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第26話救出

「へっぶし……くしょん、はっくしょん、ルチア、はっくしょん!」


 止まらないくしゃみに懲りずに階段を上がって来たのはアレキサンダーだった。ドアをバタンバタン開閉する音がし、一部屋一部屋ルチアを確認しているのか、豪快なくしゃみの音がどんどん近づいてくる。


 ルチアは鍵の閉まらなかった扉を睨みつけ、のし棒を片手にクッションを鷲掴みにしてアレキサンダーを待ち構える。まず、アレキサンダーが部屋に入ってきたら、クッションを投げつけ、くしゃみを連発するアレキサンダーにのし棒をお見舞いする。何事も先手必勝!イメージトレーニングを繰り返しながら、のし棒を握る手に力が入った。


 扉がガチャリと音をたてて開き、ルチアは相手を見ずにクッションを投げつけた。しかし、ちゃんと見ないで投げたせいか、思いもよらずアレキサンダーの反射神経が良かったからか、クッションは扉でガードされて床に落ちた。それだけでも埃は舞ったから、結果アレキサンダーはくしゃみ連発にはなったけれど、威力

 は半減もいいところだ。


「入ってこないで!」

「ルチア……くしゅん」


 アレキサンダーは、くしゃみをした反動で部屋の中に足を半歩踏み入れた。そのまま、くしゃみをしながら部屋の中央まで入って来てしまう。


「ルチア……僕と一緒に……くしゅん……逃げてくれ。ぐずっ……君を愛して……はっくしょん、いるんだ」


 目は涙ぐみ真っ赤になっており、鼻水はダラダラ、くしゃみをしながらの告白は、ルチアの心に……全く響かなかった。


「前も言いましたけれど、私が好きなのはノイアーだから。一緒に逃げる意味がわからないです。というか、アレキサンダー殿下……いえ、アレキサンダー様が失くすのは、王太子という地位だけですよね。わざわざ外国に逃亡する必要なくないですか?」

「そんな、廃嫡は手始めだろう。王太子には手が出せないから、一般人に落として、それから投獄するつもりに決まっている!」

「つまり、投獄されてもおかしくないことをした自覚がある……ということですね」


 アレキサンダーが上着を脱ぎ出し、それを見たルチアはギョッとしてアレキサンダーから距離を取ろうと窓際に寄った。アレキサンダーはさらにシャツまで脱いで肌着姿になると、脱いだシャツで鼻と口を覆った。どうやら、ハンカチくらいでは埃を防御できなかったらしい。


「いや、あれくらいで塩の利権を要求してくるような奴らだ。きっと僕を捕まえに来るに違いない!」


(思い込み、怖っ!)


 どうやら、アレキサンダーは塩の利権よりも自分の方が価値があるとでも思っているようだ。

 アレキサンダーは、一歩でルチアとの距離を詰めた。そして、ルチアがスウィングするよりも素早くのし棒を掴むと、ルチアの手からそれをもぎ取り投げ捨てた。


「ルチア、やっぱりおまえを置いて行くなんて考えられないんだ。僕について来てくれないか」


 片腕を押さえられ、窓に身体を押し付けられた。


「い・や・で・す!」

「僕にはおまえしかいない!二人で新天地で暮らそう」

「一人でどうぞ!」


 ルチアはアレキサンダーの手を振りほどこうとするが、筋肉はなくてもやはり相手は男だ。ルチアの力ではびくともしなかった。


(ここはフリーな手で顔を引っ掻いてやろうか?それとも股間を蹴り上げてやろうか?でも、のし棒ならまだしも、足で直に蹴るのは嫌だ!)


 色々と考えた結果、ルチアはアレキサンダーの鼻と口を覆っていたシャツを勢い良くむしり取った。その途端、ルチアの顔めがけてアレキサンダーのくしゃみが炸裂する。それと同時に、ルチアを押さえていた力も弱まり、この機会を逃してはなるものかと、アレキサンダーの手から逃れようとルチアは精一杯暴れた。

 顔をひっかき、脛に蹴りを入れ、それでもアレキサンダーの手は離れない。やはり股間に一撃しないと駄目なのかと、ルチアが覚悟を決めた時、バタバタと足音が響き、半開きだった扉が蹴り飛ばされた。扉の蝶番が壊れて、斜めになった扉が壁にぶつかり凄い音が鳴った。


「ルチア!」


 埃が舞い上がり、アレキサンダーは慌てて肌着を捲し上げて鼻と口を覆った。薄っぺらくて筋肉のない腹筋と胸筋がルチアの目の前にさらされる。


「キサマ!ルチアに何をした!」


 部屋に入って来たノイアーは、半裸のアレキサンダーを見て激昂し、腰に下げていた剣を引き抜いた。


(あ……あの剣)


 あまりにも見覚えのある大剣に、ルチアは目眩を覚えた。そして、あの大剣に貫かれた前世の記憶がフラッシュバックしてきた。


 ノイアーの怒声に部屋の空気が震え、覇気が稲妻のようにアレキサンダーを貫いた。アレキサンダーはノイアーの覇気の直撃を受け、硬直してしまったかのように動けなくなった。ついでに、ルチアを掴んでいた手にも力が入り、ルチアは眉をしかめて小さなうめき声を上げた。

 それを見たノイアーは、その体格からは想像できないくらい俊敏に動き、一気にアレキサンダーとの距離を詰めると、抜き身の剣を振りかざした。


「ひっ……」


 アレキサンダーが自分の身を守ろうとしたのか、火事場の馬鹿力を発揮し、ルチアの腕を引っ張り、ノイアーの方へ突き飛ばした。


 デジャヴ……。


 目の前に迫りくるノイアーの長剣、そこに向かって倒れ込んでいく自分。ノイアーの驚愕した表情まで、スローモーションのように目に焼きついた。


 このまま前世のようにノイアーの剣に貫かれて人生が終わるのか……。


 一瞬の間に、ルチアが今までの前世を走馬灯のように思い出している間にも、ノイアーの剣は胸元ギリギリまで迫っており、これまとでかと思った瞬間、ノイアーは踏み出した足を踏ん張り、剣の軌道を力任せに変えた。ブンッと剣が横に薙ぎ払われ、その風圧でルチアの衣服を切り裂いただけで剣は吹っ飛んで行き、壁に深く突き刺さった。

 ノイアーに向かって倒れ込んで行ったルチアを、ノイアーは剣を手放した手でしっかりと抱きとめる。


(私……生きてる)


 ノイアーの高めの体温を感じ、ルチアは心底安堵した。その途端に涙が溢れ落ち、ノイアーのジャケットを濡らした。


「ルチア!傷は!?どこか痛むか!?」


 ノイアーがルチアの肩をつかんで引き離し、ルチアの安否を確かめた。切れた胸元から僅かに肌が見えているが、そこに傷がないことを確認すると、ノイアーはルチアの腕や足を擦って怪我の有無をチェックする。どこにも怪我がないことが分かると、ノイアーはジャケットを脱いでルチアの肩からかけ、アレキサンダーとからルチアを隠すようにルチアの目の前に立った。その大きな背中で、アレキサンダーの姿はすっかり見えなくなってしまったが、その安心感からルチアはすっかり落ち着きを取り戻し、涙もすっかり止まった。


「アレキサンダー王子、今回の件、申し開きはあるか」

「……」

「わが国の王女だけではなく、私の婚約者にまでこの狼藉、ただですむとお思いか!」


 ノイアーの背中から怒りの波動がビリビリ伝わってきて、表情は見えないけれど凄まじい怒気をアレキサンダーに向けているのがわかる。ルチアはノイアーの後ろから顔を出し、震えて青くなっているだろうアレキサンダーを見てみると、なんとアレキサンダーは肌着をまくり上げて顔を半分隠した状態で窓に寄りかかり、立ったまま気絶していた。


「ノイアー、アレキサンダー殿下、気絶しているわ」


 ルチアがノイアーの背中を突付いて告げると、ノイアーは髪の毛をクシャリとかきあげ、深い息を吐いて気持ちを静めた。そして、壁に深く突き刺さった剣を抜き取ると、一振りして鞘に納めた。


「ルチア、無事で良かった。さあ、戻ろう」


 ノイアーはルチアを抱きしめ、抱き上げると、アレキサンダーを置いて部屋を出ようとした。


「ノイアー、殿下を放置でいいの?このまま逃げてしまうかもしれないわ」


 見ると、アレキサンダーはもぞもぞと動いており、意識を取り戻しつつあるようだ。


「逃げれば追いかけ、相応の罰を与えるだけだ。俺に追われて剣の錆になるか、自国の王の処罰を素直に受けるか、それはそいつが好きに選べばいい」


 ノイアーはアレキサンダーを振り返ることなく言い捨てると、ルチアを抱き上げたまま部屋を出て階段を下った。屋敷の外に出ると、繋いでもいないのにノイアーの愛馬が待っており、ノイアーを見て前脚の蹄を鳴らしてなにやら抗議しているようだった。


「すまないな。おまえの活躍の場はないんだ」


 ノイアーは愛馬に謝ると、ノイアーがここまでたどり着けた経緯を話してくれた。


 それによると、ルチアの様子を見に一度部屋に戻ったノイアーは、僅かに残された睡眠薬の匂いから、ルチアが誘拐されたことに気づいたそうだ。そして、開け放たれたベランダの窓から、ルチアの部屋のベランダから伸びる不自然な荷台の跡を見つけ、それを辿って裏門にたどり着いたらしい。荷台が裏門に放置されていたことから、ルチアは馬車などで連れ去られた可能性が高いと思ったノイアーは、すぐさま愛馬を駆ってルチアの跡を追った。裏門から延びる轍は多数あり、どれがルチアを乗せた馬車のものかわからなかったが、そんな中一番の功労者はルチアの匂いを覚えていたノイアーの愛馬だった。彼の嗅覚により正確にルチアを乗せた馬車を辿ることができ、途中王城に戻るサントスに会い、今の状況とルチアがいる場所を正しく知ることができたのだ。

 屋敷にたどり着いたノイアーは、戦闘かと気を高ぶらせる愛馬を放置して屋敷に突入してしまった為、不完全燃焼の愛馬がノイアーに文句を言っているらしい。


「あなたのおかげで、酷いことをされる前にノイアーが助けに来てくれたわ。ありがとうね。帰ったら、黒砂糖あげるからね」


 ルチアが馬の首元を叩いてあげると、馬は顔をルチアに擦り付けてきた。黒砂糖効果か、馬の機嫌は戻ったようだ。


 それからルチアはノイアーと騎馬で王城へ迎い、途中、アレキサンダーを捕まえる為に城から派遣された衛兵達とすれ違った。


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