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剣と魔法と引きこもり7 ― 混沌には混沌を:迷惑悪戯vs天然災害 ―  作者: 神凪 浩
第四章 史上最悪の後片付けクエスト
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第二十六話 クエスト1『彫像たちの修復』

「クエスト1、『彫像たちの修復』。クリア条件は、街中の彫像を元に戻すための、『芸術家の魂を癒す、魔法の塗料』の入手です」

 アイリスが、ノクト()から与えられた最初のクエストを告げると、仲間たちは、きょとんとした顔で、顔を見合わせた。

「魔法の、塗料…?」

「はい。その塗料の材料は、二つ。…『筋肉の獅子が流す悔し涙』と、『美の神のため息』。この二つを、調合することで完成すると言われています」

 その、あまりに、詩的で、あまりに、意味不明な材料名。

 テオが、真っ先に、口を開いた。

「ひひひ…。なんだそりゃ。要は、ギルの旦那と、ジーロスの旦那の、涙とため息ってことか? なぜ、そんなもんが、塗料になるんだ?」

「…分かりません。ですが、そう言われているのです」

 アイリスは、首を横に振った。

 彼女の脳内では、ノクト()が、くっくっと、楽しそうに笑っていた。

『フン。ただ、後片付けをさせるだけでは、面白くないだろう。これは、奴らが自らの過ちを、自らの感情で、清算するための、儀式なのだよ。最高の、エンターテイメントだ』

(…本当に、性格が悪いですね、あなたは…)

 アイリスは、涙目になっていた。

「姉御の、涙を、誘う…。なんと、罪深いことをしてしまったのでありましょうか…!」

 ギルは、もはや、請求書のことなど、どうでもよくなっていた。

 ただ、ひたすらに、自らの軽率な行動が、敬愛する姉御を悲しませてしまった、という事実だけが、彼の、単純な脳を支配していた。

「うおおおおおおおっ! 姉御ぉおおおおおっ!」

 彼は、その場で、崩れ落ちると、子供のように、わんわんと、泣き出した。

 その、あまりに純粋で、あまりに、暑苦しい、後悔の涙。

 それは、床に、大粒の染みを作っていく。

 その、ギルの、あまりに情熱的な、しかし、どこか滑稽な号泣劇。

 それを、ジーロスは、扇子で口元を隠しながら、冷ややかに、しかし、どこか、物悲しい目で、見ていた。

(…ノン。…なんという、醜態だ…。自らの、芸術的失敗を、ただ、涙で、洗い流そうとは…。だが…)

 彼の、脳裏に、自らが引き起こした、混沌の光景が、蘇る。

 不気味な光のオブジェに、怯える、子供たちの顔。

 不快な高周波に、眉をひそめる、老人たちの顔。

 自分の、独善的な芸術は、確かに、人々を、傷つけた。

 そして、何より、その、混沌の中心で、ただ一人、全ての責任を、背負わされていた、この、か細い聖女の、疲れ果てた、横顔。

(…僕の、芸術が…。聖女を、ここまで、追い詰めた…。なんという、醜態だ…)

 彼は、自らの、芸術家としての、未熟さを、恥じた。

 彼の口から、深くて、重い、ため息が漏れた。

 それは、ただの、ため息ではなかった。

 自らの、芸術への、絶望と、そして、それでもなお捨てきれない、美への渇望が、入り混じった、複雑なため息だった。

「…あ」

 シルフィが、小さな声を上げた。

 彼女は、ギルが流した涙が溜まった、床の水たまりと、ジーロスが吐き出した、ため息が、まるで、霧のように、漂っているのを、指さした。

「…涙と、ため息が…。混ざって、キラキラしています…!」

 その言葉に、全員が、はっと、息をのんだ。

 ギルの、純粋な後悔の涙と、ジーロスの、芸術的な苦悩のため息。

 その、二つの、全く異なる、しかし、等しく純粋な感情が、空中で、混じり合い、まるで、オーロラのように、淡く、七色に輝く、不思議な液体を、生み出していたのだ。

「…これ、が…」

「…『芸術家の魂を癒す、魔法の塗料』…」

 あまりに、詩的で、あまりに、馬鹿馬鹿しい、奇跡の瞬間。

 テオは、その液体を、空き瓶に詰めながら、呆れたように、呟いた。

「ひひひ…。ったく、やってらんねえぜ、このパーティーは…」


 ◇


 こうして、最初のクエストは、あまりにも、あっけなく、そして、あまりにも、シュールな形で、クリアされた。

 だが、本当の地獄は、ここからだった。

「―――では、これより、彫像の、修復作業を、開始します」

 アイリスは、王都の中央広場で、腕を組み、仁王立ちになっていた。

 彼女の前には、布で覆われた、あの、巨大な、筋肉隆々の、英雄アレスター像。

 そして、その両脇で、互いを、殺さんばかりの目で、睨み合っている、二人の男。

「…いいですか、二人とも。これは、罰です。あなたたちが、自らの手で、汚したものを、自らの手で、元に戻すのです」

 彼女は、ギルとジーロスに、それぞれ、刷毛と、魔法の塗料が入った、桶を、手渡した。

「ギルは、あなたが、付け足した、余計な筋肉を、全て、元の、普通の姿に、戻しなさい」

「ぐっ…! この、完璧な肉体を、貧弱に…! 拷問でありますか、姉御!」

「ジーロスも、ギルの作業を、手伝いなさい」

「ノン! この、醜悪な作業を、僕にやれだと? それこそ、拷問だ!」

 筋肉と、美学。

 水と、油。

 決して、相容れない、二つの混沌が、今、一つの、目的のために、強制的に、協力させられる。

 地獄の、共同作業の、始まりだった。

「ああ、なってない! その、刷毛の、動かし方! もっと、こう、情熱を、込めるのであります!」

「うるさい、筋肉馬鹿! 君の、その、力任せの、雑な作業こそが、美を、汚しているのだ!」

「なんだと、この、もやし野郎!」

「言ったな、脳筋!」

 二人の、罵り合いの声が、青空に、虚しく、響き渡る。

 アイリスは、その、あまりに不毛な光景に、こめかみを抑えながら、この、史上最悪の後片付けが、一体、いつ終わるのかと、ただ、遠い目をするのだった。

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