第4話:衝撃
『じゃーあー、あーしは優くんって呼んじゃおーっと。いーい?』
武氏さんが少し前屈みになり、僕を覗き込み様子を窺ってくる。
優くん、か。ありうっちもかなりあだ名っぽかったし、そんなに違和感はないかも。
でも、もうここから名前で呼ばないとなんだよね。え、えっと、武氏さんは……。
「うん。わかったよ。こっちは、えっと……沙和さんって呼ぶね」
喉が乾いて声が詰まりそうなるのを抑えて、僕がなんとかそう返すと。
『きゃんっ』
……え?
彼女は急にその場に崩れ落ち、横に倒れた。
他の三人も目を丸くしたけど、倒れた沙和さんを見たまま動かない。
な、何があったの!?
「だ、大丈夫!?」
思わず声を上げると。
『これ……ちょーヤバいかも……』
その場に倒れたまま、彼女は真っ赤な顔でうっとりとしてる……って、あれ?
倒れたのにこんな顔してるの? どういうこと?
予想外の言葉に、駆け寄るのも忘れて唖然としていると。
『ま、まったく。大げさですわね。え、えっと、ゆ、優汰。次は私の名をお呼びなさい』
相変わらず顔を赤くしたまま、腕を組み呆れ顔をした麗杜さんが催促してくる。
か、彼女は呼び捨てなんだ。両親以外に呼び捨てにされるのなんて何時ぶりだろう……っていうのは今はいいかな。
あまり待たせたら、麗杜さんの機嫌を悪くさせちゃうかもしれない。
えっと、彼女の名前は……。
「え、えっと。瑠音さん、でいいかな?」
『うっ……』
彼女から漏れた呻き声。と同時に、その場で膝を突いた瑠音さんは、片手を地面に突きもう片手で胸を抑えるエモートをした。
え? え?
沙和さんと似た反応を見せた彼女に、僕が戸惑っていると。
『確かに、これは堪りませんわね……』
瑠音さんはそんなことを言いながら、恍惚とした顔をしてる。
な、何が起きてるの!?
僕、変なことをしてないよね!? 名前で呼んだだけだよね!?
『お、おい、優汰。俺の名前も呼んでみろよ』
あ、えっと。次は荒井さんか。
まるで負けないぞと言わんばかりに腕を組み仁王立ちしている彼女は、これから戦うかのような気合いの入りよう。
そ、そこまでのものなの? 本当に名前で呼んでいいの?
困惑はあったけど、既に沙和さんと瑠音さんの事を呼んでるんだ。避けるわけにはいかないよね……。
「う、うん。その……喜世、さん?」
声が上ずりそうになるのを何とか抑え、彼女の名前を呼んでみると、それを聞いた喜世さんはそっぽを向き、頭から湯気が出るエモートと共に、その場で両手で顔を覆った。
『……あぁ……確かに、これはくるな……』
彼女が小さくそう呟いたけど、僕が名前を呼ぶのってそんなにやばいの!?
三者三様の反応を見せる中、ふぅっと大きく息を吐き胸に手を当てた長月さんがこっちを潤んだ瞳で見つめてくる。
『ゆ、優汰君。心の準備はできておりますので。いつでもどうぞ』
眼鏡の下の真剣な顔は、やっぱり真っ赤。
名前を呼ばれるだけでここまでの顔をするものなの? という疑問が浮かぶし、あまりに覚悟を決めている彼女にこっちも気負いそうになる。
と、とりあえず、言い間違いだけしないように……。
「えっと、ち、千麻さん」
色々と意識しすぎて、僕の口から漏れたのはささやくような声が出た直後。
ピシッという乾いた音と共に、長月さんの眼鏡のレンズにヒビが入り真っ白になった。
へ、へぇ。こんな眼鏡キャラ専用のエモートもあるんだ……じゃなくって!
『千麻さん……千麻、さん……』
呆けたまま立ち尽くし、うわ言のように小声でそう繰り返す彼女にも異変が起きているのは確か。
街灯の明かりに照らされながら、それぞれのリアクションを見せている四人。
な、何でこんなことになってるんだろう?
ぼ、僕は名前を呼んだだけよね? 普通、それでこんな反応にならないよね?
……あ。もしかして。
みんなでこうやって驚いた振りをして、僕を驚かせようとしてるのかな?
でも、エモートはゲームだからともかく、声が偽りだったら相当迫真の演技だと思う。
ただ、四人は色々な人に囲まれてるし、きっと名前で呼ばれるのだって慣れてると思うんだよね。
……じゃあ、何で?
「え、えっと。もしかして、僕の呼び方が変だった? 止めたほうがいい?」
とにかく頭が混乱した僕は、おろおろとしながらエモートも忘れそう問いかける。
その瞬間、倒れていた沙和さんと瑠音さんが勢いよく立ち上がり、千麻さんの眼鏡がさっと元に戻り、はっとした喜世さんもこっちを見ると。
『ふ、ふざけんなよ!』
『み、認めませんわ!』
『やだやだー!』
『そ、それだけはご勘弁を!』
みんなが必死な顔で、三者三様の言葉を重ねてくる。
反応は確かに好意的だけど……やっぱり僕、騙されてる?
「で、でも、僕が名前を呼ぶの、ヤバいんだよね?」
『ヤ、ヤバいけど、ヤバくないから!』
え? ヤバいけどヤバくない?
『わ、私達も、まだ名前で呼ばれ慣れていませんのよ』
沙和さんの言葉にぽかんとしちゃった僕に、瑠音さんがそう説明してくれたけど、みんなはTOP4なだけあって友達も多いはず。
「でも、みんなくらい人気があったら、周囲から名前で呼ばれたりしない?」
『あ、あのなー。確かにそれくらいはあるけどよ。前に沙和が言っただろ? お前はその、と、特別な友達だって』
あ。確かに昨日、沙和さんは僕にそう言ってくれたっけ。
『特別な友達相手に名前で呼ばれる。そんな経験、私達にはありませんでした。だからこそ、緊張もしますし、衝撃も受けますし、その……興奮もしますし……』
「こ、興奮?」
僕に名前を呼ばれて興奮ってするもの?
思わず首を傾げると、はっとした千麻さんはコホンと咳払いをする。
『と、とにかく。私達も少しずつ慣れていきますので。どうか、これからも名前で呼んでいただけませんか?』
「う、うん。みんなが大丈夫って言うなら、僕は構わないけど」
『構わないも何も、私達はそれを望んでおりますのよ』
『そ、そうだぜ。しばらくお前を戸惑わせちまったりするかもしれねーけどよ。そこは勘弁してくれ』
「う、うん。わかったよ」
僕の返事に、みんながほっとした顔をする。
多分、これなら本当に大丈夫かな。ただ、さっきみたいな反応が続くと、僕もどうすればいいか迷っちゃうけど……。
内心不安はあったけど、みんなに笑顔が戻ったのを見ているうちに、そんな気持ちは自然と和らいでいったんだ。




