八話『格好良いポーズ』
「ふんふふーんふふふーん」
いつぞやのように調子外れの鼻歌を刻む。
「エイリー様。ご機嫌ですね」
「そう? わかっちゃう? これが姉弟の絆ってやつね。というかお姉さんとしてはそろそろ様付けは遠慮したいところなんだけど」
「ははは……」
もう出会ってから四年も経つし、仲良くなってきてると彼女としても感じるが、いまだに様をつけられている。
今となってはフラムはおどおどした様子はない。
しっかり目を見てはきはき喋るようになったりと自分の育成効果はでてると思っているのだが、切っ掛けがないのだろうかと考えたりしている。
「それよりどうなの。楽しい?」
「面白いです。ただお尻が冷たいですが」
「ふーむ。布だと足りないか。ダンボールがあれば最高なんだけどね」
コツコツと彼女は先程まで滑っていたものを拳で軽く叩いた。
氷なのでカツンという独特の音が鳴る。
「でもエイリー様はこんなのよく作れますね」
「すごいでしょ。楽しく遊ぼうと思った時にこれを思いつく発想。名前は滑り台。何歳になっても楽しめる極上の遊具なんだから」
かくいうエイリーも前世では高校生にもなって公園を見かけた時、たまに滑ったりしていた。友人からはバカじゃないのという冷めた目で見られたものである。
それは氷で作られた滑り台だった。
長さは程々で高さもそんなになく、勢いをつけて滑っても怪我することはないようになっている。
「そういう意味ではないですけど……これって全然崩れませんがどうやって維持してるんです」
「ん? 普通に。ギュッと握るような感じで」
「ギュッと? え、ギュッと?」
「ほら握ってあげたら固形になるでしょ。すぐ終わるものはイメージそのまま出す。維持したいのは出す前に頭の中でギュギュッと握ってあげたら完成」
「竜語で話してます?」
「公用語だよ」
そんなにわからないかなと不思議がる。
一応転生前の家は道場をやっていて、子供達に教えたりしてたから教えることには自信があったりするので正直ショックだった。
「……いやそういうのはどうでもよくて。フラム」
「なんですか。エイリー様目が笑ってませんが」
彼女はガシッとフラムの肩を掴んで、顔を近づける。端正な顔立ちをしてるだけに迫力も一押しだ。
「笑ってるよ。だって楽しいもん。ご機嫌なんだから。フラムもご機嫌だよね? 滑り台楽しいもんね」
「今現在楽しさから離れていってるところですけど」
「ならもっともっと滑ろう。それでご機嫌になろう」
体を掴まれて滑り台の階段を登っていくフラムは、それこそ絞首刑台に登っていくような気持ちだったという。
「エイリー様! な、なにが目的ですか! 大体のことは僕やるんで! なにとぞ勘弁を!」
「おおう。やっぱ滑り台が効果的だったわね。男の子には滑り台。定番だわ。ご機嫌のあまり自分から手伝ってくれると言ってくれるなんて私嬉しい」
エイリーは涙を拭う真似をする。
いや、本当に嬉しいのか若干涙が出てるのが恐怖だった。
「それでね。フラム。貴方だけにしか頼めないことあるの」
引きつる表情のフラムに対して彼女は嬉しそうに頼み事を告げる。
「ある場所に行って、とあるポーズを取ってもらいたいんだ」
世界樹祭り。
世界樹がこの世界に来た日の祭日である。世界中の人間がその日は仕事をしたがらない。家族揃って豪勢な食事を囲んだりするのだ。ゼブル家も夜には大々的なパーティーをする。
そんな楽しい日に世界一不幸な弟がいた。
春に近づいて木々に新葉が生えてきているが、そこだけは冬そのものであった。
主人公が住む町の近くにある森の中。祠のすぐ前で姉に指導されている。
「ええと、ここでポーズを取るんですか?」
「うん。とびっきりの格好良いポーズを頼むよ最愛の弟よ!」
「格好良いポーズ?」
「格好良いポーズ!」
わりと不幸な運命を歩んできた彼は、その中でもトップクラスな不幸な目に叫んだ。
「わからなすぎます! なんか持たれて空飛んだと思えばよくわからない場所に連れてこられて格好良いポーズしろってーー空飛ぶ!? なんで空飛べる!? 格好良いポーズ!? どんな格好良いポーズを取れと!」
「それはもうフラムに任せる。女の子が見ただけでキャー格好いい! 一生幸せになりましょ! となるぐらいの」
「ポーズ見ただけでそんなになる女の子いやだあああああ!」
「大丈夫」
「なにが!? どういう大丈夫なんですか!?」
エイリーとしては彼らがくっつくことで幸せになることを確信しているので、なんの躊躇いもなくガンガン押していた。私良いことしてるわーという善意による押しの強さである。
地獄への道は善意で舗装されていた。
そして、そんなことを知らないフラムは、ただただ恐怖を感じる他なかった。
「いけない。もうそろそろ来るかもしれないから頼んだよ格好良いポーズ。じゃあね!」
「え。ちょ。ほんとに!?」
彼女はとんっとんと木を駆け上がり、ジャンプして他の木の枝に移っていく。猿でもこうは見事に木を移動することがでないだろう。
今から来るだろう人に悟られない位置まで移動したエイリーは、遠くからフラムの様子を観察する。
「頼むよフラム。この作戦は貴方の格好いいポーズにかかってるんだから」
ガリガリと頭をかいたフラムは大きすぎるほどの溜息をし、なんとポーズを作り始めていた。
あまりにも出来た弟である。
今年一番の孝行弟かもしれなかった。
手を顔に当てて上を向き、まるで物憂げな男を演じている様子だった。
「がんばれーがんばれー」
それを遠くから本気で応援するエイリー。
頭がおかしくなるようなシチュエーションだった。
時間が過ぎても来ないので、ポーズが悪いのかと色んなポーズを取る緑色の髪を持つ思春期の少年。
次はなにやら石に片足を置き、拳に顎を乗せ、まるでたそがれている大人の男みたいな格好をする。港で渋みがある男がやっていたら決まっていたかもしれないが、圧倒的に渋さが足りていなかった。
その次は木にもたれかかり、何度も頭の髪を払う仕草をする。
更にその次は背中を見せながらこちらを軽く見るという難易度の高いポーズで、エイリーもこれには頑張ってるなと感心した会心のポーズだった。
「いいよー格好いいぞぉ」
その後のポーズは力こぶしを作り筋力アピールをしだしたのだが、わかりやすく迷走しだした。
あちゃーとエイリーも手で目を覆うも、見過ごすわけにはいかないので隙間からそのポーズを見ている。
「次のポーズ行こ」
何度も繰り広げられるポーズの嵐。
本当に彼は頑張り、最早なんのポーズをしたいのかさっぱりわからないものもいくつもあった。
時間が経つ。
無情にもどんどん過ぎていく。
格好いいポーズだけが太陽に照らされ、その影が伸びていく。
すべてを出し切ったフラムの最後のポーズは項垂れ、肩を落とすポーズだった。ポーズではなく、ただの心から漏れ出た自然な姿なのかもしれない。
日も暮れ、絶対にこの時間にはこないという確信が持てる時間になったので、慌ててエイリーは飛び出して両手を合わせて頭を下げた。
「ごめんね! どうやら今日来ないみたいなの!」
「…………」
「絶対くるはずなのにおかしいな。本当に絶対来るはずだったんだよ」
「…………」
「フラムにはもう感謝しかないな。こんな時間まで付き合わせて悪かったよね。じゃあもう帰ろうっか。早く帰らないとパーティーに遅れちゃうし」
「……………………」
無言であった。
ただひたすら無言だった。
顔を落とすフラムの顔には髪がかかり、どういう表情かわからない。
「えっとえっと――」
どう言えばいいかわからない彼女は、思わず逆鱗を踏んでしまった。
「そういえばフラムの考える格好良いポーズってあんなのなんだね」
「…………っ!」
反応があった。
ゆっくりと、本当にゆっくりと顔を上げていく。
前に垂れ下がっていた髪の毛が後ろに行き、見えた表情は意外にも笑っていた。
おでこに特大の怒りマークがついていたが。
「ぶっ飛ばしますよ。――姉さん」
こうしてエイリーの考えていたルートのフラグ立て大作戦は大失敗に終わり。
この世のすべての理不尽に晒された弟は逞しく成長したのだった。