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『つえー女』と言われました。  作者: 山真中紡
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六話『善用の準備』



「いっちにーさんしー、にいにいさんしー」


 ある晴れた朝。

 ゼブル家令嬢の休みの一日だ。家庭教師をつけられている彼女も、週に一度は休日がある。その一日を普段の彼女は色んな鍛錬と弟とのメンタル前向き修行に充てているのだが、今日は朝食が終わって弁当と水を用意した彼女は、弁当などを入れた鞄を背負いながらストレッチをしていた。


 アキレス腱をよく伸ばして首もグリグリと回す。

 服装は運動しやすいものだ。安っぽくはないが、大貴族の令嬢が着る服ではない。裕福な平民と言われても違和感はなかった。


 これから行く場所への方角を地図と共に確かめる。

 しかし、彼女の進行方向には森しかない。そこを突っ切るのは、非常に苦労のいることだ。怪我、迷子といった想像は容易くできる。


「じゃあ奥の手その一やっっちゃおう!」


 彼女の表情は真剣そのもの。

 いくら彼女でも今から行うのは大変緊張する。なんせつい最近思いついて身に着けたものだ。

 瞳は斜め上。まるで放たれるミサイルのように。


「風飛翔!」


 単語は簡単。

 頭の悪そうな端的で誰でも思いつく言葉。

 その内容は誰でもできるものではなかったが。


「ん、案外楽勝だね」


 彼女は飛んでいた。

 宙を風の力で飛翔している。


 空を飛ぶなんていう世界法はない。少なくとも彼女が調べた限りではなかった。世界法の主な使い方は放つと守るだ。放ち方や守り方は色々あるが飛ぶというものはない。

 なんせ呪文に応じて勝手に動いてくれるなんていうアシスト機能はなく、あくまで想像だけで生み出さないといけないので、コントロールが困難である。

 今、彼女はほぼ無意識化において、感覚だけで上手いこと風を全身に纏わせて飛んでいる。

 意識しないと世界法は発動しないが、ここまでの複雑かつ繊細なコントロールは、意識しすぎるとほぼ不可能という矛盾。


「自転車を乗るみたいなものかな。慣れるとなんで乗れなかったのかわからない、みたいなの」


 それを軽口をたたきながらゆうゆうとこなしているエイリー。


 異常を指摘する人は誰もいない。

 ここは空の上。

 鳥ぐらいしか存在を許されない世界である。


「いやちょっと待てよ。私すぐ乗れたな。うん、一瞬で乗れたからこそんなことはなかったわ。安登加は半年ぐらい乗れなくて一緒に頑張ってたけど。乗れた時は私が泣いたね。あれが子供が育つ喜び。同級生だけど」


 前の世界の思い出話を咲かせる余裕もある。


「えっと、こっちで大丈夫かな。アリスタル家の町がある方角は」


 何度も確かめる。

 前の世界と違ってスマホで道案内なんてない。普通の道には看板などもあるが、森の上を飛んでいくのだからそれにも頼れない。地図頼りだ。何百キロも進んだ結果、たどり着きませんでしたでは冗談にもならない。


「川を辿るのが一番いいか。よし、レッツゴー!」


 軽い気合いを入れながら飛んでいく。

 障害物がなく一直線に飛ぶ彼女の移動距離は、その速さを伴ってこの世界において並外れたものだった。





 町が見える。

 一時間も経たない内に目的地にたどり着いた彼女は、見つからないように注意しながらふんわりと少し町から離れた場所に着地した。


「到着っと。途中からほぼ勘だったけど、なんだかんだちゃんと着くものなんだね」


 若干怖いことを言いながら頷いている。

 目印になる川を辿ったりとエイリー的には知能を働かせていたのだが、川が二方向にわかれていたり途切れたりしてあてにならず、こっちっぽいなと進んでいたのだが、なぜか到着してしまったのである。

 恐るべき野生の勘であった。


 辺りを見回しながら深く呼吸する。

 目的地はのどかな場所だった。ゼブル家に与えられた領地の街に比べると小ぢんまりしているが、決して寂れている様子はない。人が頑張って生きている。そんな印象を受ける町だ。


「ここが主人公の住む町かぁ。良い町よね。なんか私も見覚えある気がするし。スチルとかあった?」


 さらわれヒロインの主人公。弟とくっつけてハッピーエンドを目指す相手。重要なキャラであるはずの彼女のことは全然思い出せない。

 主人公の設定はヒーロー達に比べたら覚えているわけがないよねと諦めた彼女は別方向で攻めることにした。


「自分ながら冴えてるわ。父親の家名から導き出すだなんてかしこー」


 どのようなわけか脇キャラの主人公の父親のことはよく覚えている。茶髪という髪型も名前も。準男爵の爵位を持ち町を治めるアリスタル家。有能な執事にお願いしてみればすぐだった。


「これが聖地巡礼っていうものなのね。主人公の始まりの地。やば、始まりの地とかなんかめっちゃグッとくる。くぅぅぅ、スマホがないのが悔やまれる。仕方がない。ないなら私の記憶力ガンバ。パシャパシャ」


 口で交換を鳴らしながら頭にその景色を保存する。

 どこからどう見ても不審者で、この牧歌的な町に似つかわしくないものだった。


「はっ、オタクが出ちゃったわ。いけないいけない。私がここに来たのは善用のため。私用じゃない。公私混同は言語道断よ」


 なにも主人公が生まれた場所を見たいから来たわけではない。

 そして、主人公に会いに来たわけでもない。


「――フラグを作りに来たんだから」


 彼女の描く弟と主人公くっつけるための作戦に必要だからわざわざここに来たのだ。


「世界樹祭の日。うん、覚えている。父親に連れられて山の中のある場所に祈りに来たんだよね。その時、偶然出会ったのが弟ルートの始まり。結局ゲームのルート分岐はフラグを踏むかどうかって話よね。ふふふ、なら偶然を装って出会わせちゃえばいいってことよ! それも最高の場面で。……見える見えるわ完璧なスチルが! これはその時のスチルを印刷されたグッズが出るわね!」


 鼻高々。自分のあまりの策士っぷりに腰に両手を当てて自画自賛のオンパレードである。

 もうこれは勝ったなと風呂入ってくると言わんばかりである。


「でも十二歳の世界樹祭の日でこの近くの山の中ってわかっているけど、山の中のどこって話なのよね」


 周囲を見回してみると、山が一つある。なかなかの大きさの山だ。

 その山のどこに正解があるだなんてのは覚えてないし、外から見ただけではわからない。


「聞いたら一発なんだけど、それで警戒されたらご破算だし。空から探し回るのも誰かに見られたら怪奇山飛び赤女として禁制の場所とされる可能性もあるのよね」


 山の中にあるのは確定しているが、その山の目的地を探すのはかなり億劫なことになるのは間違いなかった。


「それに町が管理している山に勝手に入るのは盗難を疑われる可能性もあるか。かなり重罪よね。うう、見つかってはいけないわ」


 盗むつもりなど欠片もないが、疑われる可能性はある。


「こういうのは足ね。フラグ作りは足で稼げ。手当たり次第探せば、いつか見つかるでしょ。まだ世界樹祭まで半年以上あるんだし余裕余裕」


 考えるのをやめた彼女は、最終的には脳筋丸出しの解決策にした。

 しかし、山というのは思いのほか広いものだ。

 てっきりちゃんとした道の傍にあるものだと考えていた彼女は、一日や二日では無理だろうでも五日も使えば見つかるだろうと高を括っていたが、まさかここから半年はかかるとは想像もしていなかった。





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