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第24話帰郷

「ここが、ルチアの生まれ育ったシンドルフ領か」


 ノイアーとルチアは、ノイアーの愛馬に乗り、ゴールドフロント国のシンドルフ領までたどり着いた。

 予定ではアレキサンダーを乗せた馬車がシンドルフ領につくのは、三日後を予定しており、ルチア達は間で二日宿をとっただけの強行軍でここまで来た。


「疲れただろう?」

「大丈夫。ちょっと身体が筋肉痛だけどね」


 ほぼノイアーに身体を任せて乗っていたとは言え、乗馬は全身運動だたらしく、ちょっとというよりはかなり身体はバキバキに筋肉痛になったが、ルチアはそれを隠すように伸びをする。


 馬から降り、一歩踏み出そうとしてよろけたルチアを、ノイアーは危なげなく支える。


「運ぼうか」

「あはは、大丈夫。ちょっと躓いただけ」


 さすがに自分の父親相手とは言え、抱っこされた状態で「この人と婚約しました」と報告するのでは、格好がつかない。


 ノイアーの腕に手を添え、ルチアはシンドルフ邸の門をくぐった。


 久しぶりに訪れた実家は、全然変わりはなく、門から屋敷まで延びた石畳に立つと、小さな庭園は全て見渡せ、侯爵邸と言うにはいささか慎ましやかな佇まいである。


「あ、お父様」

「……ルチア?」


 ルチアと同じプラチナブロンドの男が、ルチアを見て驚いたように剪定鋏を取り落とした。庭師のような格好をして木々の剪定をしていたこの男は、これでもシンドルフ侯爵、ルチアの父親のロイドだった。


「危ない!」


 ブーツの先に刺さった剪定鋏を見て、ルチアは血相を変えてロイドに走り寄った。


「だ……大丈夫だよ。運良く足がないとこに刺さったから」


 背が低めなところや、童顔に見える顔立ちはそっくりだった。ルチアが「お父様」と呼びかけなければ、兄だとノイアーは勘違いしたかもしれない。格好だけなら、まず貴族にすら見えないが。


「それにしても、プラタニアで婚約したんじゃなかったのか?まさか、お暇を出されたとか?ああ、ルチア。それならそれで僕は全然かまわないよ。お嫁になんか行かなくてもいいから。うちにずっといたって、誰にも文句はいわせないからね」

「お父様……」


 ルチアは感極まった……訳では無く、ロイドの誤解に言葉をなくしたのと、どうやら先立って来訪を知らせる手紙を書いたのだが、それよりも早く到着してしまったらしいということに気が付き、いきなりノイアーを紹介して良いものか悩んだのだ。目の前にいるのが雷靂将軍だと知れば、気の弱い父親ならば気絶しかねない。さすがに、婚約者の父親に気絶されたら、ノイアーが傷つくんじゃないかと心配した。


「お父様……あのね」


 そこへバタバタとルチアの兄であるライデンが走ってやってきた。


「父上、大変だ。ルチアから手紙が……って、ルチア?」


 ライデンはルチアが書いた手紙を握り締めてやって来て、そこにルチアがいるのを見つけて、ライデンは急停止する。やはりルチアと同じ色の髪色をしているが、こちらはルチアと違って背も高く、年相応に見える顔立ちの整った青年だった。


「お兄様、お久しぶり。婚約者と挨拶に来たの。その手紙にも書いたでしょ」

「おまえ、手紙と同時についてどうする。こっちにもそれなりに準備とかあるんだぞ。主に父上の心の準備だがな」

「ごめんなさい。でも、まあ、そういうことだから」

「おまえ、説明するのが面倒になったんだろ。父上、こちらがさっき届いたルチアからの手紙です」


 ライデンが手紙をロイドに手渡し、目の前に娘がいるにも関わらず、その娘からの手紙を読み出す。お涙頂戴の感動的な手紙ではなく、ノイアーを連れて婚約の報告に立ち寄るという事務的な短い手紙だ。

 一分もしないうちに読み終わったロイドは、ギリギリと音がなるのではないかと言うくらい不自然な動きでルチア達の方を見ると、背の高いノイアーを見上げるように首を動かし、顔色を一瞬にして真っ白にした。


「雷……靂……将……軍……」


 気絶するか!?と、ルチアがロイドを支えようとしたが、ロイドはなんとか踏みとどまり、ガタガタ震えながらではあるが、ノイアーに向かって挨拶をした。


「よ……ようこそ。わ……わ……私がルチアの父で……す」


 片言かな?


「父親のロイド・シンドルフです。こちらは兄のライデン・シンドルフ、嫡子になります」

「ノイアー・エムナールです。挨拶が遅くなり、申し訳ない」

「とんでもございません!本来でしたら、我々がご挨拶に伺わなければならないところ……」


 ライデンが父親の代わりに頭を下げる。


「いや、ご令嬢をお預かりする時点で、私がご挨拶をするべきでした」


 お互いに頭を下げる姿を見て、ルチアはクスクス笑った。


「お兄様、ここでそんな挨拶をするより、座ってゆっくり休みたいんだけど」

「ああ……そうですよね!申し訳ない!どうぞ中へ」


 ロイドが麦わら帽子を脱ぎ、グシャリと握りつぶしながら、震える手を屋敷に向けた。


「お父様、行きましょう」


 ルチアがロイドの腕をとり、エスコートされているふりをしながらしっかりとロイドを支える。


「ルチア……」


 情けない表情の父親は、ルチアの手に片手を乗せ、涙を拭いながら屋敷まで歩いた。


★★★


「まさか、本当にルチアがノイアー殿と婚約できたとは」


 兄ライデンは、ノイアーの口元に視線を落としながらノイアーと会話していた。この方法は、ルチアが手紙の追伸で書いたノイアーとの会話の仕方だった。やはり、好きな人と家族は仲良くして欲しいし、何より視線を合わせただけで気絶されたら、挨拶すらままならないだろうと思ったから書いたのだが、手紙を読む前に父親と再会してしまったのが、痛恨の極みである。


 ノイアーの覇気に当てられて寝込んでしまった父親の代わりに、ライデンがホスト役を務めてくれていた。


「失礼ね。どうせ送り返されると思っていたんでしょ」

「そりゃおまえ、見た目はアレだが、中身はコレじゃないか」


 人をアレだコレだ失礼ねと言いながら、ルチアは目の前の食事にパクつく。久し振りに戻って来たルチアの為に、料理長がルチアの好物ばかり作ってくれたのだ。


「ノイアー殿、本当に妹で良かったんでしょうか?こう言ってはなんですが、妹くらい外見と内面にギャップがある女はいないでしょう」

「それもルチアの魅力かと」


 ノイアーがさらりと惚気たことを言うと、赤く頬を染めたルチアが、嬉しそうにノイアーを見上げた。そんな二人の雰囲気を見て、ライデンは心底ホッとした。恋愛結婚が珍しい貴族の社会で、珍しく恋愛結婚をした両親。その仲睦まじい様子を小さい時から見ていたし、母親が亡くなっても一途に妻を思う父親の様子も見て来た。そんな両親に似た空気感を二人に感じることができたからだ。


「ふつつかな妹ですが、どうぞ末永くよろしくお願いいたします」

「お兄様……」


 ノイアーに頭を下げるライデンにルチアも感極まり……はせず、「もちろん、末永くよろしくされるから安心して」と、殊勝な様子のライデンとは真逆に、ルチアは胸を張り自信満々頷く。


「もちろん、全力で妹君を守ると約束しよう」


(うん!今世は絶対に殺されないし、ノイアーに私を殺させもしないからね)


 ルチアはステーキを頬張りながら、本当に戦争は防げないものか、ゴールドフロントの王にプラタニアからの国書に書いてある条約をのませる方法はないかと、頭を悩ませた。


 ★★★


「ねえ、ノイアー、国書には何が書いてあるか、あなたは知っているんでしょう?」


 月明かりの中、侯爵邸自慢(父親の力作)の庭園をノイアーと散歩しながらルチアは尋ねた。

 国書には、アレキサンダーの愚行と、それについての損害賠償請求が書いてあるとは聞いてはいたが、詳しい内容は教えられていなかった。


「ああ。ゴールドフロントの王太子が、ライザ王女殿下にした破廉恥な行いの詳細だが……」

「あ、それは聞きたくない。耳が汚れそうだから」

「そうだな。他国の王太子になんだが、あれだけやらかしておいて、未遂だ無実だと騒げる神経がわからん」


 どうやら事の詳細は、未遂を主張するアレキサンダー本人から事情聴取した内容に基づいているらしい。ライザは、その内容を聞いて卒倒したそうだが、内容については肯定も否定もせずに黙秘を貫いたとか。


「で、どんな条約が書かれているの?」

「アレキサンダーの廃嫡はもちろん、港の使用権と、塩の製造法の公開と先買権の譲渡だ」

「それって……」


 ゴールドフロントからしたら、金品を請求された方がまだマシだろう。ゴールドフロント産の塩は、金と同等の価値があり、他国との貿易の主軸となっていた。塩を手放して、ゴールドフロントの貿易が成り立つとは思えなかった。しかも、港の使用権を認めるということは、国内におけるプラタニアの自由通行権も認めないとならず、いつでも侵略可能であるとも言えた。ゴールドフロントの国力は下がり、プラタニアに支配される未来が想定できる内容だった。


「まあ、普通に考えたらのまない条約だろうな」

「だよね」

「条約が締結しない場合には、いっきに隊が王城に攻め込むことになっている」


 王族の護衛に一個中隊はつけ過ぎだよなとは思った。ただ、国に攻め入るには少な過ぎる人数でもある。そのギリギリのところをついて、相手には警戒されない兵力を連れて来たに違いない。


「一個中隊でなんとかなりそう?」

「俺と行動を共にするのは、一個小隊だ。残りの中隊は、時間差で外から王城を叩く」

「え?小隊!?小隊って、五十人くらいじゃないの?」

「普通はそれくらいだな。ただ、俺直属の小隊は三十人だ。一騎当千は言い過ぎだが、一人で五十人くらいは相手ができそうな精鋭ばかりだ」


 ルチアは、ノイアーの袖を引いた。


 いくらノイアーが強くて、相手が戦争経験のない雑魚兵士ばかりと言っても、数で押されたら何があるかわからないではないか。しかも、ノイアーは先陣を切るタイプの指揮官だ。その剣は多くの敵を屠ってきたが、同時に多くの味方を救ってきた。そんなノイアーだから、今回だって先頭に立って速攻を仕掛けるんだろう。


「どうした?」

「ノイアーが強いのは知っているけど、やっぱり不安なの」


 ノイアーはルチアを抱き寄せ、抱き上げた。


「心配はいらない。必ず勝つ」


 ノイアーの瞳に迷いはなく、その畏眼に吸い寄せられるように、ルチアはキスを落とした。




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