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『つえー女』と言われました。  作者: 山真中紡
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五話『二度の侮辱』




 名家のお嬢様に義理の弟ができてから四年近くの月日が経った。

 頼まれていた情報が分かったので、探していた令嬢を見つけると、立ち止まってしまった。


 なんせ自分の感覚ではまだまだ幼い少女なのに、外見は大きく変わっている。

 彼女は今年で十二歳になる。身長もすらりと伸びて、見てくれだけなら美少女といっていい仕上がり具合である。十人中十人は美人と言われても反対することはないに違いない。町を歩いていると、注目を浴びているのでさりげなく遮ることも多くなった。


 執事としては成長を目のあたりにするだけで涙が零れそうになる。

 結婚もしなかった身としては、子供の成長のように感じられ、同時に自分も歳を取ったなと思う。


 彼女も、もう二年も経てば学園に入学する年齢だ。

 外見は大人になったエイリーが何をしているかというと、片手を何故か上げながら――汗だくの男達を見ていた。


 涙も引っ込むわけである。


「ふむふむ」


 ねぶるように見ていた。

 年頃の女の子が汗だくの二十代後半から三十代前半の男二十数人を穴が開くかというほど見つめていた。


 当然見られてる側の筋肉集団も気づいているようだが、あまり気にした様子もない。一生懸命木剣を振るっている。エイリーの熱い視線に気づいた人は手を振ったりもしていた。隊長らしき人物から怒られている。


「はぁ。……お嬢様。もう彼らも慣れましたね」


 ため息を背後から浴びせる。

 執事である彼は白髪をあの頃より増やしながらも、日頃の運動のせいか体全体としては若返ってるのかと思えるほどだ。


「また見ておられになるのですか」

「うん。だって楽しいよ」

「素振りを見てるだけなのに、ですか?」

「素振りしか見られないのはパパのせいじゃん! 本当なら打ち合ってる姿も見たいし、何なら私も混ざりたかった!」


 わかりやすく地団太を踏んで納得できなさを主張する外見十二歳。


「由緒あるご令嬢が家の騎士団と打ち合えるわけありません。旦那様は禁止されましたが、こればかりは至極当然な判断だと思います。素振りの様子は見るだけなら……と旦那様はエミリー様に押されて許しましたけど。しかし、素振りなんて見ても面白くもないでしょう。最初の一回ならまだしも、そう何回も見ても意味ないでしょうし」

「そーでもないよ」


 彼女は首を振って素振りをしている人たちに指を差した。


 同じように剣を振るっているようにしか見えない彼らを彼女はいつも通り見ていた。


「リッチャさんはむしゃくしゃすることでもあったのかな。剣を振りすぎている。だから姿勢を戻すときにいつもより苦労しているし。ドラギニさんは丁寧な振りだよね。流石我が家の騎士団長。でもいつもより殊更丁寧なのは最近新人さんが入ってきたのを意識してるね、絶対。ひゅー格好いいぜ団長さん。コーダさんは……なんだかこれくらいの高さの動物を相手にしているイメージで素振りしている? 魔物との経験積みにゲートを通って魔物退治に行くらしいけど、そこで苦戦でもしたのかな」


 見えている通りのことを口にしたエイリーはほらとばかりに執事に笑顔を向ける。


「わかることもあるでしょ! もちろん手合わせをさせてくれたらもっとわかること増えるんだけどね!」


 執事は彼女が指名した人物の振りを見てみるも、確かに言われてみればそんな気がしなくもないか程度にしかわからなかった。

 昔実際に剣を振るっていた目からしても、そんな些細な違いを読み取ることはできない。ただの素振りだ。


「お嬢様の気のせいではございませんか。私も若い頃に多少の剣の覚えはありますが、それでそんなことをわかることはございませんよ」

「ええー。だってそんな感じに振るっているじゃん」


 なんでそんなこともわからないのだろうという純粋な疑問。

 あまりにも真っ直ぐな物言いに真実が含まれている気にさせられる。


「それにしてもずっと不思議なのが、剣って魔物相手に振るうんだよね? でも素振りを見る限りでは相手を人と想定して振っている方が断然多いんだよね。七と三、いや八と二あたりの配分で。不思議〜」


 何を想像して何に対して振るっているか。人のイメージを勝手に見ることはできない。よほど大げさにでもしない限り、そんな細かくわかるわけがない。

 ならば、ぴしゃりと当ててしまってはどういう理由なのか。


 思わず執事の口からはポロッと暴言が出た。


「……お嬢様、もしや普段は賢くない振りをしていらっしゃる?」

「それ侮辱だかんね!」

「いやその割には初歩的な知識をお忘れになっているので振りではありませんか」

「それもめっちゃ侮辱だかんね!!!」


 もう一発出た。

 ぷんぷんと可愛く怒る主の子を見ると、剣を振るう姿は想像がつかない。部屋では剣を振るう真似事をしているようだが、それで剣の才能が開花することなどありえない。


 だが剣を見る才はあるようであった。


「世界法の授業の時に習ったと思いますが、剣は魔物を退治するにあたってメインではありません。当たれば切れるし、倒すこともできるものですが、あくまで咄嗟に近づかれた時のサブ用です。男性は杖の代わりとしたり、魔物に近づかれることもあるので大事ではありますけど、メインはあくまで世界法。なんせ魔物には世界法が効きやすいですから」

「そんなこと確か習ったような。弱点を突いたみたいな?」

「ええ。弱点です。魔物は世界法に弱い。逆に人には闇色を除けば世界法は効きにくいです」

「効果は今一つだ!」

「特にその属性を高く持っている相手には三分の一や四分の一程度にも効きません。まともに当たれば普通は火だるまになる赤色も、赤色属性持ち相手では火傷程度で済みます」

「へぇー、あれそれならなんでこんなに騎士団は剣の練習をしているの? それも人を想定して」

「それは……」


 執事は言いよどむ。箱入り娘として育てたい主の意向に背くことになるからだ。

 剣は治安を乱す人間相手に使うことがあるからである。世界法が効きにくい人には剣が有効打になることも多い。だから便利かつ遠距離な世界法だけでなく、木剣の打ち合いの練習をしないといけない。


 つまりは悪くいうなら効率良く人を殺すためだ。


「剣の大会とかもありますからね。毎年王都ではありますし、エイリー様が通うことになられるペンドラゴン高等学園でも一年に一回あるらしいですよ。なんでも最近では女性の部もできたとか。お嬢様は絶対参加してはいけませんよ」

「ふふふ、小娘たちよ。我がエイリー剣の錆となって消えよ」

「ちゃんと話聞いてました!?」

「冗談よ冗談」

「本当に冗談なのですよね……」


 コロコロと可愛らしく笑うエイリーに大きな不安を抱く。


 何をするかわからないお転婆お嬢様の相手は、執事にとっては胃痛の種だ。それとは同時に少し振り回される楽しさもあるが。

 開けてびっくり玉手箱。何が起こるかわからないのがこのお嬢様である。いつだって心配が身にまとう。


「そういえば、わざわざ来たのはなにか用があるの?」

「前に頼まれてきたことが調べ終わったので、そのご報告です」

「やった!」


 今回は特にその心配の色合いが濃く見える。


「……お嬢様? 調べるのは簡単でしたし、悪用するような情報ではないので、大丈夫と思いたいのですが、これを知ってなにをするつもりでしょうか」

「なによ悪用って!? ただ単にどこかで聞いたことがあったから知りたかっただけ! それに私が悪用なんてするわけないわ」


 カッと見開いた瞳は無駄に澄んでいる。自分の行いを純粋に信じている目だ。

 こういう時ほど凄いことをやらかすと、長年世話した執事の経験の鐘が鳴り響いていた。


「やるとしてもあえていうなら善用!」



 胸を張りながら堂々と言うお嬢様の言葉に、やはり調べられなかったと報告する方が良かったかと思う家の執事であった。





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