第4話 玉座なき会議室
大陸魔術会議の会場となる〈八色の大広間〉は、まさに世界の縮図だった。
天井まで吹き抜けたドーム状の空間には、八つの属性を象徴する巨大な魔力灯が吊るされている。
床は磨き上げられた大理石。壁には歴代の賢者たちの肖像画。
そして円卓を囲むのは、この大陸を支配する国々の代表者たちだ。
東の席には、豪奢な白衣をまとった光輝王国の使節団。
南の席には、赤い軍服を着崩し、凶暴な魔力を隠そうともしない竜人帝国の将官たち。
西の席には、風の精霊を肩に乗せた精霊同盟の賢者たち。
そして北の席には、僕を連れてきた獣人連邦の荒くれ者たちが陣取っている。
(……空気が悪いな)
僕は獣人代表団の後ろ、末席のパイプ椅子に座りながら、小さく息を吐いた。
借り物の軍用ジャケットはサイズが合わず、袖が余っている。周りの獣人たちが筋骨隆々なおかげで、僕はまるで迷い込んだ子供のように見えているだろう。
だが、僕の眼に見えているのは、彼らの威厳ではない。
ノイズだ。
各国の代表たちが放つ魔力が、互いに反発し、混ざり合い、目に見えない火花を散らしている。
言葉では「友好」や「協調」を謳いながら、その腹の底では互いを食らい尽くそうとしているのが丸見えだった。
「――では、第一議題に入ります」
議長役を務める中立都市の文官が、震える声で宣言した。
「『国際魔術規格の統一』について。発議者は竜人帝国のグラウ将軍です」
ドサッ、と重い音が響いた。
南の席から立ち上がった巨漢――竜人の将軍が、書類の束を机に投げ出したのだ。
全身から立ち昇る熱気が、議場の空気を歪ませる。
「統一もクソもない。結論は単純だ」
グラウ将軍が傲慢に言い放つ。
「我が帝国の『赤色熱核』式を世界標準にすればいい。出力、燃費、破壊力。どれをとっても最強だ。貴様ら光国の『輝式』なぞ、装飾過多で実戦の役には立たん」
挑発的な言葉に、光輝王国側が色めき立つ。
反論のために立ち上がったのは――やはり、彼女だった。
「訂正を求めます、グラウ将軍」
凛とした声。金髪をなびかせ、毅然と竜人を見据える少女。
アルミナ・ルクシア王女だ。
昨日の路地裏での間抜けな姿とは違い、今は完璧な「王族」の顔をしている。
「魔術の本質は破壊ではありません。『安定』です。我が国の光魔術式は、過去百年で暴走事故件数が最も少ない。国際標準にするなら、安全性こそ最優先されるべきです」
「はんッ! 安全? 臆病者の言い訳だな!」
「野蛮とは言いませんが、思慮が浅いのでは?」
議論は平行線をたどる。
熱量か、安定か。
他の国々もそれぞれの利権を主張し始め、会議は開始十分で怒号の飛び交う泥沼と化した。
隣で腕を組んでいたザラフが、退屈そうにあくびをした。
「……くだらねぇ。おいレイ、テメェにはどう見える?」
「どうって?」
「どっちが正しいんだ? あの脳筋トカゲか、すましたピカピカ娘か」
ザラフの声は大きかった。
ふと、周囲の視線が集まる。グラウ将軍も、アルミナも、怪訝な顔でこちらの末席を見た。
獣人の将軍が、薄汚い無属性の少年に意見を求めている。その異様さに気づいたのだ。
僕はため息をついた。目立ちたくはない。
でも、ここでザラフの顔を立てておかないと、今後の活動に支障が出る。
「……どっちも間違ってますよ」
僕は席に座ったまま、淡々と答えた。
議場が静まり返る。
「なんだと? 貴様、どこの雑用係だ」
グラウ将軍が目を細め、殺気を飛ばしてくる。普通の人間なら失神するレベルの威圧だ。
だが、僕には効かない。殺気などただの「指向性を持った魔力情報」に過ぎない。
僕は立ち上がり、議場の中央――ホログラムで表示された大陸地図のそばまで歩み寄った。
「竜人帝国の『熱核式』は、確かに出力は高い。でも、大気中の魔力濃度が『150』を超えると、冷却が追いつかずに自爆する構造欠陥がある」
「なっ……!?」
「そして光輝王国の『輝式』。安全だと言いましたけど、あれは『外部からの干渉がない』前提の設計です。もし、地脈の周波数がズレたら? 安全装置がロックされて、魔力が逆流しますよ」
アルミナが息を呑むのが見えた。彼女は昨日の光竜暴走を思い出しているはずだ。
「貴様……無属性の分際で、何を根拠に!」
「根拠なら、今、足元にありますよ」
僕はコツン、と革靴のつま先で床を叩いた。
「気づいてませんか? この会場の床下。地下を流れるレイラインの周波数が、さっきから『半音』ズレてる」
ざわめきが広がる。
魔術師たちが慌てて手元の測定器を確認し始める。
「……う、嘘だろ?」
「本当だ……微細だが、魔力の波長が変調している……!」
「ありえない。ここは大陸で最も安定した地脈のはずだぞ!?」
僕は続ける。
「今のこの不安定な地脈の上じゃ、帝国の術式は暴発するし、光国の術式は機能不全を起こす。どっちを標準にしても、世界中で事故が起きるだけだ。……今の議題そのものが、前提から間違ってるんですよ」
完全な静寂。
誰も反論できない。僕が指摘した「事実」が、彼らの政治的プライドを粉々に砕いたからだ。
グラウ将軍は顔を朱に染めて唸り、アルミナは顔面蒼白で僕を見つめている。
その視線には、昨日の「泥の少年」と、今の「論客」が重なった衝撃が宿っていた。
「くっ、くく……ハハハハハ!」
沈黙を破ったのは、ザラフの豪快な笑い声だった。
「聞いたか、お偉方! 俺の連れてきた『観測者』の言う通りだ。テメェらの自慢話は、足元の揺れも見えねえ空論だってよ!」
ザラフが嬉しそうに机を叩く。
僕は肩をすくめて席に戻ろうとした。
これ以上は刺激が強すぎる。
だが――その時だ。
ズズズズズ……。
低い地鳴りが、ホールの底から響いてきた。
僕が指摘した「地脈のズレ」ではない。もっと物理的な、巨大なエネルギーの奔流。
「な、なんだ!?」
「地震か!?」
シャンデリアが激しく揺れ、八色の魔力灯が明滅する。
僕の視界が、一瞬で「警告色」に染まった。
床下のレイライン。その奥深くから、見たことのある色が溢れ出してくる。
――毒々しい、紫色。
(来た……!)
故郷を焼いたあの光だ。
それが今度は、この大陸の中枢を飲み込もうとしている。
「総員、防御結界を展開しろ!」
「逃げるな、鎮めろ!」
議場はパニックに陥った。
エリートたちは叫ぶだけで動けない。彼らの知識には、この「未知の魔力」への対処法がないからだ。
床の大理石に亀裂が走り、紫色の光が噴水のように吹き上がる。
直撃を受けた精霊同盟の賢者が、悲鳴を上げて「木」に変質していくのが見えた。
「――ザラフ!」
僕は叫んだ。
「来るぞ、防御じゃない! 退避だ!」
大陸魔術会議、初日。
議論は決裂し、世界を揺るがす「色素暴走」が、今ここで幕を開けた。




