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第7話 剣道

 アーシュとセファの戦いは片手剣のオーソドックスな細かく牽制をしかける戦い方をするセファと、両手で剣を中段に構えどっしりと構えるアーシュという形になった。セファは軽いフットワークでフェンシングに近い用な出入りの激しい動きでアーシュに打ち込むが、アーシュはその牽制を簡単にいなしていく。

 そして、読みづらいすり足で間合いをコントロールし、相手の剣を狙った牽制に合わせ素早く上段に構えを変え、渾身の一撃を振り下ろす。


「チェストー!!」


「ぐっ!」


 一撃を受けようとした木剣は振り下ろされた剣によってへし折られ、ピタリと眼前に剣先を停止する。


「……まいったな、ここまで圧倒されるか……合格だ」


「ありがとうございました」


 剣を納め頭を下げ礼をする。


「なんだ、実はどこかの貴族の子どもだったりするのか?」


「いや、親は……普通の村人だし、もう、死んでいる」


「そうか、いや、問題ない。今からお前は初級、冒険者だ。

 お前ならすぐに上級、いや、最上級くらいは行きそうだな」


「だといいが」


「だけど、あの戦い方は人間相手を考えられているな、魔物や、魔獣はあんなに上手くは行かないぞ」


「そうだな、アレは人を相手にすることを想定している。魔物との戦いのときは、もっと自由に立ち回る」


「そうか、わかっているならいい。おめでとうアーシュ、これからは冒険者仲間だな」


「ああ、よろしくお願いする」


「おまえ、本当に16歳か? 中にジジイでも入ってるんじゃないか?」


 少年から青年期に常識を学んだ本は、往年の京一が書いたものだ。確かに、彼の振る舞いはとても年齢なりの振る舞いではない。京一の本には日本における道徳的な考えやルールを守ること、マナーなど、他人を不快にさせないコミュニケーション方法なんかにまで言及していた。アーシュは、彼の本を穴が開くほど熟読し理解している。


 ギルドの受付に戻るとウルフの料金も用意されていた。


「いい状態だった。普段なら鉄貨80枚ってとこだが、一体銀貨1枚だそう、合計銀貨5枚だ」


「ありがとう」


 この世界の通貨、硬貨はそれ自体が魔道具であり偽造は不可能だし、すべての国で同一の物が使われている。銅貨、鉄貨、銀貨、金貨、白金貨それぞれ100枚で上の硬貨と同じ価値になる。飲める水はコップ一杯銅貨10枚、安いパンは鉄貨1枚くらいだ。(銅貨1円ってイメージです)


「これから頑張ってねアーシュ君!」


 初級合格に受付の女性は満面の笑みだった。いつの間にか名前呼びしているあたりも回りの冒険者は気に食わなかった。しかし、訓練場で見たアーシュの戦いはそのあたりにいる冒険者では返り討ちになるのは容易に想像ができたため、遠巻きに陰口を叩くのが精一杯だった。

 

 アーシュがついに冒険者になれた喜びは、ギルドの扉を開けて外に出るまでの僅かな時間しか続かなかった……


「おらっ!! さっさと運べよグズがぁ!!」


「すみません、車輪が石の隙間にハマってしまって」


「言い訳してんじゃねぇよ!!」


 口汚い怒声が街に響いていた。商人が乗る馬車が動かなくなってしまい、獣人の奴隷がその解決のために必死に馬車を押していたが、微動だにしていなかった。ムチを打たれた馬も目を血走らせ馬車をひくが、ガッツリとハマった車輪が動く気配はしなかった。獣人に容赦のない蹴りを入れ、そして馬の太ももは鞭で打たれて血まみれだった。アーシュの気分は最悪になった。


「……はぁ」


 ため息を一つついて馬車に近づいていく。あのまま頭に血が登っていたら商人をぶちのめしてしまっていたかもしれない。馬車で奴隷を扱う商人なら中位市民以上の可能性が高い、初級冒険者のアーシュが手を上げればお尋ね者になってしまう。


「あの、何か……?」


「何だお前は!? 冒険者が物乞いでもしに来たのか!?」


 アーシュは無言で馬車の下に手を入れ、渾身の力で持ち上げる。ぎしりと馬車が軋む音がすると、石の間に挟まった車輪が動いて馬車は前方へと進んだ。


「あ、ありがとうございます!!」


「ほほう、なかなかやるな。ほれ、これは謝礼だ。拾え」


 ぶくぶくと太った醜い豚に似た商人は鉄貨を10枚ほど地面にばらまいた。

 アーシュは黙ってその貨幣を拾い集める。


「ぶはははは、冒険者も下民や奴隷と変わらんな!!」


 馬車が動いたことで上機嫌の豚はそのまま馬車を走らせていった。


「ありがとうございました!」


 犬人の獣人はアーシュに丁寧にお礼を言ってくる。アーシュは商人の目がこちらを向いていないことを確かめて、鉄貨をその犬人のズボンにねじ込んだ。


「え、あの! い、いけません!」


「とっておけ、あんな豚に施しは受けん」


「あ、ありがとう……ございます」


「何をグズグズしてるんだ!! さっさと着いて来い!!」


「ほら、行け」


「は、はい!」


 尻尾をブンブンと振って走って馬車についていく犬人眺め、少し怒りは収まるアーシュだったが、やはり不快感は拭えない。


 犬人の首につけられた首輪、アレが呪術によって奴隷を支配する呪具だ。

 人間がこの世界で上位の存在でいられるのは、人間がこの世界で唯一呪術を扱えるからだ。

 呪術が扱える人間はそれだけで貴族の仲間入りができる。それほどに呪術は強力だ。呪術使いは基本的に上位市民と同等の扱いを受ける。能力が高ければその位は青天井、王に仕えるレベルの呪術使いならば貴族を超える権力を持つことも出来る。

 魔道具は古の技術で創り出すことが出来ないが、優秀な呪術師であれば呪具を作ることが出来る。今の社会で呪具は生活必需品だ。呪具を使えれば贅沢な暮らしも約束される。

 支配の呪具は基本的に奴隷にしか使用してはならない、人間は罪を犯したりしなければ奴隷には出来ないことになっているが、獣人を始めとした亜人はほぼ問答無用で奴隷にされる。獣人は人間よりも遥かに強い力をもつが、呪術使いであれば簡単に支配してしまう。単純な力では、呪術には勝てないのだ。

 アーシュも、罪を犯して奴隷落ちしてしまえば呪術使いに狙われ、まともな生活を送ることは不可能だ。奥の手はあるが、人間社会で生きることは不可能になることは間違いない。だからこそ、冒険者としてのアーシュ・サカキはこの世界のルールを守って生きる必要があった。






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