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第27話死に戻らないその後

「お嬢様、お手紙が届いております」


 侍女のアンが一通の手紙を持って私室の扉をノックした。


「入って」


 アンが部屋に入って来て、三時のおやつを食べていたルチアの前に一通の手紙を置いた。


「お父様からだわ」


 手紙にはシンドルフ家の蝋封がされており、少し右上がりの字は父親の見慣れた書体だった。

 手紙の封を切ると、時候の挨拶から始まり、遠く離れたルチアの様子を心配する文章、侯爵家の近況報告と続き、そして本題であるアレキサンダーの話で閉められていた。


 アレキサンダーの廃嫡はもちろん、海を渡った部族との間に縁談が纏まったとのことだった。アレキサンダーの妻になるのは、小さな部族の族長を務める四十過ぎの女性で、その部族は一妻多夫制を掲げており、夫の浮気は公開私刑(妻の裁量)になるくらい、夫の貞操が重要視されているらしい。アレキサンダーは、そんな族長の九番目の夫になる為、すでに海を渡ったとか。


「あらら、これは公開私刑確実ですね」

「公開私刑って、どんなことするの?鞭打ちとか?」

「さあ?私も詳しくは知りませんが、噂によると、アソコをさらして木の棒で打たれるとか」

「アソコって……下半身丸出しってこと?」


 さすがにそれは精神的な私刑かもしれない。あまり想像したくないが、絵面としても情けなさ過ぎる。

 ルチアが想像したのは、下半身丸出しで、木の棒でお尻を叩かれるアレキサンダーだったのだが、アンが言ったのはさらに強烈な内容だった。


「台の上にアソコを乗せて、木の棒で叩くらしいんですけど、乗せられるほどのモノをお持ちじゃなかったらどうするんでしょうかね。手で押さえたら手を叩いてしまいそうですし」


(うん?叩かれるのはまさかのあそこ?)


 ルチアは手紙を封筒にしまい、それと同時に想像もストップさせる。


「まあ、浮気しなきゃいいだけだしね。年上の奥さんなら、アレキサンダー殿下の手綱をしっかりとるんじゃないかしら」

「そうですね。まあ、これであっちこっち手を出す癖は矯正されるでしょうね」


 アレキサンダーとの関わりは切れ、ゴールドフロントとプラタニアとの戦争は起こらなかった。そして、ルチアを何度も殺したノイアーとは今世では恋人同士になれた。これは、死に戻りのループから降りられたということなんじゃないだろうか?


「お嬢様、ぼーっとなさってどうなさいましたか?」

「あ、ううん。なんでもない」

「さあ、そろそろおやつは終了して、夜会の準備をなさらないとですよ」

「そうね」


 今日は、ライザ王女殿下の誕生日をお祝いする夜会が開かれる。色んなことがあり、ひきこもりに拍車がかかっていたライザだったが、最近では少しづつ公の場にも顔を出すようになっていた。


 いまだに、ライザのノイアーに対する想いがどうなったのかはわかっていない。また、アレキサンダーを使った企みについても、純粋にアレキサンダーとルチアが話せば、ルチアがアレキサンダーを選んでノイアーと婚約破棄をすると思ったのか、それとも女癖の悪いアレキサンダーと二人にさせれば、アレキサンダーがルチアを襲って(自分の時のように)ノイアーとの婚約が破談になると思ったから企んだのかもわかっていなかった。


「お嬢様は伯爵様の正式な婚約者なんですから、堂々と出席なされば良いのですよ」

「うん、わかってる」


 国民が、傷物になった(未遂)王女の嫁ぎ先に興味津々で、その第一候補がノイアーであると言われていることをルチアが気にしているんだろうと、アンはルチアを励ますように声をかけた。ライザの誕生日である今日、ライザの嫁ぎ先が発表されるのではないかと、まことしやかに噂されていたからだ。


 アンの手により、きらめく宝石が散りばめられた濃紺のドレスを着付けられ、可憐さを最大限引き出すような化粧を施されたルチアは、まさに妖精のような儚げな美少女になった。口さえ開かなければ、誰もがその純情可憐な佇まいに騙されることだろう。


「お嬢様、素敵です」

「アンの腕がいいのよ」


 そこにやはり正装に着替えたノイアーが現れた。今夜は軍服ではなく、ルチアと色を合わせた礼服を着ており、ノイアーの体格に合った礼服はノイアーのスタイルをより良く見せていた。髪型も整えられ厳ついながら男前がさらに上がっていた。


 思わずお互いに見惚れてしまい、同時に照れくさくなる。ルチアのうなじから垂れるおくれ毛や、アンが頑張って作った胸の谷間、細いウエストなどは清楚な中にも女らしさが感じられ、正直誰にも見せたくないとノイアーは今まで誰にも感じたことのないモヤモヤを感じていた。片やルチアは、ノイアーの格好良さを全世界に言って回りたくてウズウズしていた。


「用意ができたようだな」

「はい。もう行く時間ですか?」

「ああ」


 ノイアーはスマートにルチアに腕を差し出し、ルチアはその腕に手を添える。そのまま二人揃って屋敷を後にし、今日は馬車で王城へ向かった。王城の正面門は多くの貴族の馬車で渋滞が起きているから、ノイアーの馬車は軍部が使う専用の通用門から王城入りする。


「こっちの通用門からだと少し歩くが、あの馬車の列に並んだら夜会の初まりに間に合わないだろうからな」

「今日、本当に王女殿下のエスコートしなくて良かったの?」


 婚約者のいないライザには夜会のエスコート役がいないからと、王妃直々にノイアーにライザのエスコートするようにと要請があったらしい。


「婚約者がいるのに、他の女性をエスコートするような不義理をする訳にはいかない。それに、婚約者がいなければ、親兄弟がその役目を負うのが通例だ。サミュエル殿下には婚約者はいないし、一番の適役はあいつだろ」

「不義理……まぁ、そうだけど」


 義理だけかと、ルチアは唇を尖らせる。


「それに、こんなに美しい婚約者を、一人で夜会になど行かせられる訳がないだろ。今日の夜会は、誰になんと言われても側から離れるつもりはない。たとえ、国王や王妃に言われてもだ」


 馬車が停まり、ノイアーが先に降りてルチアに手を差し出した。ルチアはその手を握り、フワリとスカートをたなびかせちい馬車から降り、ノイアーの手をしっかりと握ったまま、夜会会場となる王城大広間へ向かった。


 会場となる大広間につくと、そこにはすでに多くの貴族が集まっており、広間正面にある巨大なテーブルには、こぼれ落ちそうなくらい大量のプレゼントが置かれていた。


「凄いね、あれ全部ライザ王女殿下へのプレゼント?」

「そうだな。今回は、王女殿下の婚約者を選ぶという噂も流れているし、王家に取り入りたい貴族達が大勢いるんだろう。プラタニア貴族だけではなく、他国からも縁談を望む声が多く上がっていると聞く」


 戦争に勝ち、さらには塩の利権まで手に入れたプラタニア王家に取り入りたい人間は多数いるだろう。きっと夜会でも、ライザの気を引こうと多くの男達が彼女に殺到することだろう。


「なんか、大変そうだね」

「サミュエル殿下がうまくさばくだろう」


 元は人見知りで引きこもり気味な王女だと聞くが、ルチアをノイアーから引き離そうと、あんなに大胆なことまでできたのだから、やればできる女性なんだろう。なにより、いつまでもノイアーに懸想されていては困るから、ルチア的にはライザには早く結婚を決めて欲しいところである。


 しばらくすると、大広間に銅鑼の音が鳴り響き、大扉が開いてサミュエルにエスコートされ、真紅のドレスを着たライザが現れた。その姿はゴージャスの一言で、広間にいた人達は皆見惚れるばかりだった。


「本日は、妹ライザの誕生日を共に祝ってくれて感謝に堪えない。ライザの二十歳の誕生日と、皆の健勝を願って乾杯したいと思う。乾杯」


 サミュエルがライザを伴い壇上に上がり、簡単な挨拶と共に乾杯する。ライザからも一言あるかと思いきや、特に何も言う事なく二人は壇上から降り、ライザを祝う貴族達に囲まれて見えなくなってしまう。


「お祝いに行かないとですよね」

「いや、別に今じゃなくてもかまわないだろ。まずは腹ごしらえでもするか」

「それいいね!行こう行こう」


 今ならば誰もがライザに群がっているから、ビュッフェはガラ空きの筈!ルチアは思う存分人目を気にせずに食べられるんじゃないかと、浮かれ気味に大広間を出て、ビュッフェのある小広間へ向かった。廊下は正面門の大渋滞で入場が遅れた貴族達が大広間に向かっており、小広間に向かう人間はルチア達以外にいなかった。小広間につくと、想像通りに人っ子一人おらず、給仕の侍従が数名いるだけだった。横長の大テーブルには、前菜多数に魚料理に肉料理、デザートまで山盛り状態。どれをとっても美味しそうで、他の貴族がこないうちに、全種類コンプリートしたい!と、ルチアはさっそく皿をとってがっつり肉から乗せていった。


「ルチア、この肉も美味そうだぞ」


 一応盛り付けを美しく、若干のせ過ぎてしまいましたわ……を装って、貴族令嬢が食べるだろう量の数倍多く盛り付けたルチアの皿に、ノイアーが豪快に肉料理を追加でのせる。

 貴族令嬢らしくないと眉をひそめることなく、ルチアの食欲を肯定してくれるノイアーって最高!……なんて思いながらモリモリ食べていた時、侍従が一人小広間に入って来た。


「エムナール伯爵、サミュエル第二王子殿下がお呼びです」

「サミュエル殿下が?」

「はい、先だっての戦の敗残兵について、至急エムナール伯爵にお話することがあるとか」


 それって、今話さなければならないこと?という疑問と共に、こんな時にわざわざ呼び出す程、緊急な出来事が起こったとも捉えられた。


「しかし、今は……」


 ノイアーは、ルチアを一人にしてしまうことを懸念しているようだった。


「私はここで待っているから大丈夫。ここからは出ないわ」


 ルチアは、心配いらないとノイアーの背中を押す。ここなら混雑する大広間と違って、人がほぼいないから変にからまれることもないだろうし、死角になる場所もないから、連れ込まれる心配もない。何かあれば、侍従に助けを求めればいいだけだ。


「そうか?じゃあ、なるべく早く戻ってくるから」

「うん、待ってる」


 ノイアーは侍従の後について広間を出て行った。それから、ルチアはノイアーに言ったことを守り、小広間を出ることなく、食事やデザートを堪能した。

 夜会も中盤を過ぎ、小広間にも食事をする為に人が流れてきた頃、それなりに小腹もたまったルチアは、壁際に設置してあった立食用のテーブルに陣取り、果実水を飲みながら、次に出てくるデザートはなんだろうとデザートのエリアを眺めていた。


 そんなルチアの視界の端を、キラキラした金髪の美青年が横切った。


(第二王子殿下?)


 ノイアーを呼び出した筈のサミュエルが、何故かデザートを堪能していた。ルチアはテーブルを離れ、サミュエルの元へ行った。サミュエルの周りには着飾った令嬢達がたむろしていたが、身体の小さなルチアはうまいこと令嬢達をすり抜けてサミュエルに近付いた。


「第二王子殿下」

「あれ、ルチアちゃん。大広間にいないと思ったら、こっちにいたんだ。君を振り回しながら踊るノイアーのダンスが見れるかと、楽しみにしていたのに」

「私だってノイアーとダンスしたいですよ。で、ノイアーはまだ軍の用事で戻れませんか?」

「軍の用事?」


 きょとん顔のサミュエルに、ルチアの頭の中に「?」が飛び交う。


「えーと、軍事秘密みたいな感じですか?人前では話せない的な」


 その割には、ノイアーを呼びに来た侍従は、周りの耳を気にせず話していたけれど……。


「何を言ってるんだい?」

「ですから、第二王子殿下がノイアーを呼び出したんですよね?先の戦の件で、至急話があるからって」

「先の戦って、砂漠の民との戦のこと?別に事後処理もスムーズに終わっているし、今更なんの話もないけど」


 サミュエルの言葉に、ルチアは表情を固くした。つまり、サミュエルはノイアーを呼び出してなんかいないと言っているからだ。


「ノイアーは、第二王子殿下に呼び出されて出て行きました」

「僕は呼び出してなんか……。それ、いつの話?」

「一時間と少し前くらいです」


 サミュエルは手に持っていた皿を近くの令嬢に渡した。


「ごめんね、これ片付けておいてもらえる?ルチアちゃん、行くよ」


 サミュエルは足早に、ルチアは小走りに小広間を後にした。



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