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第21話王女の招待2

「お話は終わりましたか」


 アレキサンダーがライザに手を出した後だと聞き、沸々と沸き上がる怒りで胃が煮えくり返っているまさにその時、ルチアがやってきた方とは違う迷路から一人の女性が現れた。


「ライザ王女殿下」


 ルチアは、立ち上がって淑女の礼をとる。


「ご挨拶は結構です。それで、話はついたんですわよね?」

「話って?」


 アレキサンダーと積もる話なんかないんだけど……と、ルチアがアレキサンダーに視線を向ける。


「ルチアさんがゴールドフロントにお戻りになるというお話です」

「戻りませんよ?」

「どういうことですか、王太子殿下」


 ライザは固い表情でアレキサンダーに一歩詰め寄る。


「あなたが、彼女をゴールドフロントに連れて帰れると言うから、私はあなたと……」

「まあ、まだ話し合いはできていない状態で……」

「おっしゃいましたよね?ルチアさんとよりを戻して、ゴールドフロントに連れて帰ると」


(よりを戻す?はい?どこに戻るよりとやらがあったかな?)


「あの、よりってなんです?」

「ルチアさんはアレキサンダー様とお付き合いをしていたんですよね?お国の為、ひいてはアレキサンダー様の為にプラタニアに来たのなら、どうぞもうお国にお帰りください。これから、ゴールドフロントと良い関係を築いていけるよう、私も父に進言いたします」


 その勘違いだけはいただけなかった。ルチアは、アレキサンダーをきつく睨みつけた。


「王太子殿下とお付き合いなどとんでもない!王妃様主催のお茶会で、子供の時に数回ご一緒いたしましたが、嫌がらせをされた記憶しかないですし、大人になってからは、ご挨拶くらいしかしてないです。ああ、ご縁談をお断りした時は、多少はお話をしましたが、それだけです」

「そんな……。では、私は騙されてあんな……」


 ライザは一瞬放心したような表情になったが、見る見る青褪めていき、わなわなと震えだした。


 ライザのこの様子を見て、やはりアレキサンダーはやらかした後なんだとルチアは直感した。アレキサンダーは軽い感じで「味見」と言っていたけれど、ライザにとってそれは屈辱以外の何物でもなかったのだろう。


 ライザは俯き、崩れ落ちるように地面に座り込んでしまった。


「ライザ第一王……」

「キャーッ!!!」


 ルチアがライザに手を伸ばそうとした時、いきなりライザが耳をつんざくような悲鳴を上げた。そして、華奢な胸元のレース部分を引きちぎりだした。どこにそんな力があったのか、レース部分だけではなく、豊かな胸元の布地まで引き裂かれ、形の良く大きな胸が露わになる。


「ラ、ライザ第一王女殿下!?」


 ルチアがライザの奇行を止めようとその手を掴んだが、ライザは曝け出した胸元を隠そうともせず、今度はスカートまで引き裂き始めた。ライザの悲鳴を聞きつけた侍女とアンが駆けつけて来て、それとは別に生け垣を突っ切って予想外の場所からノイアーが現れた。その無理やり作られた道を、木々を跨ぐようにしてサミュエルも顔を出し、その後ろから護衛騎士達も続いた。


「ライザ」


 ライザは悲鳴を上げるのを止め、ノイアーを見ると、走り寄りノイアーに抱きついた。


「アレキサンダー様が……」


 震えながらノイアーにしがみつくライザに、ルチアは呆気にとられるしかなかった。


 ノイアーからは殺気が駄々漏れて、その殺気に当てられ、ライザ以上にガタガタ震えるアレキサンダーは、ルチアの後ろに回ってルチアを盾にしており、場所は違えど二回目の人生を彷彿とさせる今の状況に、ルチアは目眩すら覚えた。


(何事!?)


 この状況の意味がわからないし、ライザは自ら肌を曝け出して何がしたいのかもわからなかった。


 サミュエルが自分の上着を脱いでライザの肩からかけると、いつになく険しい表情になる。そっとライザをノイアーから引き離すと、その肩を抱いて優しく問いかけた。


「ライザ、何があった?これはゴールドフロントの王太子の仕業なのか」


 ライザはボロボロ涙を流して頷く。


(いやいや、自分で破いたよね?今回だけはアレキサンダー殿下は無実じゃん。前はどうだか知らないけど)


「誰にも邪魔されずに午後の散歩をしようと、こちらの庭園を訪れましたら……、アレキサンダー様とルチアさんが仲睦まじげに密会していらして……、私が……それを見て……しまったから、私の口封じ……ルチア様が命じ……アレキサンダー様が……いきなり……ウゥゥッ」


 つまり、見られたらまずい現場を見られたルチアが、アレキサンダーにライザを襲うように命じたと?しかも、自分で呼び出しておいて、ルチアがアレキサンダーとここで密会をしていたような口振りに、ルチアは開いた口が塞がらなくなる。


「では、首筋のそれは……ゴールドフロントの王太子に?」


 サミュエルの視線はライザの首筋に注がれており、そこには虫刺されのような赤い痣のようなものがあった。


「……はい。先ほど、そこで……押し倒されて……アレキサンダー様に」


 アレキサンダーが慌てたようにルチアの後ろから顔を出す。小さいルチアの後ろに隠れられる筈がないのに、アレキサンダーはルチアのスカートの膨らみに隠れるように屈んでいたようだ。


「いや、それは……今じゃなくて、いや、そうじゃなくて!僕は無理やりなんかしたことはないぞ!」

「嘘です!アレキサンダー様はルチアさんに言われて、私にこんなことを……。お兄様、ノイアー、私は……私は、この男に穢されそうに……ウゥゥッ」


 嘘泣きというには真に迫る泣き姿に、護衛騎士などは怒りを隠さずにルチアとアレキサンダーを睨みつけ、今にも剣を抜きそうだった。アンがルチアの横に移動してくると、ルチアに小声で「どういうことですか?」と聞いてきた。


「わからないのよ。ライザ第一王女が、いきなり悲鳴を上げて自分でドレスを引き裂き出したんだから」

「ご乱心ですか?」

「だったらまだましかも」


 アンと小声で話しながら、ライザが自分とアレキサンダーを嵌めようとこんな小芝居をうったのだということに、ルチアは気がついていた。


 きっと、ライザはノイアーへの恋心からルチアをゴールドフロント王国に返したいという気持ちと、アレキサンダーにされたことへの仕返しの為にこんなことを企んだのだろうが、このことが原因で二国間の戦に発展するかもしれないなどということは、考えていないに違いない。


 ここでノイアーが剣を抜いて、アレキサンダーに突きつけたら、前世と同じ流れになってしまうのだが……。


★★★


「……ウゥゥッ、ヒック、……ゥウ」


 ライザのしゃくり泣きが響く中、ノイアーがおもむろに歩き出し、ルチアの目の前でその足を止めた。ノイアーからは抑えきれない覇気が溢れ、空気に電気が帯びたような緊張が走る。


「……怪我はないか」

「うん。私は何も。あと……別にアレキサンダー王太子殿下を庇いたいとかじゃないけれど、《《今回は》》殿下は何もしてないですよ。前は知らないけれど」


 ノイアーは怪訝そうにルチアを見て、ルチアのスカートの後ろに隠れているアレキサンダーから引き剥がすようにルチアを自分の横に引き寄せた。


「信じて貰えるかわからないけれど、ライザ第一王女殿下が自分でドレスを引き裂いて叫び声をあげたんです」


 ルチアが引き離されて隠れる場所がなくなったアレキサンダーは、テーブルの陰に回り椅子を盾にしながらうんうんと頷く。王太子としての威厳もへったくれもないその姿を眺めながら、もしノイアーに剣を向けられることがあっても、そのまま椅子を盾にしていて欲しいものだと、ルチアは心底思った。


「さすがに、目の前で王女殿下が襲われたら、私も死ぬ気でアレキサンダー殿下を止めますよ。それに、ここに呼び出したのは王女殿下ですよ。ノイアーにも知らせを出しましたよね。案内されて来たら、ライザ第一王女殿下ではなくて、アレキサンダー殿下が来たってわけです」


 今までルチアが口を開かなかったのは、ライザの軽挙妄動に呆れていたからだ。

 しかし、もしさっきの自作自演を目撃していなければ、ルチアもライザの茶番に騙されたかもしれない。アレキサンダーの日頃の素行の悪さから、彼なら見境なく王女だろうが手を出しそう……そう思ったとしてもしょうがない気がした。アレキサンダーがライザを襲ったとサミュエルが信じてしまえば、同席していたルチアもまた共犯扱いになり、下手したら牢屋行きもあり得る。


 そんな不安ももちろんあったが、今はそれ以上に、ノイアーに浮気を疑われないかということの方がルチアには重要だった。それに、浮気相手がアレキサンダーだというのもいただけない。


(私の趣味はそんなに悪くない!)

 

 ルチアが不安気にノイアーを見上げると、ノイアーは険しい表情でアレキサンダーを睨みつけており、どっちを信じたかいまいち分かりづらかった。


「僕は、ライザを自室まで連れて行く。そこの兵士は、ゴールドフロントの王太子殿下を部屋へ。真偽がはっきりするまで、部屋からは出さないように。ノイアーはルチアちゃんを僕の執務室に連れて来といて」


 サミュエルはアレキサンダーを軟禁するように指示を出し、しかも命令された兵士達は戸惑うことなく、アレキサンダーの腕をつかんで連行して行った。アレキサンダーは暴れて拒否しようとしていたけれど、この場で斬り捨てられなかっただけでも良かったとした方が良い。


「もしかして、私も軟禁されたりする?」

「話を聞きたいだけだろう。しかし、なんだってライザ王女はあんな狂言を?」


 ライザのしたことを狂言と言い切るノイアーは、ライザではなくルチアの言ったことを信じてくれたようだと、ルチアは安堵の息を吐いた。


「それは……。王女殿下は、私がアレキサンダー殿下に言われれば国に帰ると思っていたみたい。私がアレキサンダー殿下の言うことを聞かないってわかった途端、話が違うって取り乱して、そしたらいきなりドレスを……」

「ルチアを国に帰して、何がしたいんだ?」


 理由なんかわかりきっている。ライザは、ノイアーが好きだからルチアが邪魔なのだ。しかし、それを言いたくないルチアが口ごもっていると、それまで黙って控えていたアンがボソリとつぶやいた。


「それは、伯爵様の花嫁に取って代わりたいからでしょうよ」

「アン」


 それが大正解なんだろうが、ルチアは嗜めるようにアンに呼びかけた。

 王女に対して不敬だから……ではない。今までライザを恋愛対象として見ていなかったノイアーが、言われて自覚しちゃったみたいな展開になってしまったら困るからだ。


「俺の花嫁?それはあり得ないだろう。気の弱い王女殿下が、俺と結婚を望むとは思えん」


 これが、望んじゃっているんだよな……と、思ってもルチアは口に出さなかったのだけれど、アンはノイアーに臆することなくまくし立てた。


「伯爵様、お嬢様に悪意が向けられている以上、黙ってはいられませんわ。失礼ながら申し上げますが、第一王女殿下は伯爵様に懸想していらっしゃるんですよ。お嬢様を犯罪者に仕立て上げようとなさったお方が、気が弱い?とんでもございません!下手したら、縛り首になってもおかしくない罪をお嬢様に着せようとなさったんですから」


 縛り首!?今回の死因はまさかの処刑!


 ルチアがノイアーにすがると、ノイアーは心配するなとばかりに、ルチアの肩を抱き寄せた。


「そんなことは俺がさせない。アンは心配せずに先に屋敷に戻っていろ。ルチアは、サミュエル殿下との話が終わったら、俺が屋敷に連れて帰るから」

「かしこまりました。伯爵様、くれぐれもお嬢様のことをよろしくお願いします」


 お辞儀をするアンをその場に残し、ノイアーはルチアを促してサミュエルの執務室へ向かった。



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