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第3話 縁談 2

本日三話投稿します。

「ルチア、久しいな」


 ルチアの目の前には、金髪碧眼のキラキラしい男が、無駄に長い髪の毛をかき上げながらカッコつけて立っていた。ヒラヒラしたフリルのついた白いシャツに、足長効果を期待したのか黒と茶色のストライプの細身のズボンを履き、ネックレス、ブレスレット、指輪等など、ギラギラとアクセサリーを付けている。

 下手に顔が良いからか、昔から自分はモテると信じて疑わないこの男こそ、ゴールドフロント王国王太子、アレキサンダー・ゴールドフロントだ。


 アレキサンダーとの出会いは十年前、貴族子弟の交流会と称したアレキサンダーの側近、婚約者候補選出の為の王妃様のお茶会でだ。アレキサンダーは……昔からクソガキだった。何度か茶会で会った時など、髪の毛を引っ張られたり、お菓子を取り上げられたりしていた。

 二歳年上の王太子(当時は第一王子)に面と向かってやり返せなかったルチアは、こっそりアレキサンダーのポケットに虫を入れたり、椅子にアカザの実(潰れると赤い汁が飛び散り、衣服につくとなかなか取れない)を置いたりして溜飲を下げていた。


「お久しぶりでございます、殿下」


 ドレスの裾を引いてカーテシーをすると、ルチアはなるべくアレキサンダーと視線を合わせないようにする。

 今日ルチアが王城に来たのは、アレキサンダー主催の茶会の招待状をもらったからなのだが、庭園外れの温室に用意されているお茶セットは、二組しかないように見える。

 史上最高の嫌がらせか?と、ルチアの頬が引き攣る。


「ふむ……顔は昔から美しいが、体形が全く変わらんな」


 久しぶりに会っての会話がそれ?


 ルチアの眉がヒクッと動いたが、淑女教育のおかげか、笑顔を崩さずにすんだ。アレキサンダーはルチアに席を勧めることもなく椅子に座ると、ペラペラと勝手なことを喋りだした。本当は、身分が上の相手から許可がないうちに礼を解くのは失礼に当たるのだが、ルチアは気にせずに頭を上げた。


「まあ、おまえのプラチナブロンドなら、俺のこの美しい金髪に並んでも、そこまで見劣りもしないだろうし、華奢で小柄な体形は、俺が大きく見えるからいいか」


 値踏みするようにジロジロ見られて、ルチアの苛々ゲージがどんどん溜まっていく。

 見栄っ張りのアレキサンダーが、上げ底ブーツを履いて、足の長さを五センチ誤魔化しているのを、ルチアは知っている。何せ、二回もこの男の妻をやりましたから。ブーツを脱いでズボンの裾を引きずって歩く姿とか、笑っちゃうからね。


 その姿を思い出して、ルチアは苛々を解消する。


 僕ってイケてるって自信満々のアレキサンダーだが、実はコンプレックスがちょいちょいある。筋トレしても筋肉のつかない貧弱な身体、若干短めの足、そして今はフサフサしているけれど、遺伝的に薄くなりそうな頭だ。(国王様、最近後頭部が……なんだよね)


「私なんかが殿下の隣りに並ぶなんて、恐れ多いことでございます」

「今はな。しかし、結婚したら王太子妃として並び立つことになるからな」

「ご婚約のお話、まだお受けしておりませんが」

「は?おまえなんかが断れると思っているのか?ははは、別におまえじゃなくても僕はかまわないんだが、おまえは腐っても侯爵令嬢だし、父親は政治に関わりも薄いだろ。皇太子妃にはうってつけなんだそうだ。そう、ただそれだけで、俺がおまえを指名したとか勘違いするなよ」


 いい加減席を勧めろよ……と思うが、ここまで立ちっぱなしだと、アレキサンダーが不安になるくらい、頭頂部を凝視してやる!と目線をアレキサンダーの頭頂部に固定する。

 もしかして薄い!?って、不安に思うといいわ!


 ルチアの視線の先に気がついたアレキサンダーは、若干挙動不審になりつつ、ルチアがいまだに立ったままだということに気がついたようだ。


「まぁ……座れ」


 これ以上上から見下されたらたまらないと思ったのか、なんとなく気まずく思ったのか知らないが、やっとルチアに席を勧めてきた。ルチアが椅子の前に行くと、侍従がホッとしたように椅子を引いてくれ、他の侍従が紅茶をサーブしてくれた。


「先程のお話ですが、実は他に考えている縁談がありまして……」


 嘘は言っていない。縁談話が来ているとは言っていなく、一方的に考えて釣書を送りつけただけだ。


「は?僕以上に良い話はないだろう」


 まあね、次期王妃確定と言われれば、そりゃ良い縁談話だろうが、正妃は早い者順ではないから、他の妃とドロドロした争いなんかしたくない。何よりも一番の問題は、夫になる人物の為人である。


「それはなんとも……。お相手はこの国の人ではありませんから」

「は……?おまえに他国の王族から縁談が来る訳ないだろ」


 はい、ごもっともです。


「王族ではありませんよ」

「じゃあ、誰なんだよ!」


 アレキサンダーはテーブルをドンッと叩き、紅茶が溢れてテーブルクロスにシミを作った。

 相変わらず短気だな。短気で短慮、自分の都合の良いことしか受け入れなくて、これが我が国の次期国王とか、将来が思いやられるよね。


「ノイアー・エムナール様です」

「は?」


 口をポカンと開けて、間抜け面もいいところだ。その口の中に砂糖菓子でも放り込んであげようかなと思いながら、ルチアは紅茶に口をつけた。


「ですから、ノイアー・エムナール大将、隣国プラタニアの雷靂将軍様ですよ」

「雷靂……」


 衝撃を受けた様子のアレキサンダーを横目に、ルチアはお茶会のお茶とお菓子を堪能してアレキサンダーの復活を待った。


(この砂糖菓子、口の中に入れたらホロホロ崩れて美味しいわぁ。さすが王族御用達の菓子屋、味だけじゃなく見た目まで繊細で、見て楽しく食べて美味しいとか最高!)


 アレキサンダーはけっこう長い時間放心していたと思う。ルチアはテーブルに並べてあった菓子をあらかたたいらげ、サーブ係の侍従にお代わりを頼んだところだった。見るからに華奢で、スプーン一杯でもお腹がいっぱいになってしまうんじゃないかと思われがちなルチアだが、実は痩せの大食いなのだ。


「……エムナール大将って、ルーよりも十歳も年上じゃないか!」


 復活したと思ったら、いつの間にか幼少期の呼び方に戻っていた。なんか、そこまで親しくないんだから止めて欲しい。前の前の人生では夫婦だったから「ルー」呼びだったけれど、それを思い出して……鳥肌が立つくらい気持ち悪いんですよ!


「ルチア嬢か、シンドルフ侯爵令嬢でお願いします」

「いや、今は気にする場所はそこじゃないだろ?」

「何でですか?私達は婚約者でもなんでもないのですから、呼び方は重要ですよ。それと、十歳くらいの年の差は、たいした問題ではないですよね?政略結婚ならば、それこそ祖父くらいの年齢の方に嫁ぐこともありますし」

「いやいや……彼は伯爵だ。侯爵令嬢であるルーとはつり合わない。実家は侯爵家のようだが、次男だから後継ぎじゃないし」


 なるほど、年齢は二十六歳、侯爵家出身の次男で、伯爵位を継承しているらしい。

 エムナール大将について知らなかったことが、アレキサンダーの口から溢れて出てくる。エムナール大将のことは調べないと……とは思っていたから、アレキサンダーが教えてくれるのならばちょうど良い。


「それに、二十も半ば過ぎて未婚とか、重大な欠陥があるに違いない。そうだ!男ばかりの軍隊に入り浸って、屋敷にはあまり帰らないという噂を聞く。きっと、男色家に違いない!」


(未婚なんだ。これは良い情報を聞いたよね。性的趣向はどうしようもないけれど、万が一そうでも、全然白い結婚でかまわないし、なんなら好きなひとのカモフラージュに使ってくれれば良い。アレクとの閨は痛いばかりで最悪だったし、あんなことをしなくて良いなら、はっきり言ってしたくないしね)


「残忍で陰険で……」


 そこからはただの悪口になっていったので、ルチアは右から左に聞き流しておいた。


 ★★★ アレキサンダー視点


 ルチアと初めて会ったのは、アレキサンダーの為に王妃が開いた茶会だった。

 波打つシルバーブロンドの豊かな髪が日の光にきらめき、薄紫色の瞳は輝く宝石のようだった。美少女と名高いシンドルフ侯爵令嬢は、アレキサンダーの予想以上に美しい少女だった。


「この中で、僕の美しさに見劣りしないのはあそこの娘くらいじゃないか」

「ルチア・シンドルフ侯爵令嬢ですね。確かに、第一王子殿下のお隣りに並ばれたら、一対の人形のようにお美しいことでしょう」


 侍従の言葉に、小さなアレキサンダーは大仰に頷く。


 多くの子供達がアレキサンダーの前に連れてこられ、くだらない挨拶を聞いている中、やっとルチアがアレキサンダーの前に連れてこられた。


「シンドルフ侯爵の末娘、ルチアと申します」

「ルチアか。俗っぽい名前だな」


 それまでは、挨拶をされてもそっぽを向いていたアレキサンダーが、初めて招待客に声をかけた。


「それに、その真っ白い金髪はなんでそんなにウネウネしているんだ」


 アレキサンダーがルチアの髪の毛を掴み、自分の方へ引っ張った。


「殿下、ご令嬢の髪の毛をそのように掴まれましては……」


 侍従が慌てて止めようとするが、アレキサンダーを叱れる者はおらず、ルチアも泣かずに耐えた為、アレキサンダーはルチアの髪の毛が数本抜けてしまうほど引っ張ってしまった。


「次のご令嬢がお待ちですので、ご挨拶はこれまでに。シンドルフ侯爵令嬢様、お席にご案内いたします」


 侍従がルチアを連れて行ってしまい、ルチアとの対面を見てすでに半泣きになっている次の子供を無視し、会場の探検をすることにした。


 この後、なぜかポケットに忍び込んだ青虫が、口を拭こうと取り出したハンカチについていて、アレキサンダーの顔面に青虫が張り付いた……なんてアクシデントも発生したが、アレキサンダーがこの茶会で唯一覚えた子供の名前が、ルチア・シンドルフであった。


 それからも何回かの茶会でルチアに会い、見かける度にちょっかいをかけた。好きな女子の気を引きたいがゆえの行為だったのだが、元が手加減を知らないわがまま王子であったので、行き過ぎたただの虐めに周りには見えていた。もし、ルチアが泣いて助けを求めたら、さすがに侍従達も止めただろうが、か弱く儚げに見えるルチアが、アレキサンダーを上手く躱していたり、こっそりと反撃しているのを見て、侍従達は陰ながらルチアを応援し、ルチアのしたことには見て見ないふりをした。


 そして、アレキサンダーが十八歳になった年の暮れ、父王から婚約者候補が決まったと告げられた。

 相手はルチア・シンドルフ侯爵令嬢。婚約を打診する親書を既に送り、返事待ちだということだった。


 アレキサンダーは断られるなんて考えは毛頭なく、さっそくルチアをお茶会に誘い、婚約者としての親睦を深めようとしたのだが……。


(隣国プラタニアの敵将との縁談と秤にかけているってどういうことだ!?あんな厳ついおっさんと、見目麗しい僕が同列!?)


 アレキサンダーは、こんな衝撃を受けたのは、生まれてこの方初めての経験だった。




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