お師匠の試験
金山寺 陳 江流 七歳
俺はお師匠から貰った本を、何度も何度も読み返していた。
水元はそんな俺を見て「飽きないんですか?」と言って来るけど、その質問の方が俺は謎に思える。
今日も廊下に座って読書している俺の近くに来て、水元は同じ質問をした。
「水元さ、この本読んだ事あるか?」
「え?読んだ事はありますけど…」
「面白くなかった?」
「どこにでもある普通の妖怪話だなーと」
水元の反応を見て、面白くなかったんだと分かる。
そんな奴に、この本の内容を語っても面白くない。
「そうか」
俺は本を持って、立ち上がった。
「どちらに行かれるのですか?」
「水元とは、話が合わないのが分かった」
「?」
謎そうにしている水元を置いて、廊下を歩き出した。
この時から、俺は密かに美猿王に会ってみたいと思っていた。
本当に今でも封印されているのか。
本当に存在するのか…。
会えるものなら会ってみたい…。
美猿王…いや、孫悟空。
孫悟空に会ってみたい。
日に日にらその思いは強くなっていった。
俺は部屋で地図を広げて、五行山がどこにあるのか調べた。
「どこにも書いてない…。」
天界から落とされた衝撃で大きな岩が割れ、山のような形になった事から五行山が出来た…と、書物には書かれていた。
トトトトトッ。
後ろから静かな足音が聞こえたが、この足音が誰のなのか直ぐ分かった。
「何を探してるんだ?江流」
「あ、お師匠」
フッと軽く顔を上げると、お師匠が地図を覗いていた。
「美猿王が眠ってる五行山を探してるのか?」
「何で、分かったの!?」
俺は驚いて大きな声を出してしまった。
「アハハハ!!あれだけ美猿王の本を読んでたら誰
でもそう思うだろ?」
「お師匠、美猿王じゃなくて孫悟空!!」
「はいはい、分かりましたよ。見つかったのか?」
「やっぱり乗ってないみたい…」
再び地図に視線を落とした。
「五行山は地図には、乗っていない場所にある」
「えっ!?それってどう言う事なのお師匠!!五行山は存在するの!?」
俺は勢い良くお師匠に飛び付いた。
「あるよ、五行山」
「どこにあるの!?」
「それは…。まだ、教えられない」
「どうして?」
「お前がまだ強くないからだ、江流」
「っ!?」
俺が強くない…?
それはどう言う意味なんだ?
「俺はこの寺にいる誰よりも才能があるって…。お師匠が言ったんだよ!?」
「お前は確かに才能があるよ?俺の法事にも同行させている。だがな、お前は実戦経験が少な過ぎる」
お師匠の言葉に何も言い返せせなかった。
確かに俺は、お師匠の側で妖が滅せられる所を間近で見て来た。
だけど、妖を滅したのはお師匠であって俺ではない。
俺は知識はあるけど…。
知識しかない。
何も言い返せない…。
お師匠は俺の肩を優しく叩いた。
トントンッ。
「強くなれ、江流。それがお前の使命なんだ」
「俺の…、使命?」
「あぁ、そうだ」
強くなる事が俺の使命…?
「どう言う事なの?誰がそんな事言ったの?」
俺がそう言うと、お師匠は黙ってから口を開いた。
「観音菩薩がそう言ったんだ。」
ドクンッ!!!
観音菩薩と言う名を聞いて、胸を強く打たれた感覚がした。
初めて聞いた名前の筈のに…。
どうしてだ?
「…流、江流!!!」
「っ!!」
お師匠の大きな声に、体がビクッと動いた。
「ボーッとしてたけど、大丈夫か?」
「え?あ、大丈夫…」
「江流、試験をするぞ」
「試験?」
「お前が孫悟空に会う資格があるかどうか」
お師匠の言葉を聞いた俺は、思わずお師匠の服を掴んでいた。
ガシッ!!
「ちょ、ちょっと待ってよ!!悟空に会う資格…ってどう言う事なの!?」
「今のお前に言えるのはここまでだ。」
ピシッと一線を引かれた。
試験を合格しない限り、その言葉の先を聞けないのか…。
上等だ。
「試験でも何でも受けてやる。合格したら、俺の聞きたい事を全部教えて貰うからなお師匠」
「分かった、お前が試験に合格したらの話だな」
お師匠はそう言って、軽く笑った。
「それで、試験の内容は?」
「中国高山地域に生息する"バイモ"を取って来る。これが試験の内容だ」
「バイモ…?」
聞いた事もないな…。
「バイモは薬草の事だよ。五年一度に咲く花の事だ」
お師匠は簡単に言うけど、中国高山地域には沢山の妖がいる。
その中に俺は、一人で取りに行かないと行けないんだな。
妖を滅した事ない俺に、この試験は難題過ぎる。
だけど、これも俺の使命と言うヤツなのだろうか…。
「受けるか受けないかはお前次第だ。別に受ける必要がない。孫悟空に会いたいなら…な?」
「っ!!」
お師匠はそう言って、ニヤリと笑った。
「俺は行くよお師匠。お師匠の弟子なんだからそれぐらい出来ないといけない」
「分かった、じゃあ出発は明日だ。明日までに準備をしておけよ?」
「分かった」
俺がそう言うと、お師匠は俺の頭を撫でて部屋を出て行った。
***
パタンッ。
江流がいる部屋から出て来た法明和尚を、水元が呼び止めた。
「法明和尚殿!!」
「ん?どうかしたか?」
「どうかしたか?じゃないですよ!?まだ、江流は七歳ですよ!?高山地域に一人で行かせる気ですか!?」
水元は大きな声を上げて、法明和尚に尋ねた。
「だから、こそなんだよ水元」
「え?」
「こうなる事は運命だったんだよ。」
そう言って、法明和尚は水元を背にし歩き出した。
水元は、法明和尚の言った言葉が理解出来ていなかった。
***
四日前ー 法明和尚 四十歳
俺はいつものように、神棚の前に座り手を合わせていた。
蝋燭の火が部屋の中を灯している。
神棚の前に置いてある水晶玉が光だし、映し出されたのは美しい黒髪を靡かせた人物が現れた。
「よぉ、法明和尚」
俺はこの人物を知っている。
この人物は…。
「お久しぶりです、観音菩薩殿」
幼い俺の目の前に現れた観音菩薩は、神に使えるのが俺の使命だと言った。
金もない貧乏だった俺を導いてくれた人物。
観音菩薩殿が天界人だと言う事は、一目見ただけで分かった。
この人の言う事は絶対に当たる。
俺と江流の出会いでさえも予言した。
「江流に、あの本は渡したか?」
あの本と言うのは、美猿王の事が書かれた本だ。
「はい、ずっと夢中になって読んでますよ」
「アハハハ!!そりゃあ…、自分が書いた本なんだから夢中になるのも無理ないか」
「え?そ、それはどう言う事ですか…?」
江流が自分で書いた?
俺は不思議に思い観音菩薩殿に尋ねた。
「お前は、どこまで僕の言葉を信じる?和尚」
そう言って、観音菩薩殿はジッと俺を見つめて来た。
「江流と俺が出会ったのはら必然だと観音菩薩殿は言いましたよね?」
「あぁ、言ったな」
「俺は貴方の言葉の全てを信じますよ。それが真実なのでしょう?」
「僕の言う事が当たらない時もあるぞ?」
「俺の聞いた言葉で当たってない時は、ありませんでしたよ」
俺がそう言うと、観音菩薩殿は軽く笑った。
「まぁ、僕の言っている事は事実だしな。お前はあの本一回は目を通したか?」
「え?江流に渡す前に一回だけ読みましたよ。それがどうかしましたか?」
「あの本の内容は全てが事実で、江流は金蝉の生まれ変わりだ」
「え!?江流がですか…?」
信じられない…。
こんな身近に金蝉の生まれ変わりがいたなんて…。
「あぁ、前世の記憶は消されてるがな」
「どうして、江流の前世の記憶が消されてしまったのですか?」
「それが金蝉を生まれ変わらす条件でな。孫悟空を助けようとして動いていた金蝉は、何者かに暗殺された。金蝉を生まれ変わせたのは、僕と天帝の独断なんだ」
観音菩薩殿の話した内容は本の通りだ。
今、聞いたのは本では語られていない話。
「そうだったのですか…」
「あぁ、それに金蝉…いや、今は江流か。江流の親は牛魔王に殺された。母親は、江流を樽の中に入れて川に流したんだ。牛魔王に殺されないようにな」
「なっ!?それは…本当ですか?」
大妖怪の牛魔王が、江流の両親を殺した?
「江流が金蝉の生まれ変わりだと知った牛魔王が赤子のうちに消したかったんだろうな。だが、孫悟空に興味を持った事は必然だったんだがな」
「…、孫悟空を救えるのが江流なのですか?」
「察しが良い子は好きだぞ。孫悟空の壊された心を救えるのは金蝉の生まれ変わりである江流と、あとニ人いる」
観音菩薩殿の話はまるで、夢物語のような感覚だ。
これから大きくなる江流の道は、一体どうなって行ってしまうんだ?
もしかして、江流は大きな存在になって行くのでは?
だが孫悟空を救う人物になるのが、あと二人いるのか。
「二人…ですか?」
「あぁ、この二人は孫悟空と江流が探し出さなければならない」
「そうなんですか…」
「和尚。江流を中国高山地域にあるセバイモを取りに行かせろ」
セバイモだと!?
あの地域は沢山の妖がいる山だ。
そんな中を妖退治を一度もした事がない江流に、行かせるだと?
そんなの危険過ぎる!!
「それは危険過ぎます!!」
「強くなる事が、江流の託された一つ目の宿命なんだ」
「っ…、貴方がそう言うのならそうなんでしょう…。あの子は孫悟空に惹かれつつある。あの子には才能があります。そのうち俺なんか直ぐに追い抜く」
「心配するのは仕方ない。だが、これはお前が代わってやる事が出来ない事だ。縁は結ばれてしまったのだからな」
あの子の頭の良さや、才能は持つべきモノだったと言う事か。
牛魔王が江流を狙っているのなら、俺は全力で江流を守る。
だが、江流の気持ちを否定はしない。
江流のやりたいようにさせてやりたいと思う。
俺はどこかで孫悟空に興味を持たないで欲しいと願ってしまっていた。
「僕はもう行くよ。それじゃあね」
そう言って、観音菩薩殿の姿は水晶玉に映らなくなった。
それから事なくして、四日後に江流に試験をする事になった。
あの子の目には強い意志が宿っている。
そんな江流を止める権利には俺にはなかった。
俺は襖を明け夜空に浮かぶ星を見つめていた。
「はぁ…、今夜は寝られそうにないな」
そう言って軽く溜め息を付いた。
***
陳 江流 七歳
チュチュチュッ…。
外から小鳥の鳴き声が聞こえた。
俺は袋にある程度の飲み水と、ナイフやら札を入れていた。
そして、毎日読んでいる本も袋に入れた。
誰も起こさないようにソッと、部屋の襖を開け部屋を出た。
静かに廊下を歩いていると、お師匠と水元が入り口で待っていた。
「おはよう、江流。少しは寝れたか?」
お師匠はいつものように朝の挨拶をして来た。
「まぁ…、少しは…」
本当は寝れてないけど。
「これを持って行け」
カチャッ。
そう言って、お師匠が渡して来たのは霊魂銃だった。
お師匠が妖怪退治の時に使っている銃だった。
「これは、霊魂銃!!?」
「俺のと同じタイプの物だ。札だけじゃ頼りないからな。これはお前の霊魂銃だよ」
「俺の…、霊魂銃」
俺は恐る恐るお、師匠から霊魂銃を貰った。
霊魂銃はズシっと、手のひらに重く乗っかった。
これが…、霊魂銃の重さなんだ。
「無事に帰って来て下さいよー!!江流」
水元が泣きながら、俺に近寄って来た。
「馬鹿。俺は死に行くんじゃなくて、お師匠の試験を受けに行くんだよ」
「で、でも私は心配で…!!」
「心配すんなよ水元。ちゃんと、ここに戻って来るんだからさ」
霊魂銃を袋に入れながら水元と話していると、お師匠が俺の頭を撫でて来た。
ワシャワシャワシャ!!!
「わぁ!!な、何?お師匠」
「帰って来いよ、江流」
お師匠の目の下に、薄っすらクマが出来ていた。
寝れなかったんだ、お師匠…。
なんか泣けて来た…。
俺は涙目を悟られないように、お師匠と水元に背を向けた。
「行ってきます」
「「行ってらっしゃい」」
俺は2人に見送られながら、金山寺を後にした。
この時の俺は、この後に待ち受けている事を知らずにいた。
その出来事が俺の人生を変える出来事になる。




