第9話:非現実なキス
……え? い、今のって、まさか……キ、キス!?
人生で初めて耳元で聞いた音に戸惑っていると。
『さ、沙和!? お前!?』
『あ、貴女、何をしてますの!?』
『さ、流石にそれはやりすぎですよ!』
僕が驚きが感染ったのか。彼女の後ろに立っていた荒井さん達が目を瞠り、驚きの声をあげた。
三人の声を聞き、武氏さんがくるりと僕に背を向けみんなを見る。
『まーまー。今はゲーム内だしー。そんなに目くじら立てなくってもいいっしょ? あーしの友達としての、あ・か・し。にししっ』
表情は見えないけど、悪戯っぽい台詞回しはビルフとの会話や、学校で見かけた武氏さんとあんまり変わらない。
ただ、流石にゲームでも現実でも、ここまでの事はしていた記憶はないけど。
もしかして、普段通りの空気にしようと僕をからかったのかも。
実際、どんなに武氏さんそっくりでも、これはあくまでシャインズ・ゲートのゲームの中。
リアルに影響もないし、軽い気持ちでやったんじゃないかな……なんて思うものの。あまりに突然の事に顔が熱くなっちゃって、頭もふわふわしてる。
さ、流石に今のはびっくりした。少し落ち着かないと──。
『ね? ね? 折角だしー、みんなもしとく?』
──へ? み、みんなも?
そ、それって……。
『お、おい! 何言ってんだよ!?』
『さ、流石にそれは……』
荒井さんが声を荒げ、長月さんはもじもじとしながら恥ずかしそうに俯く中。
『わ、私は構いませんわよ。勿論、有内君次第ですけれど』
唯一それを肯定したのは麗杜さんだった。
腕を組み斜に構えていた彼女は、そのまま片目を開け僕の様子を伺ってる。
え、えっと……た、確かにゲームだけど、友達とこういうのをするのって普通なの?
頭の中に沢山のハテナが浮かび、すっかり困惑していると。
『お、おい! 有内!? お前はこういうの、嫌じゃないのかよ!?』
なんて、焦った荒井さんに問いかけられた。
「え、えっと……」
正直、武氏さんの時だってすごく恥ずかしかったし、ゲームの中とはいえ、友達同士でこんな事をしていいのかっていう不安も強くある。
ただ……荒井さんが気を遣ってこう聞いてくれたのは嬉しいけど、これで断った結果、みんなに付き合いが悪いって落胆されたら嫌だな……。
ど、どうしよう……えっと……。
「そ、その……恥ずかしいのは、恥ずかしいよ。け、けど……」
『けど?』
みんなのところに戻った武氏さんが、くるりと振り返ると悪戯っぽい笑顔を向けてくる。
他の三人も固唾を飲んで見守る中、僕はしどろもどろになりながら何とか続きを口にする。
「そ、その。ゲ、ゲームの中だし。み、みんながやってみたいっていうなら、その……別に、いいけど」
『……だってー。さ。みんなはどうする? する? しない』
僕の答えを聞いて、武氏さんはにんまりとすると、また荒井さん達の方に振り返る。
他の三人は真っ赤にしたまま一度顔を見合わせた後、戸惑いながらこっちにを見た。
『ほ、本当にいいのかよ?』
「う、うん」
『あ、有内君が良いのでしたら、私は構いませんが……』
『まったく。二人共、度胸がありませんのね。構わないというのであれば、素直に受け入れればいいものを……』
どこか気弱な荒井さんと長月さん。
唯一強気な言葉を口にした麗杜さんも、少し声が震えてる。
『だ、だったらお前からいけよ』
『え? え、ええ。構いませんわよ』
澄まし顔をしていた麗杜さんも、荒井さんの言葉を聞いて流石に目が泳ぐ。
そこまで恥ずかしいなら無理しなくてもいいんじゃ……。
そんな事を思っていると、大きなため息を漏らした彼女は、長くて綺麗なピンクの髪を揺らしながらゆっくりと僕に近づいてくると、真っ赤な顔をしたまま目の前に立った。
『沙和が口にしていた通り、これはあくまで友達としての証。他意はございませんわ。よ、よろしくて?』
「う、うん」
ちらっとこっちを見た麗杜さんは、僕の返事を聞くと胸に手を当て、一度大きく深呼吸する。
『い、いきますわよ』
「う、うん」
僕がオウムのように繰り返した言葉を合図に、彼女は目を閉じゆっくりと顔の距離を詰めてくる。
そして、さっきの沙和さんと同じくらい顔を近づけると……今日二度目の乾いた音が聴こえた。
あくまでゲーム画面と音だけ。勿論、唇が触れる感触なんてまったくない。
だけど、TOP4にそっくりのキャラがこれだけ間近に迫ってきて、画面越しとはいえキスされているのは、やっぱりめちゃくちゃ恥ずかしい。
ギャルらしい可愛さの武氏さんとはまた違う、お嬢様らしい綺麗で整った顔立ちの麗杜さん。
キ、キスしてる時って、じっと見てていいのかな? でも、ゲーム画面は移りっぱなしだよね?
どうすればいいかわからないまま、なるがまま彼女の顔を見つめていると、すっと距離を開けた麗杜さんが目を開き、再び腕を組み斜めに構え直した。
『こ、これでよいわね? か、感謝なさい』
「あ、うん。その、ありがとう?」
キスされたら、感謝しないといけないのかな?
あ。もしかしたら、友達でいてあげるからってことなのかも。
『さて。次は喜世。貴女の番よ』
キスが終わって気持ちがらくになったのか。
どこか普段通りの顔に戻った麗杜さんが、振り返り荒井さんを指名する。
『ったく……』
それを聞いて、荒井さんは顔を真っ赤にしながら頭をガシガシと掻くと、しぶしぶ僕の目の前まで歩いてきた。
『な、なあ。有内。本気でいいのか? 嫌じゃないか?』
荒井さんが頬を染めたまま、未だ心配そうにこっちを見つめてくる。
武氏さんや麗杜さんもそうだったけど、こうやって恥じらう荒井さんなんて今まで見たことはない。
それが僕の恥ずかしさをより掻き立てたけど、同時に彼女らしく僕を気遣ってくれる姿を見て、感謝の気持ちも芽生える。
「う、うん。大丈夫。それより荒井さんこそ、嫌だったら無理しなくてもいいよ」
自然とそう問い返すと、
『し、心配すんなって! 嫌じゃねえ。嫌じゃねえから』
彼女ははっとすると、慌てて両手を振って否定した。
よかった。嫌々付き合ってたら申し訳ないもんね。
内心ほっとしていると。
『じゃ、じゃあ、いくからな』
覚悟を決めた彼女が、緊張した面持ちのままゆっくりと近づいてくる。
そして、ぎゅっと目を閉じ目の前まで近づいてくると、耳に三度目のキスの音が届いた。
短いキスの後、さっと距離を離した荒井さんが、赤髪を振り乱しくるりと僕に背を向ける。と、その直後。
『うっわー。きよっちってそんな顔するんだー』
武氏さんが目を細め、楽しげに笑った。
『う、うっせー! お前のせいだかんな!』
『だったら別に断ればよかったじゃーん。素直じゃないなー』
『うぐぐ……』
歯を食いしばったような声。
さっき荒井さんはどんな顔をしてたんだろう?
そんな興味を抱いたけど、きっと見られるのが嫌で背を向けたんだろうし、気にしちゃ駄目かな。
『じゃ、最後はちっちーだね!』
『は、はい……』
囁くくらいの小さな声で答えた長月さんは、眼鏡の下の顔を真っ赤にしたまま、荒井さんと入れ替わりゆっくりと目の前に立った。
二人でいた時にも見せてくれていた、恥じらい顔。
上目遣いに僕を見る長月さんもやっぱり可愛いくて、胸がドキドキさせられる。
『で、では。いかせて、いただきますね』
『う、うん』
おずおずと言ってきた彼女に、僕は画面に向け頷く。
彼女はゆっくりと僕の顔に顔を近づけると、最後は目を閉じ唇を少し尖らせると、静かにキスをしてきた。
ゆらりと風になびく髪。眼鏡の下の瞳を閉じたまま、真っ赤な顔でキスしたままの顔を見せている長月さん……って、あれ? みんなより長くない?
キスしている顔をじっと見つめているうちに、僕の恥ずかしさが一気に高まる。
流石にこれは現実じゃなくっても緊張する。
だ、大丈夫かな? このままでいても。
困惑はあった。でも、受け入れたのは僕だからと思ってじっとしていると、しばらくして彼女はゆっくりと僕から離れた。
『……は、恥ずかしい……』
瞬間、長月さんがそう囁くと両手で顔を隠す。
その気持ちはよくわかる。僕だってみんなに今の顔を見られていたら、きっと同じ行動をしてたと思う。
実際、今まで以上に顔も火照って、頭がクラクラしてる。
『その割に、随分と長いキスでしたわね』
『ほーんと。千麻ってばだいたーん』
どこか不満そうな麗杜さんと、相変わらずにやにやしてる武氏さんの声を浴びながら、長月さんはそのまま無言でそそくさと彼女達の下に戻っていった。
で、でも、これがゲーム内でほんと良かった。
ゲームとはいえリアルなモデリングだし、音だってリアルに聞こえてくるから変に現実と錯覚しそうになったけど、感触は感じてないからまだ耐えられたし。
こうやって違う世界でファンタジーらしい服装をしているみんなの非現実さが、現実じゃないって思わせてくれるから。
ただ、もし現実でキスを迫られたら……って、そ、それは流石に飛躍しすぎだよね。流石にみんなも、こういうのは好きな人とするだろうし。
『でもー、これでありうっちもわかったっしょ? あーし達の気持ちが、どれだけ重いかーって』
余計なことを考えていると、まだ少し顔の赤い武氏さんが、にししっといつもの笑顔を見せこう言ってくる。
みんなの気持ちが重い? そう言われたら……。
「あ、えっと……うん。何となく」
僕は素直にそう感想を返したんだ。




