須菩提祖師との出会い
牛魔王が真面目な顔をして、夢幻のような言葉を吐いた。
奴がこんな事を言い出すとは…、思ってもなかった。
「命か…、そんな事を考えた事がなかったな」
「俺は欲しいんだよ、永遠の命を、」
牛魔王はそう言って、ギュッと拳を握る。
命…か。
俺もいつかは、死ぬんだろうなぐらいにしか思っていなかったしな。
そもそも、そんな物が存在するのか?
永遠の命なんて、目に見える物で存在するのか?
「永遠の命なんて手に入るのか?物じゃないんだからよ」
俺の問いに、牛魔王は自信満々に答える。
「あるんだよ、ソレが、」
「はぁ?マジかよ」
「不老不死の術を開発した奴がいるんだ。ソイツの名前は須菩提祖師。あらゆる体術や術の達人だそうだ」
へぇ…、流石牛魔王。
既に調べがついてるって事か。
牛魔王が俺にこう言った話をする時は、俺に頼み事がある時だ。
もう三年も一緒にいたら、コイツの考えてる事ぐらい分かるようになった。
「それで?俺は何すれば良い訳?」
俺がそう言うと、牛魔王はニヤッと笑った。
「流石だ兄弟。お前に須菩提祖師から、巻き物取って来て欲しいんだ、」
「術を取ってくる?」
「あぁ、須菩提祖師が不老不死の術を巻き物に封じ込めて保管してるって、鴉達が教えてくれたのさ。」
「鴉って…、あぁ…」
牛魔王が使いに使ってる鴉の事か。
よく文や物を送ったり、調査に向かわせてる鴉がいる。
「成る程。それで?その須菩提祖師って奴はどこにいるんだ?」
「西牛貨州 霊台方寸山 斜月三星洞《にしごかしゅうれいだいほうすいさんしゃがつむさんどう》」
「そこにいるのか」
「あぁ、間違いないだろう、これが地図だ」
そう言って牛魔王は地図を渡し、俺は地図を受け取とりポケットに入れた。
そうなると、今回は長めの使いって事になるな。
「暫くお別れだな、兄弟」
トポポポポッ…。
牛魔王が俺のグラスに酒を注ぎながら呟いた。
「毎日一緒にいたんだから、たまには離れるのもいんじゃね?」
「アハハハ!!確かに」
「そんじゃ、今日はお前と飲む最後の酒って訳だ」
「そうだな、」
俺達は静かにグラスを合わせた。
まさか、これが本当に牛魔王と飲む最後の酒になるとはこの時の俺は思っていなかった。
次の日、俺は水簾洞で西牛貨州に向かうべく、丁と一緒に荷造りをしていた。
「美猿王、本当に西牛貨州に向かうんですか?」
「あぁ、牛魔王の頼みだからな」
「ここから、西牛貨州はめちゃくちゃ遠いんですよ?何日もかかりますよ?」
「分かってる」
丁の問いに答えながら、黙々と荷造りの作業を続ける。
「美猿王がここから離れてしまうのは寂しいです。長老様が泣いてましたよ?」
俺は産まれてから、この土地を出た事がなかった。
ずっと、この花果山を他の奴等から守るのが俺の役目で、沢山の奴等を殺して来た。
もうこの土地の奴等で俺に勝負を挑んで来る奴はいないし、違う土地に行ってみるのは悪くない話だと思った。
昔から、他の土地や国に興味がない訳じゃない。
今回の使いは、それなりに楽しみにしている。
「丁、用意した服はどこにあんだ?」
「はい!こちらに…、」
丁はそう言って、俺に服を渡して来た。
服を広げて見ると黒のチャイナパオだった。
渡されたチャイナパオを着た後に黒いズボンを履く。
「これでどこから見ても人ですね、」
「助かった、丁」
俺は荷物を肩に掛けながら、丁に礼を言う。
「じゃあ行って来る、留守は頼んだぞ丁。 」
「分かりました、御武運を」
水簾洞を出ると、長老や花果山に住んでいる猿達が涙を流しながら俺を見送った。
泣く事でもねーのに、長老は声を出しながら泣き出す。
永遠の別れでもねーんだから、そんなに泣く必要はない。
山を降りてから早速、渡された地図を広げた。
「西牛貨州は、こっからひたすら西に向かえばいいのか。とりあえず行きますか」
俺は地図を閉じて、徒歩で西側に向かった。
小さな町を幾つか通ったり、荷物を運ぶ馬車の後ろに乗せてもらいながら西側に向かう。
経験した事がない旅は、少し心が躍るものだ。
どの町の人間は妖とか戦を知らない奴等ばっかりで、名前の知らない俺にご飯や寝床を与えてくれた。
人間とは変な生き物で、俺の事を知らないのに優しくしてくれた。
何か調子が狂う。
「兄ちゃん。どこに向か途中なんだ?」
馬車を走らせている爺さんが、俺に尋ねて来た。
「あ?俺は須菩提祖師を探しに、西牛貨州に向かってんの」
「おおお!須菩提祖師殿を探して!!」
「爺さん知ってんのか?」
「兄ちゃん知らないの?須菩提祖師殿はあらゆる体術や術を使いこなすお方。天帝方にも好かれていて、我々にも優しくしてくださる」
爺さんは興奮しながら、須菩提祖師の話をしている。
つまり、須菩提祖師って奴は良い奴って事ね。
天帝って確か…、牛魔王が前に教えてくれたんだよな。
この天界を仕切ってる奴等が、天帝って言ってたな。
「へぇ、凄い奴なんだな」
適当に爺さんの話に相槌でも打っておくか。
「そりゃそうさ!」
流れて行く雲を見ながら、爺さんの話を黙って聞いた。
須菩提祖師って奴は、人間にも神様にも好かれてて妖達には嫌われてるって事。
あらゆる技を使って妖怪を退治して来たとか。
でも、俺って妖なのか?
人の姿はしてるけど人間なのか?
そもそも、俺はどうやって産まれたのか…。
どうして、俺はあそこで産まれたのか分からない。
そんな事も考えた事がなかった。
「そうかそうか。兄ちゃんが須菩提祖師殿を探してるなら西牛貨州の麓まで送って行ってやるよ!!」
「え、良いのか爺さん」
「良いとも良いとも!!兄ちゃんはオレの話に付き合ってくれてる礼だよ!!」
「…、あ、ありがと」
「良いって事よ!さっ!少し飛ばすぞ!!」
爺さんはそう言って、馬に鞭を打った。
馬は「ヒヒヒィーンッ!!」と声を上げて、足を早めた。
ガタガタガタッ。
本当に調子が狂う。
俺が今まで出会って来た人間は、損得関係なく俺に優しくしてくれる。
そんな優しさ触れて俺の心が息苦しさを感じた。
だって俺に優しくしてくれる奴らは、俺が戦いに勝った時だけだった。
丁と牛魔王だけ、黒風ら俺を慕ってくれていたな。
馬車が揺れて俺は荷物の芝生の上で、少し寝てしまった。
「兄ちゃん!!兄ちゃん!!」
「ん…?」
「もうすぐ着くよ!!」
「あ…、俺、寝てたか?」
「大丈夫、大丈夫!こんなに気持ちいい天気だと寝ちまうよな!」
俺はゆっくりと、体を起こした。
「…」
俺は、ポケットの中に入れていた小さくした如意棒を取り出した。
「爺さん、止まってくれ」
「え!?」
「良いから」
「わ、分かった?」
そう言って、爺さんは馬車を止めた。
「どうしたんだい?いきなり」
「シッ」
俺は爺さんの口を手で塞ぎ、目だけで周囲を見渡す。
やっぱり、囲まれてたな。
俺達の今いる場所は小さな山の山道の出口だ。
数は…、十から二十…。
人間の足音と気配じゃねぇな。
妖か?
爺さんを囮にして俺だけ、西牛貨州に行く事だって出来る。
だけど俺は、自分でも信じがたい言葉を先走って口に出してしまっていた。
「爺さん、俺を置いて山道を出ろ」
「え!?急にどうしたんだい?」
「俺達、妖に囲まれてる。多分二十はいるぜ」
「何だって!?」
トンッ。
俺は馬車から降りて馬のケツを蹴り上げた。
パシーン!!
「ヒヒヒィーンッ!!!」
驚いた馬は、猛スピードで走り出した。
「お、おい兄ちゃん!!」
爺さんは俺の方を振り向いたまま、馬車が走って行く。
「何してんだ、俺は」
ガシガシっと、頭を掻きながら溜め息を吐いた。
俺は如意棒を扱いやすい長さにして大声を上げる。
そっちから出て来れないなら、出やすくしてやるだけ。
「いるのは分かってんだ!!見てないで、さっさと出てこいよ!!」
そう言うと、ゾロゾロと獣の姿をした妖が二十体出て来た。
「テメェ、俺等の獲物を勝手に逃してんじゃねぇぞゴラァ!!!」
「ブチ殺すぞテメェ!!」
妖怪達が次から次へと声を上げる。
ギャアギャアとうるせぇ奴等だな。
「うるせぇ!!ギャアギャア騒ぐなうっとしい!!」
俺が大声を上げると、妖怪達が黙った。
「御託は良い、さっさとかかって来いよ」
そう言って、指をクイクイッと動かした。
「俺達をなめやがってんな!?おい!!やっちまえ!!」
大将らしき妖が叫ぶと残りの妖達が、一斉に俺に飛んで来る。
俺は1番初めに飛んで来た妖を、如意棒で拭き飛ばした。
ブンッ!!
「グハッ!?」
ドカッ!!
右から攻めて来た四体の妖を、如意棒を更に長くして振り飛ばした。
ビュンッ!!
ドカッ!!
「グアアアアアアア!!」
「ガハッ!?」
左から飛んで来た妖の頭を鷲掴みにし.膝蹴りを入れた。
ガシッ!!
ドカッ!!
「ヴッ!!」
蹴りを入れられた妖の鼻と口から血が溢れ、次々に地面に倒れて行く。
弱っちいな、コイツ等。
「おいおい…、大将ヤバイよ…、」
「何だよ、威張って来た割に全然大した事ねぇな。次は誰がかかって来るんだ?あ?」
そう言って、鷲掴みにしていた妖を大将の妖の前に放り投げた。
ブンッ!!
「うるせぇー!!」
そう言って、大将の妖が飛んで来たその時だった。
「音爆螺旋」
ジャキジャキンッ!!
謎の声と共に、光の鎖が現れ妖怪達が鎖に縛られてた。
「何だ!?」
光の鎖がどこからで出て来たんだ!?
「ぐ!!な、何だコレ!?」
「ヴッ!!」
妖怪達が呻き声を上げながら、鎖を解こうとしていた。
ジュュュウ…。
肉の焼けるの匂いが鼻に届き、黒い煙が妖達から上がる。
妖怪達の体の肉が、鎖の縛られてる部分から焼けていた。
あの鎖が焼いてる…のか?
「ギャアアアアア!!」
「痛い!!痛い!!」
「痛くはないじゃろう?散々悪さをして来たんだからな」
チャン、チャンッ。
前から歩いて来たのは、錫杖を持った網代笠を被り法衣を着た年寄りの男が現れた。
「アンタ…坊さんか?この鎖はアンタが出したのか?」
「この鎖か?あぁ…、わしが出した物だ」
坊さんがそう言うと、坊さんの周りにお札が数枚浮いていた。
坊さんが指を素早く動かすと、浮いていた札が妖の額に張り付いた。
「急急如律令」
パァァンッ!!
ブジャァァァァ!!
坊さんがそう呟くと、妖の額が弾け飛び、血飛沫が上がった。
妖の体は粉状になり!風と共に消えて行く。
目の前で起きている事が理解出来なかった。
当然だ。
だって俺が今まで生きて来た中で、見た事がなかったんだからな。
この爺さん、何者なんだ。
そう思いながら、隣にいる爺さんを盗み見る。
「老人からお前さんが、妖達と戦っておるって聞いてな?大丈夫だったかな?」
そう言って、爺さんは俺に近付いた。
「ん?お前さん…?人ではないな?」
「っ!?」
この爺さん…、俺が人じゃない事を見抜いた?
俺はすぐに爺さんから距離を取り、如意棒を構える。
「だが、妖でもない…、不思議じゃな…、」
「マジマジと見られんのも困るんだけど」
「お前さんの持っとる棒は如意棒か?宮殿の…」
爺さんは俺に近付きなから、如意棒を見つめている。
「あ?あぁ、そうだけど」
そう言うと、頭に激痛が走った。
ゴンッ!!
「いってぇーな!!いきなり何すんだこのじじぃ!!」
坊さんが俺の頭にゲンコツを落として来たのだ。
「悪さをしたら怒るのは当然だろう!?まったく!何で盗みをしたんだ!!」
「じじぃには、関係ねぇーだろ!?」
「関係大ありじゃ!!この馬鹿モン!!」
そう言って、坊さんがもう一発俺の頭を叩いた。
ゴンッ!!
「あ!!須菩提祖師殿!!」
坊さんの後ろからわ馬車に乗せてくれた爺さんが走って来た。
「おおお、先程のご老人」
「いや、テメェもジジィだろうが」
俺の言葉を聞いた爺さんは、キッと睨み付けてくる。
「あぁ…間に合って良かった!!大丈夫かね、青年よ」
「あ、あぁ、そ、それよりも爺さん。このじじぃの事、何て言った?」
俺が爺さんを指差しながらそう言うと、爺さんが驚いた顔をした。
「な、何を言っているのやら…、それとジジィと呼ぶでないぞ。このお方は、青年が探しておった須菩提祖師殿だよ」
すぼ、須菩提祖師…って。
「えぇぇぇぇ!!?こ、このジジィが!?」
「誰がジジィじゃ!!」
ゴンッ!!
坊さんはそう言って!俺の頭にゲンコツを落とした。
これが須菩提祖師とのちに、孫悟空の名前を貰う美猿王との出会いだった。