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10歩目 花と花瓶

 あの電話から数日後。私はいつもどおり店の前で桐木君が来るのを待っていた。

 なぜだろう。こんなにも緊張するのは。別に告白するってわけでもされるってわけでもないだろうに。桐木君は私には話せるって言ってたけど本当に訊いていいことなのだろうか。今更になって不安になってきた。

 そんな思いを悶々と頭で駆け巡らせていると桐木君の姿が見えてきた。


「よっ、桐木君」


「やあ小山ちゃん。待たせて悪いね」


 彼の様子はいつもと変わっていないように見える。


「待ったってほど待ってはないよ。そもそも自分ちの前だしね」


 私は親指でクイっと自分の家の和菓子屋を指さした。


「そっか。じゃあ早速、と言いたいところだけど店の前で話すのもあれだし移動しようか」


「そうだね。今日はどこ歩く?」


「近くに小さな神社があるからそこに行こう。あまり人も来ないしね」


 ああ、確かに近くに寂れた神社があった。ああいう神社ってどうやって成り立ってるんだろうか。

 そんな場違いなことを考える。


「わかった。いこっか」


 そうして私たちは歩いた。神社までは歩いて20分もかからなかった。トラブルなどは特になく問題なく神社に着いた。だがそのあいだ私たちに会話はなかった──


◇ ◇ ◇ ◇


「…桐木君はここによく来るの?」


「…いや、ほとんど来ないかな。歩いているときに見かけるくらいで」


「…そっか……」


 く、空気が重い……私から話を切り出すべきか…?

 そんな空気に桐木君も耐えかねたのだろうか。彼から話を切り出してきた。


「──それじゃあ話すね。…まず結論から言うと俺は今、大学にもいってないし、どこかで働いてるというわけでもない」


 ──なんとなく気づいていた。彼はいつも平日も休日も関係なく歩いていたし、一緒に散歩をするために予定を聞いてもいつでも空いてるから私に合わせると言っていたから。しかし不思議だ。私の記憶では彼は進学校に進学している。それに彼は昔から堅実な性格。どこかしらの大学に通うというのが自然な考えになるはずだ。


「そうだなぁ…なんで現状がこうなのかを説明するにはどこから話すべきなのか…」


 今はただ聞くことしかできない。余計な口を挟んで話の腰を折ることだけはしてはいけない。


「うーん。そうだな…とりあえず今俺は一人暮らししてるんだよね。家族が全員いない、いや、いなくなったから」


「え………?」


 思わず声が漏れた。


「俺の家は元々、父、母、姉、俺の四人暮らしだったんだけどね。母は俺が小学校低学年、確か二、三年くらいのときに病気で亡くなった。その後姉が不登校になるまで時間はかからなかったよ。だけど俺は平穏とまでは言わないけどそれなりに普通の生活はできてた。小山ちゃんも当然知ってるだろうけど中学にもいってたし、高校にも進学したしね。そのあいだ父は仕事でずっと忙しそうにしてた」


 桐木君は引き続き淡々と話す。


「問題が起こったのは俺が高校二年生の頃。──姉が自殺した。その後一年経たずに父は過労で倒れてそのまま亡くなった。それは俺が高三のときだったね」


 ──知らなかった。彼の家庭環境を私はすべて知らなかった…

 私たちは幼馴染だけど家庭ぐるみの付き合いがあるわけではない。彼の家族が全員亡くなっていることはおろか、姉がいたことさえ知らなかった。


「それでなんやかんやで高校は卒業したけど進学するのはやめて就職することにしたんだ。そんなわけで働き始めたのはよかったんだけどさ。俺も限界が近かったみたいで情けない話だけど一年もたずに会社を辞めた。そして最近は特にやることもないから散歩をしている。まあ、治療の一環ってとこかな?あとは小山ちゃんも知っての通りだよ」


「………ごめっ……わたしっ………」


 言葉が出てこない。彼が奥底に隠しこんでいたモノを私が無理矢理引っ張り出してしまった。その事実に罪悪感で心がはちきれそうになっていた。


「なんで小山ちゃんがそんな顔するんだよ。小山ちゃんは笑ってるほうが似合うよ?」


 そう言うと彼はにこりと笑った。

 ああ、私は今、彼が苦手だと言っていた作り笑いをさせてしまっている。

 その事実に気づき、私は涙が止まらなくなっていた。


「…ごめんっ……!気づけなくて……!」


「当然だよ。隠してたからね」


「ごめんっ……!なにも知らない奴が勝手に散歩についていって……!」


「勝手じゃないよ。俺が許可した。本当に嫌ならいくらでも振り払うことができたよ」


 いくら謝っても君は許してくれる。私は他人の不可侵にずけずけと土足で入り込んだ無神経な女だというのに。


「それでもっ……!」


「俺はね。小山ちゃん。実は別に散歩が好きというわけではないんだよ。嫌いというわけでもないけどね。ただやることがないからっていう理由だけで続けてた作業だったんだ。小山ちゃんと会うまではね」


 桐木君はこちらを見て言葉を続ける。


「確かにあの日最初は君との散歩を断ろうとした。だけど変わらない君を見て、懐かしい気持ちになって、一回くらいはいいかもしれないって思ったんだ。そうして始めた散歩だったけど、歩いている途中で気づいたんだ。飽きるほど歩いた道を新鮮に感じていることに。小山ちゃんが隣にいたからだよ」


 そう言うと桐木君は空を見上げた。


「──小山ちゃんのおかげで初めて散歩が楽しいと思えた。──小山ちゃんのおかげで久しぶりに空が青いことに気づけた。今日はそれを伝えたかったんだ」


 なんてもったいない言葉だろうか。私はただ自分本意で君についていっただけなのに。


「わっ、わたしも、桐木君との散歩はすごく楽しいと思っていてっ、だから、そのっ…桐木君さえ良ければこれからも一緒に散歩したい…です…」


 恋心なんて今は捨て置け。だけどそれ抜きにしても君のそばにいたい。これが私の本心だ。


「──俺もだよ。これからもよろしくね!小山ちゃん!」


「うんっ…!桐木君!」


 境内には木漏れ日が差し込んでいる。明日の行方を私たちはまだ知らない。


 花と花瓶、弦とピック、足と靴に君と私。支えられればそれで良い。だから私は君と歩く。



    第10話 花と花瓶


なんか若干終わりっぽい雰囲気になってますけどしばらく続きます。なのでよろしければブックマーク、高評価、チャンネル登録よろしくお願いします。←ユーチューバー?

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