水王-3
水王-3
魔術機関を統括するミレリアは、帝国領域内で戦争が発生すると、不死隊を率いて近くまで駆けつける。自らが戦争に参加するため、というよりは戦場で使われる魔術の管理が主な任務だ。味方側が使う魔術やそれに関連する機材の管理。そして相手側が戦場に残した魔術機材などからの、相手の持つ魔術に関する戦力の割り出しなど、やることは多岐に渡る。
その中には相手の領域近くまで侵入して、現地の情報を収集する、と言った危険な任務もある。その日の夜はまさにその任務の最中であった。朝方になって敵側との偶発的な接触が起こり、戦闘が始まったのである。
・・・・
テオドロスが腰を深く落として、両手で大剣を水平に構えると、腰をひねるとともに剣を突き出し、目の前の敵兵を鎧の上から串刺しにして、一撃で屍に変えた。さらに踏み込むとともに屍の刺さった大剣を背中側に半周させると、屍を背負い投げする形で敵兵の集団に投げ入れる。敵兵がよろけた隙に、テオドロスは跳躍しつつ大剣を振り上げ、着地と同時に跳躍先の敵兵への袈裟斬りを決めた。その勢いのままに、自身を軸にして反時計回り大剣を回転させると、周りの敵兵を竜巻のように薙ぎ払った。
(フム、やりやすいな)
テオドロスは内心で呟きつつ、大剣を構えなおした。先ほどから敵兵が弓や投石などでテオドロス達を狙ってくるのだが、ミレリアが魔術で作り出した水壁によってことごとく防がれている。テオドロス達は飛び道具に気を割くことなく、戦闘に集中することが出来ていた。
テオドロスは認めざる得なかった。訓練では活躍していた新兵が、戦場に来たら恐怖で使い物にならない、という事は多い。テオドロスはミレリアがそうなるかもしれないことを事前に織り込んで、余裕を持って部隊編成をしていたが、その心配は杞憂に終わった。
(血みどろの戦場だというのに、それを気にする素振りが無い・・・まさか過去に戦場の経験でもおありなのだろうか・・・)
そう内心で呟いていると、味方の兵から警告の声が上がった。
「ドラゴンです。飛竜種がこちらにやってきます!」
テオドロスは吠える。
「総員、集まって円陣を組め!魔術部隊は防衛に集中しろ!我々近接部隊は、魔術部隊への接敵を許すな!」
テオドロスは、面倒なことになったな、と思いつつ防御態勢を固めるように指示した。
ドラゴン族の中でも飛竜種は、敵として相対する場合にとても厄介な相手だった。まず飛翔能力が高いので直ぐに距離を取られる上に、こちらの飛び道具が中々当たらない。その上で、向こうは距離をとったうえで魔法弾で遠距離を仕掛けてくる。典型的なヒット・アンド・アウェイ。近年になってドラゴン族がその勢力を拡大しているのは、この飛竜種が魔術によって強化されているから、という面が非常に大きい。帝国は自らの魔術によって、大変厄介な敵を生み出してしまった。
この場合に取るべき戦術としては、全員で集まって防御を固めるというのが典型的だ。散らばっていると各個撃破されてしまうため、集まって防御に専念して相手の魔力切れを待つ。または隙をみて一撃の有効打を入れる。飛竜種の飛翔能力は諸刃の剣であり、高度をとっている状態でその飛翔能力を失う損傷を受けた場合、そのまま落下して戦闘不能になるのだ。
ただ、今回のテオドロス達の任務は潜入捜査であり、あまり戦闘に時間を掛けたくない。
(部隊を二つに分けて、防御と撤退を繰り返し、少しづつ戦場から離脱すべきか・・・)
テオドロスが今後の作戦を考えている最中であった。
ピチャン
どこからともなく水の滴る音が聞こえた。テオドロスは嫌な予感を抑えつつ、ミレリアが居たあたりを振り返る。そこには脱ぎ捨てられたミレリアの衣服が落ちていた。
「あんのぉぉぉぉ!!!」
馬鹿!とまで言い切るのは何とか堪えたテオドロスは、飛竜種の方を向きなおす。
(何というお人だ・・・)
テオドロスは内心で呆れつつも、これから起こることを少し楽しみにしている自分が居るのも分かっていた。ミレリアの考えたあの戦法に、興味が無いと言えば嘘になるからだ。




