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第17話親善大使

 ノイアーが戻って来てから一ヶ月がたった。

 が!

 戦争の事後処理の為か、ノイアーが忙し過ぎて、なかなか一緒の時間を過ごせずにいた。


 そんな中、とうとうゴールドフロントから親善大使として、アレキサンダーがやってくるという知らせが届いた。しかも、プラタニア王家との橋渡しをし、アレキサンダーの補佐をするようにという勅書と共に。


「まじか……」

「お嬢様、お口が悪いですよ」


 ルチアにお茶の用意をしていたアンが聞きとがめ、眉を寄せる。


「アレキサンダー殿下がプラタニアに来るっていうんだもん」

「それはやっかいな……」


 ルチアからしたらやっかいどころの話ではない。アレキサンダーの動向次第で、ルチアの運命が左右される……かもしれないのだから。

 アレキサンダーからライザを守らなければならないが、そのライザはノイアーに気持ちを傾けているし、ルチアの気持ち的にはモヤモヤしてしまう。


「アレキサンダー殿下には関わり合いたくないけど、彼がプラタニアの貴族令嬢とかに手を出さないように見張らないと、国際問題に発展しちゃうかもだし。何より、ライザ王女殿下なんかは、アレキサンダーのタイプそのものだから要注意なのよ」

「え?あの色ボケ殿下に好みなんかありましたっけ?好みで言えば、お嬢様みたいなのが好きなんじゃないんですか?」

「冗談止めてよ。アレキサンダーと噂になるのは、艶めかしくて女性らしい体型の人ばっかりだったじゃない」


 アンも自国の王太子に対してかなり口が悪いが、アレキサンダーのタイプと言われて心底嫌そうな顔をするルチアもどうかと思う。


「あれは欲に忠実なだけですね」


 その欲を他国の王女に出すのはどうかと思うわけよ。ただの欲求不満なら、そういうことがウェルカムな女性を見繕って欲しい。まあ、前世でアレキサンダーの妻だった時は、なにかしら理由をつけて、彼との閨を回避していたから、あの時にアレキサンダーがライザを襲ったのは、もしかしたら……あまり考えたくないが、ルチアがアレキサンダーを拒否し過ぎたせいかもしれない。まぁ、その後にアレキサンダーとの結婚を拒否した人生でも、アレキサンダーはライザを襲ったようだから、ルチアのせいばかりではないのだろうが。


「とにかく、一度王城に行って注意喚起しないとだわ」

「貞操を失いたくなければ、ゴールドフロントの王太子には近づくなとかですか?」


 これが冗談じゃないから頭が痛い。


「とりあえずは、アレキサンダー殿下と会う時は必ず護衛を同伴することかな。特に年頃の令嬢は」

「ただの護衛に殿下を止めることができますでしょうか?二人っきりにしろって命令されたら、聞かざるを得ないんじゃないですか?腐っても一国の王太子ですし」


 実はその通りだ。あの時も、ライザ付きの侍女達は全て下げられて、アレキサンダーは蛮行に及ぼうとしたらしいし。


 アレキサンダーに対抗できるとしたら、それこそ同じく王族か……ノイアーくらいだろう。かといって、アレキサンダーがいる間、ノイアーにライザの護衛をするように勧めるのもなぁ……とモヤモヤが溜まる。


「お嬢様もお気をつけくださいよ。伯爵様がついていたら大丈夫でしょうが、アレキサンダー殿下に目をつけられたらやっかいじゃないですか。それでなくとも一回求婚されている訳ですし」

「私?あれは家柄とかうちの政治的な立ち位置とかそういうのだけで、別にアレキサンダー殿下が望んだことじゃないわよ」

「だったら良いのですが……」


(いやいや、アレクの好みはボンキュッボンのグラマラス美女で、私なんか眼中にない……わよね?)


 不安そうなアンに「大丈夫よ」と笑顔を向けながら、ルチアも内心不安を感じていた。


★★★


 綺羅びやかな外装の馬車の大行列がプラタニアの王城の門をくぐり、ルチア達が出迎える王城前広場で停まった。先頭の馬車の扉を御者が恭しく開けると、キラキラの衣装を着たアレキサンダーが笑顔で下りてきた。金髪碧眼で身だしなみを整えたアレキサンダーは、それなりにイケメンの部類に分類されるのだろうが、内面から溢れ出る軽薄さが隠せていなかった。


 アレキサンダーは、周りをキョロキョロ見渡し、ルチアを見つけるとプラタニアの王族に挨拶する前にルチアのところまで歩いてきた。その際、出迎えに出ていたアンドレア王太子とサミュエル第二王子の前をスルーしたことに、ルチアは頭を抱えたくなる。


「ルチア、久しいな」


 できる限りアレキサンダーに女性を近づけないこと、高貴な女性は必ず護衛なしではアレキサンダーと二人っきりにならないことをサミュエルに伝えていたからか、アレキサンダーの出迎えは男一色、唯一の例外がルチアだった。

 そして、ルチアの横には覇気を隠していないノイアーも立っているのだが……。


「お久しぶりでございます、殿下」


 ルチアは口角が引きつるのを感じながらも、なんとか笑顔を装って淑女の礼をとる。


「僕とおまえの仲でそんなお堅い礼なんかいらないだろ」


(どんな仲だよ!少なくとも、今世では大して話したことすらないでしょうが!)


 ルチアが顔を上げると同時に、ノイアーがルチアの斜め前に一歩進み出た。アレキサンダーは、その時初めてノイアーに気がついたようで(驚くほどの鈍感ぶりね)、数歩下がると青褪めながらノイアーを見あげた。


「な……なんだ、おまえは」

「ルチア・シンドルフの婚約者、ノイアー・エムナールだ」


 サミュエル以外の王族の前では礼儀を示すノイアーが、アレキサンダーに対しては礼をとるでもなく、威圧感半端なくアレキサンダーを睨みつけた。ノイアーの名前とその覇気から、雷霆将軍その人だと気がついたアレキサンダーは、見るからに腰が引け、お◯っこをちびりそうになりながらジリジリと下がって行く。ノイアーの覇気に当てられて、即気絶しなかったのは、ただ単にアレキサンダーの鈍感力の賜だった。


 しかし、それを見ていたプラタニア側からしたら、雷霆将軍の覇気にも耐える隣国王太子は、見た目以上に侮れない存在なんじゃないかと、違う意味で勘違いしたようだった。


「アレキサンダー王太子ですね、私はプラタニアの王太子アンドレアです」

「あ……ああ、アレキサンダーは僕だ」


(見ればわかるっつうの)


「遠路はるばるお疲れでしょう。まずは迎賓館でお寛ぎください」

「ああ、うん、そうだな。そうするとしよう。では案内をル……」

「俺が案内しよう。問題はないな」


 引きつった笑顔のアレキサンダーが、ノイアーの視線を避けるように不自然な方向を向きながらルチアを指名しようとした時、ノイアーがさらに一歩前に出て、アレキサンダーを真上から見下ろして言った。アレキサンダーは真っ青を通り越して土気色の顔色になりながら、首を縦にブンブンと振る。こんな殺気まみれのノイアーに「NO」と言える人間はいないだろう。


 ブルブルと震えながらノイアーの後について行くアレキサンダーを見て、サミュエルが首を傾げる。


「ゴールドフロントの王太子は大物なのか……バカなのか」


 最初ノイアーの覇気にも悠然と構え、関係性が変わったプラタニアに対しても、以前と変わらない横柄な態度をとっているのを見て、よほどの自信と策略でもあるのかと訝しんだものの、へっぴり腰でノイアーについていくアレキサンダーを見ると、ただの状況の読めない阿呆王子にも見えた。さらに深読みをして、阿呆王子を装っているだけか……と考え出すと、アレキサンダーに対するイメージが二転三転してしまう。


「あれは、ただの非常識なバカです。周りの状況も見えていないし、親善大使の役割りも理解していないですから」


 サミュエルの独り言を耳にしたルチアが、的確にアレキサンダーを評価する。


「自国の王太子に辛口だね」


 サミュエルは苦笑いだ。


「ゴールドフロントの国王は腹黒タヌキですけど、国王としては素晴らしいとは思いますよ。でも、名君の息子が名君とは限らないんですよね」

「まあ、確かにね」

「政治的な意味で何もアレに注意することはないですけど、暴言失言には注意が必要かもです。さらに女性関係は要厳戒レベルです」

「あはは、注意しておくよ」

「笑い事じゃないんですよ」


 ルチアにアレキサンダーの女癖の悪さについて、事前に注意喚起を受けていた為、迎賓館の使用人は全て男にしたし、今日の歓迎晩餐会も、アレキサンダーと同じ席にはルチア以外の女性は配置せず、さらには目に留まる範囲の席は、全て男の軍人で固めたとか。


「ライザ王女殿下は、晩餐会には参加なさるんですか?」

「それは、まあ、王族の義務としてね。でも、会話することもできないくらい席は離したし、夜会にせずに晩餐会にしたから、かの王子がライザに接触するのは難しいだろうな。それより、ルチアちゃんの方が警戒した方が良くないか?」

「私にはノイアーがいますから。ノイアーに一睨みしてもらえば大丈夫です」


 自力で撃退も可能ですと付け加えようとして、それは淑女らしくない発言だから控えておく。


「まあ、確かにね。さてと、ノイアーが戻って来るまで、僕とお茶でもどう?王都の有名なお菓子を仕入れたんだ」

「それはぜひ!」


 アレキサンダーを送って行ったノイアーを待つ間、ルチアは王城のサロンで甘いお菓子をもてなされ、サミュエルが話し相手になってくれた。


★★★


「それにしても、プラタニアには美しい女性はいないのか」


 晩餐会中のアレキサンダーの失言に、思わずお肉を丸飲みしそうになり、ルチアは慌てて果実水でお肉を流し込んだ。


(美しい女性がいないんじゃなくて、あえて女性をあなたの視界に入らないようにしているんですよ!)


「ライザ王女だったか?人見知りが酷いって聞いたが、お二人方の妹御ならば、かなりの美女なんじゃないか?ぜひ、一緒のテーブルで食事がしたいものだ」


 アンドレアとサミュエルの顔をマジマジと見てから、アレキサンダーは後ろ姿しか見えないライザをあっちからこっちから覗き見しようと身体を揺らしている。


(バカっぽい……)


「ライザ様は大層お美しい王女様でございますよ。プラタニア一の美姫と言って過言ではありません。そう言えば、ライザ様にはご婚約者はまだおりませんでしたな。アレキサンダー殿下のご婚約者は?」


 同じ席にいた貴族の一人が、気を利かせたつもりなのか、ライザとアレキサンダーの縁を結ぼうと話を振る。アレキサンダーはチラリとルチアを見ると、なぜかニンマリと笑う。


「そうだな、婚約者はまだいない。考えている女はいるが、彼女はただの貴族の娘だから、ライザ王女と縁を結ぶのなら、ライザ王女が正妃でその女は第二夫人になるだろうな」


 なぜルチアに視線を合わせて言うのか。下手なウインクまでされ、ルチアは鳥肌がたってしまう。


「そう言えば、ルチア嬢はアレキサンダー殿下の婚約者候補に挙がったこともあったそうですな」


 さっき余計なことを言って、アレキサンダーの興味をライザに惹きつけた貴族が、さらに余計なことを言う。


「お断りいたしましたよ」


 ルチアははっきりと答える。「私なんて……」とかへりくだらないところがルチアらしいところだ。第一、身に余るお話だから辞退したみたいな言い方をしたら、じゃあノイアーと婚約したのは身の丈に合った話だったからかと、ノイアーがアレキサンダーよりも格下みたいに聞こえてしまうではないか。


「ルチア嬢からお断りを?」


 他の貴族も興味津々聞いてくる。


「ええ。婚約の打診は受けましたが、私はノイアーに憧れていましたから」

「なんと!アレキサンダー殿下よりもエムナール伯爵を選んだということですか?」


 彼らの言わんとしたいことはわかる。アレキサンダーのことを知らなければ、見た目はそこそこイケメンでしかも未来の国王だ。王太子妃と伯爵夫人を天秤にかけて、伯爵夫人を選んだルチアのことが信じられないのだろう。


「私が選んだんじゃないですよ。そんな烏滸がましい。私から釣り書をノイアーに送って、お嫁さんにして欲しいってプッシュしたんですから。私が選んだんじゃなくて、運良く選んでもらえたんです。おかげさまで、政略結婚ではなく、好ましいと思っていた男性と婚約ができて、ありがたいですよね」

「ほー、ルチア嬢がエムナール伯爵にベタ惚れ……ということですか?」

「ええ。例えどんな高位な方より、ノイアーの方が魅力的ですから」


 アレキサンダーは明らかにムッとしたような表情になったが、そんなことは気にしない。


「アハハ、ルチアちゃんって面白いよね。ノイアーがいい子と婚約できて良かったよ」

「本当のことですから」

「ハハ、だってさ、ノイアー」


 話を振られたノイアーは、ナイフで肉を切り分けると、それをまだ切っていないルチアの皿と交換していた。


「……ノイアー、おまえってつくすタイプだったんだね」


 呆れた様子のサミュエルに、ノイアーは淡々と答える。


「サミュエル殿下、意味のわからないことをおっしゃらないように。ルチア、パンを食べるか?取るぞ」

「うん、ありがとう」


 ルチアはお肉を一切れ食べると、ノイアーを見上げて「美味しい!」とニッコリ微笑み、ノイアーはその笑顔を見て微かに目元を緩めた。それを見た同じ席についていた貴族達にざわめきが走る。

 ノイアーが敢えて覇気を引っ込めていたせいもあるが、ノイアーの顔を直視して畏怖を感じないことなど今までなかったし、何よりノイアーが笑み(と言うには僅か過ぎる変化しかなかったが)のような表情を浮かべることがレア中のレアだったからだ。


「エムナール伯爵、ルチアのような子供との婚約、さすがに卿の本意ではないだろう。うちを脅威に思ってルチアとの婚約を決めたのだろうが、僕がわざわざプラタニアに足を運ぶくらいには、現時点ではゴールドフロントとプラタニアは対等な立場になったと言える。これからは友好関係を築いていきたいと、我が父も言っているんだ」

「……」


 対等な立場……と言えるかどうかは、これからはプラタニアの意向次第ということに、アレキサンダーは気がついていないようだ。あくまでも格上の自分が来てやったんだからありがたがれと言わんばかりの態度に、ノイアーの眉間に皺が寄る。

 アレキサンダーは、ノイアーに話しかけておきながら、視線をアンドレア王太子やサミュエル第二王子に向けているから、ノイアーの様子の変化に気がついていない。


「だから、無理してルチアを娶ることはないし、なんなら僕が今回連れて帰ってやってもいいと考えている」

「は?」


 地の底を這うようなドスの効いた声に、アレキサンダーは恐る恐るノイアーに視線を向け凍りついた。他の貴族達は、脂汗を垂らしながら、あからさまにノイアーから視線を外している。


 覇気とかそういう問題ではなく、鬼の形相というのは、まさに今のノイアーのこの表情のことを言うのかもしれない。

 長い付き合いであるサミュエルさえ硬直する中、ルチアだけは平然と食事を続け、お肉を食べ終えたところでノイアーの腕をポンポンと叩いた。


「ね、届かないからパンのお代わりとってもらえますか」

「ああ」


 ノイアーがパンをルチアの皿にのせると、ルチアはパンをちぎってノイアーの口元へ持って行く。


「ノイアー、全然食べてないじゃないですか。はい、アーン」


 ノイアーは、素直に口を開けてそのパンを口に入れる。パンを咀嚼して嚥下した頃には、ノイアーの表情も元に戻り、張り詰めていた空気も緩んだように感じられた。


「おなかがすいてると苛々しますからね。サミュエル殿下も、そのお肉食べないんですか?美味しいですよ」

「そ……うだね。いただこうか」


 アレキサンダーは、ノイアーを御せるのがプラタニアの王太子でも第二王子でもなくルチアであることに驚きを隠せなかった。アレキサンダーの記憶にあるルチアは、可憐な妖精のような少女で、霞を食べているような儚いイメージだったのだが……。


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