表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『つえー女』と言われました。  作者: 山真中紡
1/15

プロローグ『パッケージの裏』


 人通りはさほど多くない道筋。

 夕方頃、車はたまに通りすがり、誰かの家で遊んだ帰りなのか子供達が喋りながら立ち止まっている彼女を追い越す。一人はスマホでゲームでもしているのか画面に集中している。


 三程友華はニンマリしていた。

 見るからにご機嫌である。


「ふんふふーんふふふーん」


 調子外れの鼻歌を刻みながら、先程店で購入した商品が入った袋をチラチラと見たりしている。

 中身は一年前から期待していたゲームの作品だ。パッケージからは色取り取りのイケメンが並んでいる。差別化のためか髪の色は全員違う。

 そんなイケメン軍団が似たような台詞を吐いてるのが映っていた。


(帰ったら明日までやるぞ。やらないでか。二ルートはクリアしてやる。…いや、明日は大学の部活の朝練だし3時まで……2時、夜中の1時までプレイしてやるぞ!)


 中学生の夜更かし時間である。

 服装も中学生のような服装だった。上も下もジャージである。それも高校生の頃から使ってるもので、花の大学生にしてはオシャレ度数はマイナスだ。

 肩からぶら下げていた鞄にそのゲームを袋ごと収納し、代わりに中からバナナと水を取り出す。


 彼女がモンキーやゴリラの類というわけではなく、人間としての栄養補給や水分補給である。


「うまうま」


 この店にくるまで二十キロはランニングをしているので、摂取しなければいけない最低限のエネルギーを体に取り入れたのだ。

 いつもなら夜は空手柔道剣道の練習を一通りしてるが、今日はゲームに費やすのでその代わりの長距離走行である。もちろん、電車代を減らすという理由もある。部活と勉強と家の道場の手伝い。高校からは道場の手伝いで祖父からいくらか金をもらえるようになったが、金に余裕はない。ペットボトルの中身は家の蛇口から出た水だし、バナナは賞味期限切れ間近で叩き売りされていたセール品だ。


 ゲームも欲しかったデラックス版ではなく通常版。

 六千円ちょっとだったが、道場の手伝いや部活でアルバイトを入れる暇もないから常にカツカツである。

 ドラマCDまでついているナイスなデラックス版だったが、値段が2倍近く違うので泣く泣く諦めた。


「ふっ、私にとってはこれがデラックス版よ」


 悲しき強がりである。


 彼女は片手で半分まで飲んだペットボトルと食い終わったバナナの皮をを鞄の中に入れ、鞄のファスナーを閉めようとしたとき――彼女の二・〇の目が捉えた。

 向こうから走ってくる車の運転手の頭が下がっていることに。


「は?」


 下を向いている? ちらりとならまだしもあんな数秒も? 

 おかしい。

 危険なぐらいおかしかった。

 それほど速度は出ていないことから誰も暴走車両だということに気づいていない。少し遠くから先ほど自分を追い越した子供達の笑い声が聞こえてくる。車の音が響く。


 どうする? そんな言葉を思う前にガッと地面を蹴る音がした。

 頭の中にいろんな考えが思い浮かぶと同時に彼女は鞄を落として走った。


 助かるではなく、助けるために。


 子供たちの集団の中でも遅れて歩いている子供が、車の直線上にいる。


「あぶな――」


 牽かれる寸前に子供を助けるために飛びながら掴む。背中からラリアットに近い要領でその少年を脇に抱える。車の軌道線上、後一秒もすれば子供より先にフロントグリルに直撃する彼女は、そのまま地面を蹴って更に飛んだ。


「い――!!!」


 モンキーじみた瞬発力。どう考えても牽かれることになっただろう彼女は、三段跳の要領で子供をつかんだ場所から五メートルは離れた場所に百点満点着地をした。

 陸上から山ほどスカウトが来るそんなジャンプ力である。前を歩いていた子供達をも越していた。彼らは突然友人を抱えて飛んできた女性に皆目を白黒させている。


「大丈夫!? 怪我無い!」

「は……はい!?」


 もちろん怪我などあるわけがなく、状況を飲み込めていない無傷の子供がいた。手に持っていたスマホでさえ無事だ。


 ガアアン! と車がコンクリートの壁にぶつかる音が響き渡る。それでようやく周囲の人も状況に気が付いたようだ。


「うおおおおおやべええ!」

「なになに? 何起こったの? 俺よく見てなかったんだけど!」

「そのスマホで救急車に連絡して! 私はあっちの方を見てくるから!」


 助けた子に連絡を頼み、彼女はぶつかった車の運転手に駆けていく。

 左側を擦るようにして壁に衝突した車。

 コンクリートと正面衝突衝突したせいか車のボンネットはひしゃげてというよりぶつかった衝撃で圧縮されている。車の先端部分は大きく凹んでいた。小さくなったエアバッグと椅子に挟まれた運転手が見える。


「もしもし! いやもしもしは変よね。大丈夫ですか!? 意識ありますか!? 意識はありますか! 返事をしてください!」


 運転席の窓側から必死に声をかけつづける。

 部活上気絶した人は何度か見たことがある。大声で呼びかけ、反応するか確かめる。元から意識を失っていて、さらに衝撃が加わったのだ。最悪の予想がよぎる。


「うぅ……」


 小さく呻くように声が漏れたのを聞き、少し安堵する。

 車の速度がそこまで出ていなかったのも良かったのだろう。見たところエアバッグの急激な膨らみで体に擦り傷を作っているが、他の外傷はなさそうだ。意識をなくした人はそのまま強くアクセルを踏んでしまうこともあるから最悪の中でも運が良かった。


「く、苦しい……!」


 運転手から苦痛の声が漏れる。どうやら衝撃により意識を取り戻したらしい。車のボンネットが潰れて前方が凹んだせいで運転席が狭くなり、ハンドルが彼の胸部を圧迫しているのか心底息をしにくそうだった。


「少し待ってください! 扉は全部ロックしてあるだろうから窓からロック外して……あれ」


 運転席側の窓は粉々に割れているので、窓から手を伸ばしロックを外して扉を開けようとするも全然開こうとしない。


「開かない! どうして!?」


 運転席の横のドアは形が変形しているせいで開く気配はなかった。これをこじ開けようとするなら最低限道具が必要になってくる。


「運転席を後ろに移動させる、のも無理だし……後ろの扉もああもう届かない!」


 元の空間より圧縮された運転席は、大人の男性がいることで、とてもではないが自由に手を突っ込むことは無理だ。どうしたらいいかと焦る。

 反対側からも左側は壁があるので無理だ。


「あ……あぁ」


 運転手の苦しそうな声。元々意識をなくす体調だ。三程の逡巡は短かった。


「すぐ楽にします。ほんのちょっとだけ耐えてください」


 安心させるようにそう言うと、彼女は横に場所をずらして、後部座席のドアの前に立つ。


「すーっ」


 息を一呼吸飲み込む。その酸素を体の隅々に行き渡らせて、彼女の右足は飛んだ。

 澄んだ音。収斂された力はドアの強化ガラスを突き破った。普通はハンマーでなら壊せるガラスだろうに人間技ではない。もはやゴリラの所業である。ゴリラ・ゴリラ・ゴリラである。


「ゆっくり、ゆっくりと息を吸ってください」


 彼女は割れた箇所からロックを外して扉を開け、背後から運転席を後ろ側に移動しながら倒して、できるだけ水平になるように彼の姿勢をかえる。

 頭や胸にどういうダメージがあるかわからないので、楽な姿勢にだけはしておいて、何度も呼びかけながら救急車を待っている。


「大丈夫です! もうすぐ救急車が来ます! すぐです。意識だけは保ってください!」


 あざやかな救出劇。

 子供を助けた運動能力といい映画を現実で見せられた光景だ。 

 119番をして必死に状況を説明していた小学生集団は、一部始終を見て誰からともなく呟いた。


「つええ……」










「迅速な対応? といいますか、なんといいますか、諸々ありがとうございました。何度も聞いて悪いのですが、これ本当なんですよね? 本当なんですか。はぁ……んっと、よし。氏名と連絡先を聞いてもよろしいでしょうか。後々事故現場の証言のためにお呼び立てさせてもらいますかもしれませんので」

「もちろん大丈夫です。スマホの電話番号でいいですか? あ、どっちも。家の番号はこうで、スマホの番号はちょっと、スマホで確認してもいいですか? 実は……最近買ったばかりであまり覚えなくて……」


 事故が起こって一時間後。

 救急車がまずは来て車の男性を運んだと思ったらすぐ警察の人が来て子供達と一緒に拘束されたのだった。一応事故に合いそうになった子供もなんの怪我もしてないだろうが、一緒に運ばれていった。


 子供達と彼女は別々に事情聴取を受けてたが、向こうもこっちも何度も説明している途中にえ? と聞き返されるのが説明してて恥ずかしかった。

 少し恥ずかしい思いをしながら三程は警察から渡された紙に達筆な字で記載していく。彼女の祖父は字に対しては厳しかったので、若者とは思えない達筆な字である。

 書き終わって紙を渡すと、抜けはないか確認した後警察の人は軽く頭を下げた。


「はい。では協力ありがとうございます」

「いえいえ。爺ちゃんは散歩しているとき以外は大体家にいるので、家の電話番号にかけてもらったら繋がると思います」

「今回のことですが」


 警察の人は言うべきか一瞬だけ考えた後、厳しい顔になった。


「三程友華さん。貴女は本当に偉いことをしました。大分信じられないぐらいに。でも、貴女が事故の被害者になる可能性も高かったです。人助けは良いことですが、自分の身の安全も考慮してくださいね」

「……ですね」

「それを理解してください。では、協力に感謝します。帰りの車はいらないということですが、もう遅いので気をつけて帰ってくださいね」

「つええお姉ちゃんバイバイー!」

「お姉ちゃんお姉ちゃん写真撮っていい? 写真? そっちの車の近くで」

「はいはい。お姉さんを困らせたら駄目ですよ。君達は警官の車で送っていくので早く乗ってくださいね」

「うおおお、すっげ。パトカー乗るの初めて」

「ねえねえ、パトカーの写真撮っていい? 撮っていい?」


 殆ど強引にパトカーに詰め込まれる子供達に軽く手を振りながら見送る。

 もう事故が起きて結構な時間が経った。鑑識以外の警官達は帰ったのと同時にやじ馬たちも去っていった。


「もっともな忠告を受けてしまった。自分のことながら危ないことをした」


 犠牲者を増やすことになったのかもしれないと思い、反省すると共に別の考えが頭を満たす。


(うん、危ないことをした。けど、助けたいと思ったんだよな)


 それで、助けることができた。

 そのことに三程友華は胸を熱くする。助けたいときに助けられた。

 彼女はとても嬉しかったのだ。


「あっ、鞄鞄ー」


 乱雑に放り投げた鞄のことを忘れていた。なんせなにより価値がある通常版ゲームが入っているのだ。忘れて帰るわけにはいかない。


「うん、それにしてもあの子達ってば強い女はないよね。ないない。どうせ言われるならあの言葉が良かった」


 彼女は走る前にいた地点に戻り、鞄を片手で持ち上げて足を一歩進めて、


「あれ?」


 ツルリ、と滑った。


 ファスナーが空きっぱなしだったので、バナナの皮が落ちていたのだ。

 鞄からゲームが舞う。頭が落ちていく。空が見える。

 空を遮る長方形の物体。

 絶体絶命。走馬灯が流れそうな場面で、三程友華はとても古いギャグを思い出した。


(そんな――そんな)



「バナナー!?」



 最後、ゲームの裏のパッケージのセリフが目に映った。


『――おもしれー女』


 ガチャリ。







書きためがあるのでしばらくは毎日投稿します

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ