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西遊記龍華伝  作者: 小桃
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名付け親 弐

俺は大量の汗をかきながら、素早く指を動かしていた。


「変化術、分身の術!!」


ボンボンボンボンッ!!


そう言うと、煙を焚きながら同じポーズをした俺が何百人も現れた。


「で、出来た!!出来たぞ爺さん!!」


後ろに振り返り座って、見ていた爺さんに叫んだ。


「流石じゃ、美猿王。一年で七十二般の変化術を使いこなせるとは…、美猿王の成長力は計り知れないな」


爺さんはそう言って、ポンポンッと俺の肩を叩いた。


俺は一年前から、爺さんに妙道を教えてもらっていた。


妙道とは、長寿の術と呼ばれているもので不老不死には程遠いが長寿出来ると言われているモノだ。


俺以外に妙道の存在は知らないし、爺さんから教わっている弟子もいない。


これが俺と爺さんが、密かに行なっている秘密の修行なのだ。


「次は筋斗雲キントウンの法に移るとするかのう」


「筋斗雲?」


「深夜での修行は終わりじゃ、明日からは朝に行うぞ?」


「朝?朝は才達が起きてくるじゃねぇか」


俺がそう言うと爺さんは軽く笑った。


「その心配はないぞ?」


「は?」


「明日から半年、わしと法事周りに行くんだからの」


「は、半年!?法事ってなんだよ!!」


「わしの仕事じゃよ。ほれ、今日はもう休みなさい。明日の朝に出発するからの」


そう言って、爺さんは道場を出て行った。


「いつも急なんだよ、爺さんは…」


俺は溜め息を吐き、道場を後にした。



** 牛魔王の城にて **


牛魔王は水晶に映る美猿王を見ながら、酒を飲んでいた。


コツコツコツ。


牛魔王に向かって来る足音が部屋に響いた。


「牛魔王様、混世様をお連れ致しました」


混世大魔王を連れた牛魔王の世話をしている妖が、牛魔王に頭を下げた。


「あぁ、ご苦労。下がれ」


「失礼します」


パタンッ。


扉が閉まった事を確認した牛魔王は、混世大魔王を呼び、自分の近くに来させた。


「な、何だよ俺をよ、呼び出して…」


混世大魔王は、カタカタと体を震わせていた。


「そんなにビビる事ねぇだろ?混世」


牛魔王は静かに見下ろしながら、酒を口に運ぶ。


「お、俺に用があって呼び出したんだろ?」


「話が早いねー、お前に用がなきゃ呼ばねーよ」


牛魔王と混世大魔王の間には、格差があった。


妖怪の中でも一番力がある牛魔王は、混世大魔王にとって恐れの存在。


混世大魔王は、牛魔王の命令に絶対逆らえない契約を結んでいた。


体に染み付いた恐怖や痛みは、混世大魔王を縛り付ける理由になる。


「美猿王の山を落とせ」


「は?び、美猿王の山を?な、何で…、牛魔王の兄弟だ、だろ?」


柔かな表情をして、牛魔王はスッと顔色を変えた。


牛魔王は混世大魔王の首元に手を伸ばした。


ガシッ!!


「うぐっ!?」


「五月蝿い口を閉じろ。お前は黙って言われた事をやれば良いんたよ」


「わ、分かった、分かったから!!!」


混世大魔王が大きな声で叫ぶと、牛魔王はスッと首元を掴んでいた手を離した。


「ゴホッ、ゴホッ」


咳き込む混世大魔王に目を止めずに、水晶を見つめた。


「美猿王と須菩提祖師が明日の朝に寺を離れるそうだ。俺がお前を呼び出したら美猿王の山を落とせ」


「わ、分かったよ」


「分かったんなら、良いんだよ」


「一つだけ聞かせてくれ」


「何だよ」


牛魔王の返事を聞いた混世大魔王は、唾を音を立てながら飲み込んだ。


「ど、どうして美猿王と盃を交わしたんだよ」


「その時は美猿王が必要だっただけさ」


「必要だった…?」


「もう良いだろ。質問は一つだけだ。もう帰って良い」


牛魔王が扉に視線を向けると、扉が開いた。


「混世大魔王様。お送りします」


牛魔王の世話役の妖が、扉を開けた先に立っていた。


混世大魔王は覇気のない顔をして、部屋を出て行った。


牛魔王は座っていた椅子に座り直し、テーブルに置いてあった酒に口を付けた。


「美猿王、今のお前はつまらない。いや、つまらなくさせられたのか」


水晶に映る美猿王に向かって、牛魔王は冷たい言葉を吐いた。



***



美猿王 十八歳


朝食を食べ終えた俺達に、才達は寺の外まで付いて来た。


「美猿王さん気をつけて下さいね!!」


才は同じ言葉を昨日から俺に投げかけている。


「分かってるよ」


「建水、才、楚平。留守を頼みますよ」


爺さんがそう言うと、三人は元気よく返事をした。


俺と爺さんは、三人に見送られながら寺を後にした。


こうして、俺と爺さんの半年だけのニ人旅が始まった。


各地の寺を周り爺さんがお経を唱える。


俺は法事が終わるまでは、筋斗雲の術を使って空中散歩を楽しんでいた。


筋斗雲とは雲を操り、雲に乗り、自由自在に扱う術。


空に浮いている雲を使うのではなく、術を使って雲を出すのだ。


そんな奇想天外の術を俺が使える訳がないと思っていたのだが、すんなり法事周りの旅から三日で出来てしまった。


分身の術より簡単だった。


雲に乗っている俺を見て、爺さんは凄く褒めてくれた。


俺は術が出来た事よりも、爺さんに褒められる方が嬉しかった。


才達に教えるじゃなくて、俺だけに教えてくれた事が嬉しかった。


各地を転々としていると、街の人達は俺と爺さんを見て「御家族ですか?」とよく尋ねた。


爺さんは笑ってこう答えた。


「そうですよ、自慢の息子です」


そう言って、俺の頭を優しく撫でる。


家族…?


俺は家族と言うのがどんなモノか知らなかった。


こう言うのが家族なのか?


俺と爺さんは家族なのか?


俺の為に怒ったり、褒めたりするのが家族…なのだろうか。


そんな思いを胸に秘め夏が過ぎ、季節は秋に移り変わった。


四季の半分を共に過ごし、同じ時間を過ごした。


爺さんが時折、一人で何か考えている時があった。


そんな時は必ず、誰かを思い出しているのが分かる。


この世にいない"誰か"の事を。


誰にだって思い出す時はある。


特に人間は、俺達のような異端な存在より命は短からだ。


俺は何も聞かず、黙ってその場を離れていた。


俺と爺さんは、二人旅の最後の夜を宿舎で過ごしていた。


最後の夜だからと言って、俺の好物の桃を買ってくれた。


部屋で桃を食べている俺に爺さんが尋ねてきた。


「お前さんの名前は誰が名付けたんじゃ?」


「俺の名前?長老の爺さんが名付けたって言ってたな」


「あー、花果山の長老さんが。長老さんが美猿王の父と言う訳か」


「さーね」


そう言って、俺は桃を齧った。


「俺はどうやって産まれたか分かんねーし。いつの間にか花果山に居て、長老の爺さんに山を守って欲しいって言われて言われるがままに戦ってた。 」


爺さんは、俺の話を黙って聞いていた。


丁や山の猿達は俺の家族と呼べるモノじゃない。


俺の手下。


俺の家来。


俺の下僕。


俺の力を恐れ、欲しがった奴等が付いて来ていただけ。


そう、ただ言われるがままに守っていただけだ。


「なら、わしがお前に新しい名前を付けよう」


「へ?な、名前?」


爺さんは突然、突拍子のない事を言い出した。


「わしはお前さんの雲に乗っている姿を見てずっと思っていた事があったんじゃ」


爺さんの言葉に驚いてしまった。


「空を悟る者と」


「空を?」


「姓は孫、名前は悟空ゴクウ。今日からお前さんは孫悟空じゃ。わしの一番弟子なのだから姓がないと不憫じゃろ?」


爺さんの言葉を聞いて体が熱くなった。


俺の心臓が震え上がった。


一番弟子…?


「俺が爺さんの一番弟子…?」


「ん?当たり前じゃ。他の弟子達には秘密じゃぞ?」


顔に一気に熱が籠って行くのが分かる。


俺は、嬉しいんだ。


アンタに褒められ、アンタに名前を付けられた事が。


「ふ、ふん!!し、仕方ねぇな。な、名前を貰ったしな」


「ありがとう悟空」


俺は返事をせずに、ガバッと布団に潜り込んだ。


涙が出そうになったから、返事が出来なかった。


空を悟る者か…。


爺さんから見てそう見えたのか。


孫悟空…。


今日から俺の名前なんだ。


このまま爺さんの寺にいるのも悪くないのかもな。


俺はすっかり牛魔王の存在を忘れていた。


牛魔王よりも爺さんの方が俺の中で大切になっていた。


この時の俺は、牛魔王の企みを知らずにいた。



半年ぶりに寺にに戻ると、体が大きくなった才達が俺と爺さんを出迎えた。


「お帰りなさい!!須菩提祖師殿、美猿王さん!!」


「ただいま。才や、もう美猿王と言う名じゃないよ」


「え?そ、それって…」


才が爺さんの言葉に首を傾げた時だった。


「び、美猿王!!」


声の主に聞き覚えがあった。


振り返るとそこにいたのは、ボロボロの丁の姿があっ

た。


「丁!?どうして、お前がここにいるんだ!?」


「助けて下さい、美猿王!!」


尋常じゃない慌てようだった。


こんな丁を俺は初めて見た。  


花果山で、何があった事は明白だ。


「何があった」


「こ、混世大魔王が妖を引き連れて、山を攻めて来ました!!」


「は?何で混世が攻めて来た」


六大魔王の混世が花果山を攻める理由があるとすれば、俺が気に入らないから。


だとしても、今更過ぎないか?


「わ、分かりません!!私達だけじゃ混世大魔王を

止めれません!どうか、どうかお助け下さい!!」


丁はそう言って、頭を下げてきた。


混世が俺の山を攻めて来た理由が分からん。


考えられるとすれば、俺がいないのを知って山を攻めて来たのだろう。


俺の事を嫌っていたとしても、今なのか?


そんな事を考えていると爺さんが俺の背中を叩いた。


トンッ。


「悟空、行っておやりない」


「爺さん」


「ここまで育ててくれた長老さんや山の猿達を助けてやりなさい。わしはここで悟空の帰りを待っているから」


そう言って、爺さんは俺に微笑みかけた。


「分かった、片付けたらすぐに戻る」


「行っておいで」


「行くぞ、丁。さっさと片付けるぞ」


グッ!!


俺は丁の服の首元を掴み、立ち上がらせた。


「あ、ありがとうございます!!」


俺達は全速力で寺を後にした。


この時から俺は、牛魔王の手のひらで転がされていた事を知らなかった。


俺の日常の歯車が音立てて壊れ始めていた。


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