仲間探しの旅へ 弐
一方、その頃 牛魔王邸では
牛魔王邸では六大魔王達が集まり、食事会が開かれていた。
牛魔王は黄風に噂になっている経文について、調べさせていた。
強力な力を持つ経文は、牛魔王の興味をそそった。
まだ経文について知識のない牛魔王は、経文の情報を集めていた。
黄風は狐の妖でありながら人間に化け、花街で妓女として働き、情報を集めている。
*妓女…、日本で言う花魁の事*
「黄風。例の情報は集まったのか?」
牛魔王はそう言って、紹興酒が入ったグラスに口を付ける。
「経文の話であろう?やはり、お前の言っていた通り一つ一つに強力な力を持っているようだ。それと、
盗まれた経文の事だが…」
「これの話をしてるのかな?黄風。」
そう言って巻き物を持って現れたのは、毘沙門天だった。
牛魔王は毘沙門天が持って来た巻き物に、視線を向ける。
「毘沙門天殿。貴方であっても、この会に参加は出来ませぬ」
現れた毘沙門天に向かって、鱗青が言葉を放った。
重たい鯰の体を引きずりながら、毘沙門天に近寄り部屋から出そうとした。
「待て、鱗青」
牛魔王はそう言って鱗青を呼び止める。
「牛魔王殿、宜しいのですか?」
「あぁ。おい、その巻き物を見せろ毘沙門天」
「はいはい」
毘沙門天は適当に返事をした後、牛魔王に持って来た巻き物を渡した。
「おいおい。まさか、それが例の経文って言うじゃないだろうなぁ?」
巻き物を見た鯰震は、眉間に皺を寄せながら呟いた。
牛魔王は黙ったまま巻き物を縛っている紐を外し、中身を覗いて見る。。
巻き物の中身には、つらつらと呪文式が書かれていた。
牛魔王の後ろから黄風、鯰震、鱗青が巻き物の中身を除いている。
黒風は、黙ってその光景を見ていた。
そんな黒風を見た鱗青が声を掛ける。
「おい、黒風。お前は中身を見ないのかー?」
「え、ぼ、僕はい、良いよ…」
言葉を詰まらせながら、返事をした黒風に向かって鱗青は舌打ちをした。
「ッチ、相変わらずおどおどしてんなお前はさー」
「う、うぅ…」
「鱗青様。その巻き物は経文で合っていますよ?私が天竺から盗んで来た物ですから」
鱗青と黒風の会話に割って入った毘沙門天が、経文の話に戻した。
「やはりか、お前が天竺で盗んだ犯人と言う事か」
牛魔王はそう言って、毘沙門天に視線を向けた。
「人聞きの悪い事を言わないで下さいよ。貴方の為に盗んで来たのにー」
毘沙門天は牛魔王に縋るように、近付きながら言葉を放った。
「牛魔王様の為とはどう言う事じゃ?」
黄風は、毘沙門天に尋ねた。
「経文の噂は牛魔王にも届いていただろ?いずれこうなる事は分かっていたからね。先に俺達の方に、一つあっても良いと思ったんだよ」
「それで天竺まで行き、牛魔王殿の為に取って来たと言う事か」
毘沙門天の話を聞きながら、鱗青は呟いた。
「それはご苦労な事だな。で?この巻き物にはどんな能力があるんだ?」
牛魔王は毘沙門天の敬意を適当に足来ながら、巻き物を指で叩いた。
「そ、そんな軽く流す!?ったく…。この巻き物は、有天経文アマテキョウモン》。生や在を司る経文だ」
毘沙門天の説明に、牛魔王達は理解出来なかった。
「生や在を司るだぁ?意味分かんねー」
鱗青は乱暴に頭を掻きながら、呟いた。
「簡単に言うとな?新しい命を作れるって事だよ」
毘沙門天がそう言うと、牛魔王の眉間がピクッと動いた。
「つまり、お前が俺の屋敷でやっている実験とやらがこの経文の力を使って簡単に出来るようになった
って事か?」
「その通りだ、話が早くて助かる」
毘沙門天はそう言ってテーブルの上に置かれていた紹興酒を口の中に流し込んだ。
「はぁ…、紹興酒が口の中に染み渡る」
「妾が聞いた話だと経文は、後四つ程あるそうじゃな?毘沙門天」
「ん?あー。その通りだけど…」
黄風の問いに答えた毘沙門天は口籠った。
牛魔王は毘沙門天の態度を見逃さなかった。
「何だ、毘沙門天。歯切れの悪い態度しやがって…」
「いやー。天竺にはこの経文しかなかったんだよ。他の四つの経文がどこにあるか分からないだよねー。天界の奴等も経文を探してるんだよ」
「天界の奴等が?盗んだのがお前だって、バレてないだろうなぁ?」
牛魔王はそう言って、毘沙門天を見つめた。
「そんなヘマはしないさ。バレていたらこの場にいないよ」
「そりゃそうだ」
「牛魔王達には観音菩薩達より、早く経文を集めて欲しい」
毘沙門天の放った言葉に、牛魔王達は驚きを隠せなかった。
「どう言う事だ毘沙門天。何故、観音菩薩よりも早く経文を集めないといけない?」
牛魔王はそう言って、毘沙門天に尋ねた。
毘沙門天は溜め息を吐きながら答える。
***
孫悟空ー
「今の天界は、二つの派閥が出来ている」
観音菩薩はそう言いながら、二本の指を立てた。
「二つの派閥だぁ?誰と誰の。天帝と誰かって事か?」
俺がそう言うと、観音菩薩は首を横に振った。
「いや、天帝は亡くなったよ。お前が五行山に封印されて十年後にな」
「あの天帝は、亡くなったのか」
「それじゃあ…、新しい天帝と誰かって事?」
そう言って三蔵が、俺と観音菩薩の会話に入って来た。
「いや、二つの派閥に天帝は入ってない。僕と毘沙門天の派閥が天界に出来たんだよ」
俺は観音菩薩の言葉を聞いて驚いた。
「毘沙門天!?つ、つまり観音菩薩は、毘沙門天と争ってるって事か?」
「お前の裁判の時から、毘沙門天を見る神々の目が変わった。悪の根源であった悟空を封印した毘沙門天を神と称える者と、本当に悟空は悪だったのかと疑う者が現れた。そうした者達が、毘沙門天と僕を神と称え始めたんだ」
じゃあ…、天界で毘沙門天を悪く思う人もいるって事か。
「僕は天竺に保管してあった経文は、毘沙門天が盗んだと考えている」
「「えっ!?」」
俺と三蔵は声を合わさった。
「もし、そうだとしたら毘沙門天の手にあるのってかなり厄介だよね?」
三蔵はそう言って、観音菩薩に尋ねた。
「三蔵の言う通りだ。恐らく毘沙門天は牛魔王と共に行動してる。経文を組んだのは、牛魔王に渡す為だと思ってる」
牛魔王に渡す為!?
まだアイツ等は一緒にいるのかよ…。
「それと、天蓬と捲簾を下界に落としたのも毘沙門天の仕業だ」
「なっ!?アイツにそこまでの力があるのか!?」
「ど、どうして二人は下界に落とされたんだ!?」
俺と三蔵は同時に、観音菩薩に質問をした。
「お、落ち着け!!ちゃんと説明するから!!」
観音菩薩の大きな声で、ハッと我に帰った。
「ゴッホン。天蓬と捲簾が悟空の事を庇っただろ?その事が毘沙門天には気に食わなかったんだよ。それで、目障りになった二人に濡れ衣を着せて、天帝に天蓬と捲簾を追い出すように仕向けた」
「その嘘を信じた天帝は、まんまと毘沙門天の策略通りに天界を追い出した…と」
観音菩薩の話を聞いた三蔵は、顎に手を添えて呟いた。
天蓬と捲簾も毘沙門天の手によって下界に落とされた…と言う事か。
あの二人も俺と同じような目にあっちまったな…。
「おい、観音菩薩。天蓬と捲簾の居場所は分かってんのか」
俺がそう言うと、観音菩薩と三蔵は驚いた顔をした。
ん?
何で驚いた顔してんだコイツ等…。
「驚いたな…。まさか、悟空が天蓬と捲簾に興味を持つなんて」
「お、俺も思った」
俺の事をなんだと思ってんだ…。
「俺の事を庇ったせいで二人が下界に落とされちまったんだ。アイツ等を探しだすのも、俺のやる事に入るからな」
俺の顔を見た観音菩薩は、フッと軽く笑った。
「そうか…、二人の居場所は分かってる。ちゃんと
場所を教えるから安心しろ」
「そうなんだ。なら、二人の居場所問題はこれで解決だな。で、本題の経文についてだけど、きっと毘沙門天は牛魔王にもこの話をしてるよな?」
三蔵はそう言って、観音菩薩に尋ねた。
「牛魔王の耳には確実に入ってるだろうさ。きっと
牛魔王は経文を集めに行くだろうな」
「牛魔王の手に渡る前に、俺等が経文を集めときゃあ良いんだな?」
経文集めの旅路に必ず牛魔王と会うだろう。
その時に牛魔王を殺してやる。
観音菩薩と三蔵は、俺の顔を見て何かを察した様子だった。
「あぁ、止めてくれるか悟空」
そう言って、観音菩薩は俺の顔を真っ直ぐ見つめて来た。
神の言う事なんて聞かねーと思って過ごした五百年だった。
ずっと、ずっと牛魔王を殺す事だけ考えていた。
牛魔王と手を組んだ毘沙門天が、俺の事を庇った天蓬と捲簾に罪を着せ下界に落とした。
俺と同じ道を二人やな歩ませてしまった。
二人を探す事も、俺の課せられた宿命なのかもしれないな。
爺さんが生きていたら、俺と同じような事を考える筈だ。
助けてやれって言うだろう。
コイツ…いや、三蔵と出会ったのも俺の運命だった。
とことんお前の道を壊してやるよ、牛魔王。
俺にしたようにな。
「あぁ、任せろ」
俺の言葉を聞いた三蔵と観音菩薩は、俺の背中を叩いて来た。
バシンッ!!!
「流石だな、悟空!!」
「いやー、人生って何があるか分からないな!!」
そう言って、二人は大声で笑った。
痛む背中を押さえながら、俺は二人を見つめた。
***
経文集めを始めようとしていのは、牛魔王も同じだった。
毘沙門天の話を聞いた牛魔王は経文を使えば、世界を
自分の物に出来ると確信したのだった。
牛魔王に忠誠を誓っている六大魔王もまた、経文集めに協力するのだった。
だが、ある一人の人物を除いてー
***
孫悟空の封印が解けて三日後ー
孫悟空と三蔵は五行山の森で三日程、野宿生活をしていた。
孫悟空の体力を回復させる為と、旅立ちの準備ほ為だ。
伸び切った髪を切った孫悟空は天界にいた頃の出立ちに戻り、須菩提祖師に貰ったチャイナパオを着ていた。
観音菩薩に返してもらった如意棒をズボンのポケットに締まっていると、三蔵が孫悟空の背後から現れた。
「見違えたなー、悟空」
「あ?」
そう言って、三蔵は孫悟空に近寄った。
「髪切りゃあ見た目も変わるだろうよ。それよりも、準備は出来てんのか三蔵」
「あぁ!!俺はいつ出ても大丈夫だ!!悟空は?」
孫悟空は一瞬だけ、岩の牢獄に視線を向けた。
「悟空?」
三蔵はそう言って不思議そうに、孫悟空の顔を覗き込んだ。
「いや、俺も準備は出来てる」
「そっか、じゃあそろそろ行こう。まずは捲簾大将を探しに行こう!!」
「あんまりはしゃぐんじゃねーぞ、三蔵」
「なっ!?こ、子供扱いすんなよ悟空!!」
「俺からしたらテメェは子供だよ。」
「なっ!?そ、それを言われたら何も言い返せない…。」
「ほら、行くぞ」
そう言って、孫悟空は山道を歩き出した。
「ま、待てよ悟空!!俺を置いてくなー!!」
三蔵は慌てながら孫悟空の後を歩いた。
坊さん一人、猿一匹の経文集めの旅が始まったのであった。
第二幕 完




