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剣と魔法と引きこもり7 ― 混沌には混沌を:迷惑悪戯vs天然災害 ―  作者: 神凪 浩
第四章 史上最悪の後片付けクエスト
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第二十七話 クエスト2『幸運のブタの鎮魂歌』

 王都ソラリアの中央広場は、地獄のような、しかし、どこか生産的な活気に満ちていた。

 アイリス分隊に課せられた『史上最悪の後片付けクエスト』の、第一の試練『彫像たちの修復』。

 その、あまりに理不尽な共同作業は、二人の英雄の、不毛な罵り合いと共に、続けられていた。

「なってないであります、ジーロス殿! もっと、こう、魂を込めて、情熱的に塗るでありますぞ!」

「ノン! 筋肉馬鹿に、芸術が理解できるものか! そもそも、君がこの英雄像をあのような醜悪な筋肉の塊に変えなければ、僕がこんな屈辱的な修復作業をする必要もなかったのだよ!」

「なんだと、この、もやし野郎!」

「言ったな、脳筋!」

 激情のギルと、光輝魔術師ジーロス。

 筋肉と美学、水と油の二人は、聖女アイリスの、氷のような視線の監視の下、しぶしぶ、共同で、彫像の修復作業に当たっていた。

 その、あまりに非効率で、あまりに不毛な光景を、アイリスは、こめかみを抑えながら、ただ、見守っていた。

 そして、その地獄の共同作業を、少し離れた場所から、腕を組み、高みの見物を決め込んでいる男がいた。

 不徳の神官、テオ。

 彼は、この後片付けクエストにおいて、まだ、何の役割も与えられていなかった。

「ひひひ…。いい気味だぜ、あの二人。俺様は、高みの見物と洒落込ませてもらうか」

 彼が、自らが引き起こした「幸運のブタ探しブーム」のことは、完全に棚に上げて、ほくそ笑んでいた、まさにその時だった。

『―――さて、と。次の、役者の出番だな』

 アイリスの脳内に響いたノクト()の声。

 アイリスは、はっと顔を上げると、テオに向き直った。

「テオ。あなたへの、任務です」

「…へ?」

「クエスト2、『幸運のブタの鎮魂歌』。…民衆の、あの、狂気じみた宝探しブームを、あなたの手で、鎮めなさい」

 その、あまりに真っ当な指令に、テオは、一瞬、拍子抜けした。

「なんだ、そんなことか。お安い御用だぜ。俺が、あれは嘘だったと、一言、言やあ…」

「いえ、そうではありません」

 アイリスは、首を横に振った。

 そして、脳内に響く、悪趣味な作戦を、自らの作戦であるかのように、告げた。

「あなたは、『ついに幸運のブタが発見され、天に還っていった』という、さらなる、壮大な嘘をつくのです。それも、王都中の民衆が、納得し、涙を流して、感動するような、最高のショーを、演出して」

「…はあ!?」

「そして、そのショーにかかる費用は、全て、あなたが、これまでの、宝探しブームで、稼いだ金で、賄いなさい」

 テオの、顔が、引き攣った。

 自らが生み出した熱狂を鎮めるためのショーの費用を、その熱狂を利用して稼ぎ出した、自らの利益で、支払え、と。

 それは、彼の、詐欺師としての、そして、商売人としての、魂そのものを、否定するかのごとき、あまりに矛盾に満ちたクエストだった。

「ふ、ふざけるな! なんで、俺が稼いだ、聖なる利益を、そんな、下らねえショーのために…!」

「…それが、今回の作戦です」

 アイリスの、冷たい一言。

 テオは、わなわなと、震えた。

 だが、彼には、断るという、選択肢は、なかった。

 目の前の、この聖女が、時折見せる、常人離れした発想と、その有無を言わせぬ迫力の恐ろしさを、彼は、嫌というほど、知っていたからだ。

「…くそっ…! やってやろうじゃねえか…!」

 彼は、涙目になりながら、しかし、その、詐欺師としての魂に、再び、火をつけた。

「…どうせやるなら、中途半端なショーは、やらねえ。王都中が、いや、歴史が、永遠に語り継ぐ、最高の、鎮魂祭を、プロデュースしてやるぜ…! そして、そのショーの、どさくさに紛れて、新しいグッズを売りさばいて、倍にして、取り返してやる…!」

 彼の、強欲の炎は、まだ、消えてはいなかった。


 ◇


 その日の、夕暮れ。

 王都ソラリアの空は、異様な、しかし、どこか神聖な熱気に包まれていた。

 テオの情報網(という名の、金で雇ったチンピラたち)によって、「今宵、幸運のブタが、ついに、その姿を現し、天へと還る、最後の奇跡が起きる」という、新たな噂が、王都中を駆け巡っていたのだ。

 人々は、仕事も、家事も、そっちのけで、王城の前の、中央広場へと、集まってきていた。

 その、熱狂の渦の中心。 広場に、急ごしらえで作られた、巨大な祭壇の上に、テオが、いつもの、胡散臭い神官服ではなく、純白の、どこか高尚な雰囲気の司祭服に身を包んで、立っていた。

「―――聞け! 幸運を、信じる、全ての、子羊たちよ!」

 彼の、朗々とした声が、魔力で増幅され、広場全体に響き渡る。

「長きにわたり、我々の心に、夢と、希望を与えてくれた、あの、聖なるブタの化身…。その、地上での、役目は、ついに、終わりの時を、迎えた! 今宵、我々は、その、尊き魂が、天へと還る、その、奇跡の瞬間の、目撃者となるのだ!」

 その、あまりに、もっともらしい、そして、感動的な口上。

 人々は、固唾をのんで、空を見上げた。

 テオは、祭壇の隅で、腕を組む、ジーロスに、そっと、合図を送った。

(おい、ナルシスト! 準備は、いいな!? 失敗したら、お前の、今日のギャラは、なしだかんな!)

(ノン! 僕の芸術を、金で測るな、俗物め! だが、任せたまえ! この、悪趣味な演出プランを、僕の、この、美的センスで、最高の芸術へと、昇華させてご覧にいれよう!)

 ジーロスは、天に、両手を、掲げた。

 彼の、有り余る魔力が、夜空という、巨大なキャンバスに、光の絵筆を、走らせていく。

 最初に、夜空に、一筋の、流れ星が、走った。

 人々から、おお、と、感嘆の声が、上がる。

 流れ星は、一つ、また一つと、その数を増やし、やがて、天の川のように、夜空を、埋め尽くしていく。

 そして、その、光の川の中から、一つの、まばゆい光の塊が、ゆっくりと、姿を現した。

 それは、ただの、ブタではなかった。

 純白の、羽を持ち、その、丸々とした体は、後光のように、神々しく、輝いている。

 まさしく、「聖なるブタの化身」だった。

「おお…!」

「ブタ様…!」

 人々は、その、あまりに神々しい光景に、涙を流し、ひざまずき、祈りを捧げ始めた。

 聖なるブタは、ゆっくりと、王都の上空を、旋回した。

 その、優雅な飛翔に合わせて、ジーロスが、光の魔法で、天から、キラキラと輝く、祝福の光の雨を、降らせる。

 それは、あまりに、美しく、あまりに、感動的な、光景だった。

 ブタは、最後に、王城の、最も高い塔――ノクトがいる、あの塔――の上空で、一度だけ、大きく、旋回した。

 まるで、このショーの、真の演出家に、最後の別れを、告げるかのように。

 そして。

 ―――ブヒッ。

 と、一声、神々しく、鳴くと、その体は、無数の、光の粒子となって、夜空の闇へと、溶けて消えていった。


 後に残されたのは、絶対的な静寂と、頬を伝う、温かい涙だけだった。

 人々は、もはや、幸運のブタを、探し回ることはないだろう。

 彼らの心には、幸運を、手に入れることよりも、遥かに、大きなものが、残されたのだから。

 夢と、希望と、そして、ほんの少しの、感動。

 テオが、たった一つの嘘で始めた、この壮大な茶番劇は、今、彼自身でさえも、予想しなかった、最も、美しい形で、その幕を、閉じた。

 彼は、祭壇の上で、一人、呆然と、立ち尽くしていた。

(…なんだ、こりゃあ…。俺は、ただ、自分のケツを、拭くために、このショーを、やっただけだっていうのに…。なんで、俺まで、ちょっと、感動しちまってるんだ…?)

 彼の、詐欺師としての、乾いた心に、ほんの少しだけ、温かい、何かが、染み渡っていくような、不思議な感覚。

 彼は、慌てて、その感傷を、振り払った。

「ひひひ…! さあさあ、皆さん! この、奇跡の夜を、永遠に、心に刻むための、記念グッズは、いかがかな! こちら、『幸運のブタの、最後の涙(ただのガラス玉)』! 限定百個だよ!」

 彼の、商魂は、まだ、死んでは、いなかった。


 その頃、塔の上のノクトは、水盤に映るその光景を、満足げに、見ていた。

「フン。まあ、及第点、といったところか。…ジーロスの、あの、悪趣味なまでの、光の使い方は、評価してやってもいい」

 彼は、ポテチを、もう一枚、口に運んだ。

 彼の、悪趣味な、後片付けクエストは、まだ、終わらない。

 次なる、そして、最後の試練が、まだ、残されているのだから。

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