑なされているのは重々承知ですが。この申し出、お受けいただけませんか?』
改めてこっちを見た四人の表情と言葉には、どこか真剣さと必死さが入り交じっている。
それは、友達でいたいって言ってくれたあの時と同じようにも見えた。
僕は友達同士がどう接するのか、正直あまりわかってない。
だけどみんなは違う。彼女達はあのTOP4。学園の人気者だし友達も沢山いる。
だからきっと、こうやって友達を助けたりするのは当たり前なのかもしれない。
……ここまで言ってくれたみんなの思いやりを無駄にしちゃうのは、流石に気が引ける。
だとしたら、答えはひとつだけ、かな。
「……わかったよ」
『ほんと?』
「うん」
『ほんとーに? もう取り消せないよ?』
「うん。大丈夫だよ。沙和さん」
まだ僕が信用されてないだけなんだろうけど、そこまで念押ししなくても。
ずずいっと前に出てきた沙和さんがちょっと面白くて、僕はくすっと笑う。と、その直後。彼女は目を丸くし、ぽんっと顔を赤らめた。
あ。もしかして……。
「ご、ごめん。名前呼ばれるの、恥ずかしかった?」
『ちちちちち、違う! 違わないけど違ーう!』
ちょっと心配になった僕の言葉に、ぶんぶんっとポニーテールを振り乱し顔を横に振る沙和さん。
「違わないけど、違う?」
『え、あ。えっと。その……恥ずかしかったけど、その……笑顔で名前を呼ばれちゃったからー、その、破壊力が。ね?』
「は、破壊力……?」
えっと、僕が笑顔で名前を呼ぶのは、沙和さんにとって破壊力があるってこと?
なんだろう? ゲームの種族特性とかかな? 例えば、ダークエルフだとそうなっちゃうとか……。
『まったく。羨ましいったらありゃしない』
『本当ですわね。とはいえ、ここで無理に名前を呼ばせるのは無粋。やはり、今のように自然に言われる状況でないと』
『そ、そうでしょうか? 私はどのような形で呼ばれても、凄く嬉しいですが……』
沙和さんの反応を見て、喜世さんと瑠音さんは呆れながら。千麻さんは恥じらいながら、各々に感想を口にしてる。
三人ともどこか羨ましそうな顔をしてる気がするけど、何でそんな顔をしてるんだろう?
『ととと、とにかく。優くんのおっけーも出たしー。明日はみんなで優くん家に行こ? ね?』
『お、おう! ほんと、明日が楽しみだぜ。な?』
『は、はい。それはもう』
『そ、そうね』
何かを取り繕うかのように、少し固い笑顔を見せた沙和さん。
他のみんなも、どこか笑顔がぎこちない気がする。
『優汰。貴方も楽しみになさい』
「う、うん」
瑠音さんの言葉に素直に頷いたものの、みんながそんな顔をした理由なんて、僕には全然わからなかった。




