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『つえー女』と言われました。  作者: 山真中紡
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二話『笑顔の見覚え』




「お嬢様一人での運動をしないと約束を……してもらえないでしょうか」

「しません」

「どうしてもですか」

「どうしてでもよ」

「外に出ることを禁止されたとしてもでしょうか」

「それなら部屋の中で鍛錬する。するには充分な広さだし。ほら、そのためにこの前二階の端の部屋に移ったんだよ。下は物置部屋で迷惑も掛からないパーフェクト対策。私だって色々考えているんだから」


 かつての記憶が蘇ることによって彼女のヤンチャぶりはただの運動から鍛錬といえるものに変わった。行動範囲も広がるし、鍛え方も明らかに子供にしては常軌を逸している。

 その対応をしなければならないのが、今年五十二歳になる執事である。


「え、お嬢様に運動させないようにしようと思ったら椅子に縛り付けないと駄目なの……」


 いつの間にか細マッチョになりつつある執事はふらりと倒れそうになる。大分お疲れの様子であった。


「爺や大丈夫? お茶でも持ってこようか?」

「その労りを約束する方にもっていけませんかね」

「い。や」


 エイリーは腕をバッテンにして断固拒否の姿勢を見せる。


「誰か見てるところでは負担大き目の運動できないし、絶対私その約束破るもん。破る約束はしない。だって自分も相手も嫌な気持ちになるしね」


 胸を張って言い切る姿はいっそ男前なぐらいである。


「お嬢様。伯爵家としても最大規模であり、侯爵家とも遜色のないゼブル家の一人娘としてはやはり運動は程ほどにして、もっと色々と勉強してもらわないといけません」

「言われた勉強の時間はちゃんと守ってるよ。サボってるわけじゃないんだから余りの時間どう過ごそうが勝手だと思いまーす!」

「真面目にはやってるとは旦那様に雇われている教師の方から私も報告では聞いています。そういうところは誉めたい気持ちでいっぱいです。ですが、授業の内容はあまり進んでないとも聞いています」

「うぐっ」


 痛いところを突かれたと胸を抑える。

 確かに彼女は真面目に授業を受けていた。彼女に甘い父親にお願いして、元々予定されていたあまりにも多い勉強の時間は少々減らしてもらったが、それでも中学校の授業時間ぐらいある個人授業の時間を休むことも遅れることもなく受けていたが、あまり捗ってはいなかった。


 それというのも――


「だって私の頭がそんなに賢くないし……」


 という風な理由なので、致し方ない部分もある。

 だが、執事としてもそういわれるとなんとも言えないところである。小言はするが、仕事抜きにして愛情を持っているからだ。馬鹿すぎるのを何とかしろとは説教しにくい。


「歴史とか全然覚えられないし…………」

「…………」


 かなり気まずめの沈黙が場を支配した後、神の助けとばかりにある人が執事の目に入った。


「おお、旦那様! 遠い親戚のご様子をお見受けになるということですが、お早いお帰りですね!」

「んっ? 世界樹の愛し子ではないか! 道理でここだけ輝いていると思った!」


 執事の声を無視して駆け寄ってきたのは、少しだけ腹のぜい肉を感じる三十過ぎの男である。とはいっても筋肉がないわけではない。それが証拠にエイリーを軽々と抱き上げた。


「なんと軽――いや、ちょっと重くなっていないか。もしや我が家の太陽はまた激しい運動しているのでは」

「お帰りなさい。嫌ですわ、パパ。乙女の体重のことに触れるのはタブーです」

「うむうむ。であるな! 太陽に触れて焼かれては困る」


 エイリーに微笑みかけれて、破顔させる男は彼女の父親である。

 若干のカロリーの過剰摂取を感じるものの、昔は端正な顔立ちをしていたのは見て取れ、その瞳の鋭さは血の繋がりを感じる。


 ゼブル家の現当主であり、国の騎士団団長の任を受けるという重い立場を請け負っている人物だ。その彼は娘に会えてとても嬉しそうだった。


「で、パパってばまたお土産を買ってきたの? 嬉しいですけど、もう外出るたびに買ってきたら、物の置き場が……」

「部屋など余っているからそこに置けばいい。二部屋ぐらい物置にしても構わない!」

「既に現在で四部屋おありで御座います旦那様」

「十部屋ぐらい物置部屋にしても構わない!」


 わはははっ、と豪快に笑うバカ親。権力も財力も持った男が子供を溺愛するとこんなことになるという例である。

 前世では早くに両親を亡くし、厳格な祖父に育てられた彼女としては、毛恥ずかしい。しかし、悪い気はしていなかった。

 エイリーを下した父親は手ぶらで笑う。


「お土産といっていいかはわからないが、今日も用意しているよ」

「では、五部屋目を用意しておきます」

「ああ? いや今日のお土産は物ではないのだ。……しかし、部屋は必要ではあるな。部屋を見繕って清掃はしておいてくれ」

「はい、了解しましたが……どのような理由の部屋でしょうか。物ではないというとお客様用ということですか」


 執事はこの家に仕える者として躊躇いなく頷いたが、部屋を用意しろといってもどういう目的によるものなのかということをわかっていないと適切な用意をできないので尋ねた。


「今日増える家族のためのものだな」


 さらりと爆弾発言をする。


「えええー!?」


 執事は驚愕の表情をするだけで抑えられたが、エイリーは声を上げてしまう。


「犬ですか! 猫ですか! ペットは、うーん生き物をちゃんと飼えるかな。生き物の世話をすることは大変なことだと聞くよね。私にできるかしら。……違う。やらないといけないのよ」


 突然家族が増えると聞かされるとペットを連れてきたと思うのが、普通である。

 彼女もその結論に至り、飼い主としての責任の重さを背負おうとしていた。その責任感だけでいえば、咄嗟にしては十分すぎるほどの強さであった。


「ペット? ペットが欲しいならエイリーの好みもあるし、何十匹もつれてきてその中から選んでもらうよ。そんな僕の好みを押し付けるようなやり方をするほど分からず屋のパパじゃないからね」


 ニッコリとその切れ長の瞳で笑う父親は恐ろしいことを口にした。


「え。ペットじゃない? ペットじゃないって――」


 色んな想像をする。まだ若い父親がペットではない家族を連れてきた。その理由がまったく思いつかない。

 しかし、執事は思い当たったようで、顔を青ざめ、エイリーを庇うかのように一歩前に出てきた。


「旦那様。ここでその話は……」

「何を急に。エイリーにまず話したいんだが」 

「エイリー様は少々腕白な気はありますが、純粋なお方です。段階を踏んでからお耳に入れた方がよろしいかと存じます。それに奥様にも……くぅ、おいたわしや」


 ポケットの中から奇麗に洗濯されているハンカチを自分の目頭にやる。重たい話というのが一目瞭然で、話についていけてないエミリーもその場の雰囲気に飲まれ、ポケットから少しくしゃくしゃになったハンカチを取り出していた。


 新しい女を連れ込んできたと思われてると気づいた父親は慌てて否定する。


「いや違う違う! 勘違いしている! そんなことするわけがない。この愛妻家にして愛娘家の僕が!? 体が弱い? そんなところも儚げで素敵さ! 元からそういうのひっくるめて好きになったわ! というか、これに関してはもしかしたらそういうこともあるかもしれないと愛妻に事前に許可とってあるからね!」

「……それでは家族とは?」


 必死に否定する言葉には真実味がある。

 貴族。それも大貴族と言われるゼブル家では本来なら兄妹がいて当然のことだ。この国では女性にも家長の継承権があるが、男性の方がいいとは言われるし、もし万一のことがあれば継承権の継ぎ場所に困る。だから、執事としても自分の血を継いだ子供を更に欲しがったと推測したのである。


 しかし、新しい妻ではないとなると、結論は一つしかない。


「旦那様まさか……」

「うん、養子だよ」


 彼は素直に頷く。

 そして、よく似た黒い瞳で彼女の瞳を真正面から見た。


「エミリー。今日から君の弟ができるんだ」







「ほうほう……なるほどなるほど」


 変質者がいた。

 玄関に入ったところにいる子供を壁に隠れて観察する危ない女である。

 ここが自分の家で、内面はともかく外見は同年代ということで逮捕にはならないのが救いだろう。


「ふむふむ」


 始めてきた場所で不安なのか、両手でズボンを強く掴んで視線を少し下げながら右往左往させる男の子。くすぶった灰色の髪。そして、焼き尽くした後にでも生える緑の葉のような瞳が印象的である。


「ん……うぅんっ? なんだか見覚えあるような。あれ、そういえばちょっと前にも似たこと言った気が」

「薄いけど血の繋がりはあるからね。分家の子と似ているかもしれないね。僕にはわからないけど。……それにしてもまったく、世界樹に愛された子はお転婆だね」


 エイリーがじっくり観察していると、頭をポンポンと撫でられる。


 驚きの台詞から数分。

 その子は目を輝かせてどこにいるのです!? と聞いてきたエミリーに玄関で待たせていると言った直後、猛然と走り去ったのを追いかけてきた父親だった。後ろには脂汗を大量に流している執事もいる。丁度取り出したハンカチが役立っているようだった。


「フラム君待たせたね」

「こんにちはフラム君!」

「そんな待っては、こんに、にちは」


 二人から同時に喋られてどっちにも対応しようとしてうまくできなかった男の子である。

 第一印象としては間違いなく気弱な子供と見られるだろう。本来なら視線を外したいのに、外すことは失礼に当たると思っているのか微かに顔を上げている。やはり緑色の瞳は目を惹くものはあった。


 父親はそんな彼に近づくと軽く肩に手を置いた。


「――養子。といっても継承権があるわけではないよ。親戚といっても先代同士は仲良くしてたが血は遠いしね。そんなことを勝手にやったら分家から怒られてしまう。……彼の家も今はちょっと大変でね。それで一時的に預かるといった具合だ。後継人みたいなものだな。二十歳を越えたら独り立ちもしていいし、自分の家名に戻ってもいい。そういう契約をしたんだよね。フラム君」

「は、はい旦那様!」


 少年は置かれた手にビクッとしながら反応する。

 父親の言葉はハンカチがびちょびちょになっている執事向けの説明だろう。


 ここまで大きな家の継承権は、非常に大きな意味合いを持つ。本来ちゃんとした養子になるとすれば、最低一ヵ月執事を含めてこの家の者達は走り回らないといけない。

 だが、父親の言い分を鵜呑みにするなら客人より上程度の扱いをしろと言っている。それでも一週間は慌ただしい日々を送るだろうが、雲泥の差である。本当は先に説明してくれと言いたいが、そこは絶対的な地位の差があるので言えない。そんなことよりどこの部屋でどんな内装にすればいいか考え中である。ちょっと言葉に出てさえいる。


「あそこの部屋は。いやあっちの部屋の方が……」


 グッと一度父親はフラムの肩に力を込める。


「で。契約の一番大事なところ何だが娘のことを君なりに見てやってくれないかな」

「……あの、お元気そうに見えますが」

「そう、我が娘は超元気! この前樹の枝で懸垂しているのを見かけた日には――うお、ちょっと元気すぎ。しかし、数年も経てば五年と十ヵ月もすればペンドラゴン学園に四年間も通学してしまう。貴族また特別な人にしか入れない場所。年度的には王族や侯爵の子供さえ入学する。私の権力も届かない。いや……なんとか届くように今から根回しを。なんせ僕は頭が良い。金もがっぽがっぽ。本気を出せば王族やこの国に多大な貢献をした侯爵とはいえ…」

「パパってばゼブル家のダーティーなとこ見せてるよ」

「僕は心配なんだよ! なんといっても我が娘は世界樹に愛された子。なにかあるのではと不安で不安でたまらない」

「世界樹に愛された?」

「そうだよ! 世界樹に愛されたエイリー!」


 ふと気にかかる言葉を口に出してしまったが、最後。

 ぱっくりと親馬鹿にその言葉を食いつかれる。


「あれはもう遠い昔の話。八年二ヵ月と十二日前なんだけどね。エイリーが生まれた日のこと。この子の母はあまり健康なタイプではなくて、生まれるときも母子共に心配だったんだがね。不安は的中して生まれてきた子は……息をしていなかったんだよ」

「つまりは死んで……!?」

「すぅーはぁーすぅーはぁー、私息してる」

「そう。その時光り輝く赤ん坊降臨! 降りてきたわけじゃないけど気分的にね。こうピカーと光ったと思ったら元気に赤ん坊が笑っているではないか! これはもう世界樹の寵愛だね。依怙贔屓きたね。裏金入学だね! それというのも――」


 べらべらと拳を握って語りだす父親をよそにエイリーはフラムの手を引いて少し離れた場所に移動する。


「ああなるとパパは止まらないからごめんね。悪気はないんだ」

「は、はい」


 驚いたのか手を引っ込めようとするも、失礼になるのではないかと動かせない彼は、こうして真正面から見てみてもやはり気の弱そうな少年だった。

 その手をギュッと握って彼女は自己紹介をする。


「私の名前はエイリー・ニコール・ゼブル。こんなお家だけど、これからよくしてね」

「う、うん。よろしくおねがいします。僕はフラム。……フラム・コクマー・スティード。……あ、これからはフラム・コクマー・ゼブルを名乗らせて、もらいます」


 おどおどとした返答と共に頭を上げる。

 緑色の目。どこか見覚えのある新緑の瞳。

 その目と彼の名前と、自分。


 点と点が線となって彼女の記憶を刺激する。


「ちょっと笑ってもらっていい?」


 だからか、そんな変なことを言ってしまった。


「……へ? わ、わかった。……こ、こうかな」

「――――ァ」 


 幻視する。

 今よりも大人になった姿の弱そうな緑の瞳をした彼とまるで悪役みたいな表情をしている自分の姿を。

 彼女は思い出した。


「あ」


 なぜか既視感のある自分の姿と名前。

 どこで見たかとたまに悩んでいた彼女は、彼を見た瞬間はっきり思い出したのだった。


「これだったか!」


 前の体の記憶を持つエイリーは、思った。


 ここゲームの世界だ。 

 ――そして、私は悪役令嬢だった。


 突然叫ぶ姉。自慢話を垂れ流す父親。ボソボソと喋りながら予定を立てる執事

 後々、彼にこの時の話を聞くと、この家に来たのを後悔した一度目の出来事らしかった。



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